婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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叶わない

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 昨日ローウェンと話をした際、今の自身の気持ちを告げると微妙な面持ちをされた。ルチアを手放したくない、だがセラティーナも手放したくない。


『シュヴァルツ。それはルチアにも、セラティーナ嬢にも失礼というものだ』
『解ってる。だが……セラティーナは今まで……』
『……皇女と婚約するまで、私もルチアと婚約するものだと思っていた。王家の都合にお前達二人を巻き込んで申し訳ないとは思う。けれど、どちらも手放したくないは無理だ』


 誰に言われずともシュヴァルツとして理解はしていた。ただ、あんな風に表情をころころと変えるセラティーナが気になって仕方なかった。
 顔を合わせる時のセラティーナは何時だって寂しそうに笑うか、無表情のどちらか。現在は殆ど無だ。シュヴァルツにも原因はある。月に一度の逢い引きでセラティーナが話題を振っても、相槌を打つか短い会話で終わらせてきた。一緒にいてもほぼ無言。それでも場の空気を重くしないようセラティーナは話題を途切れさせなかった。

 贈り物も誕生日や行事があれば贈られる。そこにセラティーナからの愛情を感じてはいた。愛さなくてもセラティーナは自分から離れない、愛し続けると本気で思っていた。

 だからこそ、帝国の魔法使いに見せたはにかんだ笑みに激しいショックと動揺を覚えた。
 あれを見てからというもの、自分に向けさせるにはどうしたらいいかとばかり考え、ルチアといても上の空になり話を流してしまう。

 魔法の才能があるから家族に愛されていない。なら、婚約者に愛を求めるのは必至。セラティーナに愛されている事に胡坐をかき、蔑ろにしていた過去を今非常に後悔していた。
 ルチアは可愛くて愛しい。小さい頃から培った愛情は簡単には消えない。ただ、これがセラティーナになると感情が激しく揺さぶられる。同時に湧き上がる身勝手な感情。

 何故自分には感情を見せない、あの魔法使いに見せる、と。

 昨日の話を知りたくて小パーティーに出席した令嬢達はこぞってセラティーナに手紙を送っただろう。ルチアを断ったのなら、他もきっと断りを入れている。相手がシュヴァルツならセラティーナは断らない筈。理由を付けてルナリア邸を出てグリージョ邸に戻ると早速セラティーナに手紙を出した。内容は勿論昨日についてだ。
 手紙を従者に託すとシュヴァルツは庭にある温室へと向かった。父が若い時に作った温室で魔法によって咲いている花はどれも淡い光を纏っている。奥へ進んで行くと複雑な魔法式が描かれた上にガラスケースが置かれていた。中には、父が特に大事に育てている青薔薇が咲いている。

 自然界では決して咲かない、魔法によって咲く青薔薇を父はこよなく愛している。どんな方法で育てているのかと聞いても教えてもらえない。ただ、特別な材料を使って咲いているとだけ教えられた。ガラス越しからも伝わる強い魔力。年中絶えず魔力を青薔薇に注ぎ、慎重に、丁寧に父は扱っている。

 “この花はいつか私の願いを叶えてくれる”

 何時だったか、父は嬉し気に語っていた。


「願いを叶える、か」


 貴族に政略結婚はつきもの。両親もそう。表面上は仲の良い夫婦を演じてはいるがお互いに愛人がいる。母の愛人は有名な劇作家と聞く。父は……よく分からない。長年父に仕える執事長曰く、決して恋をしてはならない人だったとか。プラチナブロンドに青の瞳の大層美しい女性であるとだけ聞いた。

 プラティーヌ家の血を引く者は大抵プラチナブロンドに青の瞳を持つ。が、別に彼等だけの色ではない。
「そういえば」とある事を思い出した。父は丹精込めて育てている青薔薇をミネルヴァと愛おし気に呼んでいた。一度、その名を聞いたシュヴァルツが誰かと訊ねると父は機嫌が良かったのか「私が生涯愛し続ける人の名だ」と語った。

 決して結ばれない愛しい女性。その女性に父はずっと心囚われたまま生きて来た、これからも。


「……」


 プラチナブロンドに青の瞳と聞くと頭に浮かぶのはセラティーナの姿。他にも色んな姿を帝国の魔法使いではなく、自分に見せてほしい。

  

 ——手紙を郵便配達へ届けた後、オペラを購入したナディアが戻り、早速頂こうと用意を待っているセラティーナはくしゃみを三度してしまった。


「何かしら……?」


 風邪を引いた訳でも、鼻が擽ったい訳でもない。何故か急にくしゃみを三度してしまった。何かが起きる予兆だろうか。


「お嬢様、オペラとお茶をお持ちしました」
「ありがとうナディア」


 折角美味しいオペラを食べるのだから、今はくしゃみを忘れようとテーブルに並べられた好物に期待を強めた。

 ふと、視線を感じた。何気なく扉を見るとエルサが隙間から見ていて、目が合うと慌てて逃げて行ってしまった。ナディアに言ってみると「セラティーナ様とお茶をしたいのでは?」と返されるが、記憶が正しければエルサはチョコレートが嫌いだった筈。セラティーナが何を食べているか気にする性格でもない。何か話でもあったのかと気にするが、用事があるならまたエルサから来るだろうとセラティーナはオペラを食べ始めた。

  

 逃げるようにセラティーナの部屋から離れたエルサは人気のない場所まで来ると床に座り込んでしまった。


「はあ……」


 ナディアがお茶の準備をしていたから、自分も一緒にしたいと言いに行ったのに、いざ部屋の前まで来ると足が竦んで入れず。こっそりと室内を覗いたらセラティーナに気付かれ、慌てて逃げた。
 また溜め息を吐いたエルサは暫くこの場に留まった。

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