上 下
36 / 109

夜の訪問②

しおりを挟む


 湯浴みを終え、後は眠るだけのセラティーナは部屋の明かりを消してベッドに寝転んだ。今日の夜空に雲はなく、月が綺麗に映っていた。瞳の中に月を宿すフェレスは妖精族の中でも上位に位置する月の妖精。最上位は確かドラゴンの妖精だと言っていたっけ、と月をぼんやりと見上げていたらコンコンと窓が叩かれた。
 夜に小鳥は来ない。風で飛ばされた何かが窓に当たったのかと上体を起こしたら、先程まで思い出していた相手フェレスが手を振っていた。慌ててベッドから降り、テラスに出るとフェレスに抱き締められた。


「会いたかった、セラ」
「フェレス? どうしてこんな時間に。それよりも、また王国に来たって事は」
「ああ、それについて少し話したい」


 夜の風は朝よりも冷たく、テラスに出る際ブランケットを忘れたセラティーナの為に自身の上着を肩に掛けてくれた。変わらない香りと温もりに頬を赤くしつつ、フェレスが夜訪れた理由を聞いた。


「王家から返事を来る気配がなくてね。皇帝に催促させているがまだ二日しか経っていないと反論された」
「ま、まあ、そうでしょうね」


 基本のんびりなフェレスだが偶にせっかちになる時がある。隣国の皇帝でも二日間で何度も返事の催促を送るのは嫌だろう。


「そこでだ、僕に頼み事をする代わりに王国へ行ってもいいとなったんだ」
「頼み事?」
「ああ。組合や王国の連中も頭を悩ませているんだ。セラは妖精狩を聞いた事は?」
「知っているわ」


 確か、約十八年前から起きている謎の事件。被害者は全員妖精で、どれも若い妖精ばかりが狙われている。最年長でさえ百を超えていない。殺された妖精は皆全ての魔力を奪われ、木乃伊となって発見される。その死に顔から、生前想像を絶する苦しみを味わったのは明白。組合や王国が総力を挙げて事件の真相を追っているが黒幕の手掛かりとなる証拠が何も見つからないのが現状。


「帝国でも話が届く程でね。ランスが僕に協力の手紙を寄越していたのもあって、僕も妖精狩を調べることになった」
「大丈夫なの?」


 犯人の狙いは妖精。強く、古い妖精と言えど、絶対に無事でいられる保証はない。


「ああ。僕が強い事をセラは知っているだろう?」
「知っているわ。でも、万が一が起きたら」
「大丈夫。万が一が起きても僕は必ず君の許へ戻る。必ず」
「……」


 フェレスは強い。三代続けて皇帝が信頼する程。強いと知っていても妖精が狙われる事件を調べるとなると不安は拭えない。極力、危険な事には首を突っ込まないでとお願いしてこの話は終わり。

 王国が手紙の返事を寄越さない理由についての話に変わった。


「皇帝は、相手がセラだから王家が返事を出し渋っていると言うんだ」
「私がプラティーヌ家の娘じゃなかったら、あっさりと私を帝国へ渡していたでしょうね」


 仮に婚約者がいても王命で強制的に解消させていただろう。
 セラティーナがプラティーヌ家の娘で魔法の才能があって、且つ、グリージョ家のシュヴァルツと婚約関係にあるから王家も頭を悩ませていると見た。


「僕なりに調べたり、ランスに聞いたりして分かった。プラティーヌ家が豊富な魔力があっても魔法が使えない理由を」
「理由ってあるの?」


 てっきり、そういう血筋なのだとばかり思っていた。
 プラティーヌ家は建国当初から存在する由緒正しき家柄で、その頃から商売に関して力を入れる一族であった。初代公爵が未来永劫商売繁盛出来るようにと大魔女に願ったところ、引き換えに魔法使いの才能を奪われた。元は魔法使いとしても優秀だったらしいが、初代公爵の才能を欲した大魔女は願いを叶える代わりに才能を奪った。その影響か、子孫達の殆どが魔法の才能が無い者ばかり誕生してしまう。稀に才能ある者が生まれるも、どう努力しても魔法が使えない事に劣等感を持つ血縁者はその者を妬み、冷遇し、結果家を追い出してしまう。自らの意思で家を出ても追放と変わらない。


「その大魔女はまだ生きてるの?」
「そこまでは興味が無かったから聞いてない」
「そうなんだ」


 だが、初めて知った話に興味が湧く。機会があれば、調べてみたいものだが今は別の件がある。
 プラティーヌ家の者が魔法を使えない理由を知り、今度はセラティーナから話題を振った。


「フェレスから見てシュヴァルツ様とルチア様はどう見えた?」
「どうって?」
「お似合いとか、そうじゃないとか」
「聖女は君の婚約者が好きなのは分かった。ただ、君の婚約者の方は実際のところ、どうなんだろうって」
「え?」


 どうしてルチアへの愛を疑問視するのかと訊くと「そうでなければ、君に気がある僕を警戒しないだろう」と答えられた。
 他に愛する人がいるのなら、障害となる婚約者に他の男が言い寄れば、良い理由作りとなって婚約解消へと運べる
 チャンスとなる。


しおりを挟む
感想 349

あなたにおすすめの小説

大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました

ネコ
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

処理中です...