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返事は来ない

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 リンレイ帝国皇帝が腰掛ける玉座の間にて、不機嫌を露にしながらも魔力の放出だけは抑えているフェレスは地に倒れる宰相や騎士を避けて、現皇帝の前に立った。帝国で最も尊き人、常に跪かれ絶対者として君臨する者が他者に見下ろされる。短気な人間ならこれだけで激怒して相手を血祭りにあげているところだが、生憎と現皇帝はマイペースな人で目の前の妖精に襲い掛かったら自身が返り討ちに遭うだけで終わるとよく知っている。フェレスの苛立ちは十分に分かっている。皇帝も隣の王国に返事を催促しているが待ってくれの言葉しか来ず困っていた。


「僕は何時だって帝国を去っても良いんだよ。嫌なら早く彼女を連れ出す許可というのを王家に出してほしいな」
「フェレス。私だって、貴方程の大魔法使いを手放したくない。何より、祖父や父が化けて出て来る。相手がプラティーヌ家の魔法使いの令嬢ともなれば厄介になるんだ」


 王家や他家の貴族が待ち望んだ娘、それがセラティーナ。王国一の財力を持つプラティーヌ家の長女が魔法の才能を持って生まれた。彼の家は魔法使いに酷い劣等感を持っている。同じ血を分けた子でも魔法の才能有りとなれば冷遇する。セラティーナの妹エルサは、容姿こそ公爵夫人にそっくりだが中身はプラティーヌ家の特徴を大いに引き継いでいる。エルサがいればセラティーナはプラティーヌ家に必要ない。誰もがそう考え、真っ先にセラティーナを婚約者にと欲したのが筆頭公爵家のグリージョ家だった。グリージョ家が挙手をし、王家が正式に認めたのならば誰も文句は言えない。


「せめて婚約者がいなければ良かったんだがな」
「彼女の婚約者は聖女と相思相愛じゃないか」
「ああ。我が帝国でも有名な二人だ。セラティーナ嬢がいなくなれば、相思相愛の二人は結ばれ、誰もが羨むハッピーエンドとなる。と思われているが」


 実際はそうはならないと皇帝シャルルは首を振った。ルチアの聖女の能力は本物だ。年に四度、王国の穢れを払う巡礼の旅に出る。各地に発生した穢れを払い、清浄を齎すのが聖女の仕事。更に高度な癒しの能力を持つ。難病や重傷を負って苦しむ者を聖魔力で癒し、完治させるのもまたルチアの役目。
 退屈そうにシャルルの聖女に関する説明を受けるフェレス。そうだった、とシャルルは溜め息を吐いた。


「貴方程の妖精に治癒魔法がどうのこうのと言うのは馬鹿だったな」
「人間の物差しで僕達妖精を語らないことだ」
「全くだ」


 若く未熟な妖精ならともかく、千年以上生きる大魔法使いの妖精にとって治癒魔法は高度でも何でもない。


「兎も角、王国側が返事を出し渋っているんだ。漸く安定してきた両国の関係に罅は入れられない。もう少しだけ待ってくれ」
「嫌だ」
「生まれ変わった奥方を五十年近く探し続けられたなら、たったの数日くらいフェレスにとったら息をするのと同じだろう!」
「セラが僕を覚えていて、僕をまだ愛してくれていると信じていたから待てたんだ。でも君の言う待ては聞き飽きた」
「貴方やエステリーゼが戻ってまだ二日しか経ってないって……!」


 シャルルとしても頻繁に返事の催促はしたくない。しかし、このままだとフェレスが帝国から出て行ってしまう。何としてでも避けねばならない。もしもフェレスが帝国を去ったら、祖父や父が築き上げた信頼関係は崩れ、本気で化けて出てきそうだ。

 ふと、シャルルはとある案件を思い出した。


「なら、フェレス。王都にある組合と協力して調査をしてほしい案件がある」
「ああ、ランスが僕に伝えたあれかな」
「そうだ」


 話題を変えるとフェレスの顔色が変わった。凡そ十八年前から王国で起きている妖精狩。狙われるのは百歳未満の若い妖精ばかり。王家や組合は現在でも黒幕を探しているが一向に手掛かりが掴めない。


「我が帝国にも妖精は暮らしている。他国だからと言えど、妖精が無惨に殺されるのは黙って見過ごせない」
「僕に調査を手伝えとランスも言ってたな」
「帝国の組合から、調査部門に関してのスペシャリストを何人か送った。フェレスには全体的なサポートを頼みたい。これを引き受けてくれるなら、貴方が王都に行って何をしても私は口を出さない。これでどうだ」
「ついでに帝国の魔法使いを辞めようか」
「それは駄目だ!」


 はいはい、と適当な返事を受けるものの、フェレスが帝国を去らない確かな実感はある。殺害された妖精達は皆魔力を全て搾り取られている。妖精の魔力を奪って黒幕は何を企んでいるのかと口にしたシャルルにフェレスも「さあ」と肩を竦めた。


「なんとなく、予想はつくけどね」
「予想?」
「碌でもない予想だ。妖精の魔力は純度が高く濃度も濃い。妖精の粉よりも、魔力そのもののが方が触媒や材料としても超一級品。但し、扱いを間違えれば魔力は暴走し大きな爆発を起こす。黒幕の狙いは知らないが妖精の魔力を集めているのは、大掛かりな儀式魔法でも使うつもりじゃないか」
「そう考えると殺害された妖精の人数や未だに狙われているのも頷ける……」


 神妙に呟くシャルルを後目にフェレスは玉座の間から去った。すぐにセラティーナを帝国に連れて来れると思っていたのに、蓋を開けてみたら予想外に時間が掛かりそうで不機嫌になる一方。

 転移魔法ですぐに王都に戻ったフェレスが到着したのは組合の前である。


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