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夜の訪問②
しおりを挟む湯浴みを終え、後は眠るだけのセラティーナは部屋の明かりを消してベッドに寝転んだ。今日の夜空に雲はなく、月が綺麗に映っていた。瞳の中に月を宿すフェレスは妖精族の中でも上位に位置する月の妖精。最上位は確かドラゴンの妖精だと言っていたっけ、と月をぼんやりと見上げていたらコンコンと窓が叩かれた。
夜に小鳥は来ない。風で飛ばされた何かが窓に当たったのかと上体を起こしたら、先程まで思い出していた相手フェレスが手を振っていた。慌ててベッドから降り、テラスに出るとフェレスに抱き締められた。
「会いたかった、セラ」
「フェレス? どうしてこんな時間に。それよりも、また王国に来たって事は」
「ああ、それについて少し話したい」
夜の風は朝よりも冷たく、テラスに出る際ブランケットを忘れたセラティーナの為に自身の上着を肩に掛けてくれた。変わらない香りと温もりに頬を赤くしつつ、フェレスが夜訪れた理由を聞いた。
「王家から返事を来る気配がなくてね。皇帝に催促させているがまだ二日しか経っていないと反論された」
「ま、まあ、そうでしょうね」
基本のんびりなフェレスだが偶にせっかちになる時がある。隣国の皇帝でも二日間で何度も返事の催促を送るのは嫌だろう。
「そこでだ、僕に頼み事をする代わりに王国へ行ってもいいとなったんだ」
「頼み事?」
「ああ。組合や王国の連中も頭を悩ませているんだ。セラは妖精狩を聞いた事は?」
「知っているわ」
確か、約十八年前から起きている謎の事件。被害者は全員妖精で、どれも若い妖精ばかりが狙われている。最年長でさえ百を超えていない。殺された妖精は皆全ての魔力を奪われ、木乃伊となって発見される。その死に顔から、生前想像を絶する苦しみを味わったのは明白。組合や王国が総力を挙げて事件の真相を追っているが黒幕の手掛かりとなる証拠が何も見つからないのが現状。
「帝国でも話が届く程でね。ランスが僕に協力の手紙を寄越していたのもあって、僕も妖精狩を調べることになった」
「大丈夫なの?」
犯人の狙いは妖精。強く、古い妖精と言えど、絶対に無事でいられる保証はない。
「ああ。僕が強い事をセラは知っているだろう?」
「知っているわ。でも、万が一が起きたら」
「大丈夫。万が一が起きても僕は必ず君の許へ戻る。必ず」
「……」
フェレスは強い。三代続けて皇帝が信頼する程。強いと知っていても妖精が狙われる事件を調べるとなると不安は拭えない。極力、危険な事には首を突っ込まないでとお願いしてこの話は終わり。
王国が手紙の返事を寄越さない理由についての話に変わった。
「皇帝は、相手がセラだから王家が返事を出し渋っていると言うんだ」
「私がプラティーヌ家の娘じゃなかったら、あっさりと私を帝国へ渡していたでしょうね」
仮に婚約者がいても王命で強制的に解消させていただろう。
セラティーナがプラティーヌ家の娘で魔法の才能があって、且つ、グリージョ家のシュヴァルツと婚約関係にあるから王家も頭を悩ませていると見た。
「僕なりに調べたり、ランスに聞いたりして分かった。プラティーヌ家が豊富な魔力があっても魔法が使えない理由を」
「理由ってあるの?」
てっきり、そういう血筋なのだとばかり思っていた。
プラティーヌ家は建国当初から存在する由緒正しき家柄で、その頃から商売に関して力を入れる一族であった。初代公爵が未来永劫商売繁盛出来るようにと大魔女に願ったところ、引き換えに魔法使いの才能を奪われた。元は魔法使いとしても優秀だったらしいが、初代公爵の才能を欲した大魔女は願いを叶える代わりに才能を奪った。その影響か、子孫達の殆どが魔法の才能が無い者ばかり誕生してしまう。稀に才能ある者が生まれるも、どう努力しても魔法が使えない事に劣等感を持つ血縁者はその者を妬み、冷遇し、結果家を追い出してしまう。自らの意思で家を出ても追放と変わらない。
「その大魔女はまだ生きてるの?」
「そこまでは興味が無かったから聞いてない」
「そうなんだ」
だが、初めて知った話に興味が湧く。機会があれば、調べてみたいものだが今は別の件がある。
プラティーヌ家の者が魔法を使えない理由を知り、今度はセラティーナから話題を振った。
「フェレスから見てシュヴァルツ様とルチア様はどう見えた?」
「どうって?」
「お似合いとか、そうじゃないとか」
「聖女は君の婚約者が好きなのは分かった。ただ、君の婚約者の方は実際のところ、どうなんだろうって」
「え?」
どうしてルチアへの愛を疑問視するのかと訊くと「そうでなければ、君に気がある僕を警戒しないだろう」と答えられた。
他に愛する人がいるのなら、障害となる婚約者に他の男が言い寄れば、良い理由作りとなって婚約解消へと運べる
チャンスとなる。
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