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暗雲
しおりを挟む同じ頃、組合にて。受付嬢から渡された書類に目を通し、険しい顔付きを崩さないランスはピカピカ頭を掻いた。
「妖精狩りか。今月に入ってこれで何人目だ」
「確か、四人目です」
約十八年前から続いている妖精狩り。多くは、未熟で若い妖精が狙われている。高い知能と強い魔力を持つ妖精だが、百を満たない若者はまだ未熟で人間の魔法使いとそう大して変わらない。人間にも人外級の魔法使いはいるが数で言うと妖精の方が多い。
主に王国周辺に住む妖精が狙われており、国外や別大陸の被害は少ない。狩られた妖精は生命力と同等の魔力を全て奪われ、想像を絶する苦しみの最中木乃伊にされ死んでいる。亡骸を見つける時のやるせなさと犯人への怒りは日に日に募るばかり。
「犯人の手掛かりもこの十八年間、多くの組合や王家が総力を挙げて探してはいますが全く……」
「こいつは、相当な手練れだ。妖精を狙う理由はなんだと思う」
「妖精の持つ強い魔力でしょうか」
単純に考えるとそうなる。ランスは多分違うと受付嬢の予想を否定した。
「強い魔力が欲しいなら、古い妖精を狙えばいい。フェレスみたいな化け物級の妖精はまず狙わないだろうが……古い妖精は大体強い魔力を持ってる。強い魔力を欲するなら、少なくとも百歳以上の妖精を狙う筈だ」
殺された妖精の中で最も年長なのは六十八歳。最年少は六歳。性別問わず、若い妖精という理由だけで狙われている。
「フェレスさんに協力してもらいますか?」
「あいつはなあ……他人に対して関心が薄いからなあ……まあ、言ってみるだけ言ってみるか」
そうと決まれば、早速伝書鳥に文を預け、フェレスの許へ飛ばした。帝国に帰ったと聞いてないので届けられると信じて。
——王太子の親しい者を集めた小パーティーは、第二皇女の護衛魔法使いが発した台詞のせいで混乱が起き、強引に閉幕となった。
セラティーナは現在プラティーヌ家の私室にいる。行動を停止させたシュヴァルツと同じ馬車に乗るのは気まずいから、とフェレスに頼み屋敷まで転移してもらった。絶世の美貌を持つと言っても過言ではないフェレスに求愛されたセラティーナを他の令嬢達は驚愕の視線で見て来た。中には、明らかな嫉妬を向けていた者もいた。
唯一、ルチアだけが嬉しそうにしていた。セラティーナが魔法使いの物になれば、シュヴァルツとの婚約は駄目になると思ったのだ。
実際、セラティーナやフェレスもそれを狙っている。屋敷の近くまで転移してもらい、別れる間際シュヴァルツの行動停止を解いてほしいと願うと「もう解けてるよ」と何でもないように言われてしまった。
「僕達が会場から出た瞬間に解けた。今頃、会場は婚約者君に質問責めだろうね」
「フェレスも皇女殿下の許に戻ったら、質問責めにあうわよ」
「いいさ、それで。どの道、明日には帝国に戻って皇帝にも訳を聞かれるだろうから」
嫌そうに言いながら表情は全然嫌そうじゃない。名残惜しいがそろそろお別れだとフェレスに一度抱き締められるとセラティーナは屋敷に戻った。シュヴァルツに送られてくるものと思われていたので門番には大層驚かれるも、予定外に早く終わったからとだけ話し門を開けさせた。真っ直ぐ私室に入り、ソファーに身を預けた。
「ふう」
必死な形相で追い掛け、フェレスとの間に入ったシュヴァルツの真意は何なのだろう。フェレス曰く、先日の王太子殿下の誕生日パーティーが発端らしいが今更だ。
出会った時から嫌われているのは知っていた。自分を見る目とルチアを見る目に大きな違いがあった。
前世の記憶を生まれた時から持っていて良かった。フェレスへの愛を忘れずにいて良かった。魔法の才能があって良かった。
お互いを愛さなくても、人生の相棒として結婚しても良いのではないかと抱いていた時期もあった。が、それも無くなった。どうあってもシュヴァルツはルチアを選ぶ。
ルチアを愛し、セラティーナを愛さないなら無理に愛情を注ぐ義理はない。しかし、王家が承認した正式な婚約なのだから役割だけは果たしてほしかった。
会場でフェレスが堂々宣言したのだ、後は皇帝からの手紙が国王に届き次第となる。
「シュヴァルツ様はルチア様が好きなのよね……?」
何をしてもセラティーナなら側を離れないと思われていたのなら心外だ。自分を愛そうとしない人の側にずっと居続ける程、セラティーナはお人好しでもなければシュヴァルツに恋情を持っていない。
最大の敵はシュヴァルツとルチアの婚約を認めないグリージョ公爵だが。
多分、王家は帝国の要請を受け入れる筈。長年険悪だった両国は、現在の国王と皇帝になってから関係は明るい方向へと舵を切った。王太子と第二皇女の婚約も両国の関係改善をアピールする為。ここで王家が断れば、両国の関係に罅が入る。グリージョ公爵としてもそれは望まない。
早く手紙が届くように。セラティーナに今出来るのは祈ることだけ。
○●○●
混乱に包まれた会場はローウェンの一声で落ち着きを取り戻し、早急にお開きとなった。ローウェンに呼ばれ、残ったシュヴァルツの顔色は青い。
「セラティーナ嬢が帝国の魔法使いに気に入られたようだぞ。シュヴァルツにとったら朗報じゃないか?」
「……いえ……」
「なんだ? 嬉しくないのか?」
意外だとローウェンが目を丸くするとシュヴァルツは呆然としたまま紡いだ。
「今まで何をしてもセラティーナは感情を示さなかったんだ……私がルチアを愛そうと……」
「……ん?」
「あんな風に、あの魔法使いには笑って見せるのかとただただ驚いて……ちょっと頭の整理をさせてほしい」
「いや、頭の整理をさせてほしいのはこちらなんだが」
てっきりルチアを愛するあまり、魔法使いの要求はシュヴァルツにとって朗報だと口にしたローウェンだが、シュヴァルツの反応を見ていると違うと分かり少し混乱してしまった。
「お前はルチアを愛しているんじゃなかったのか?」
「ルチアの事は愛している。ただ……セラティーナは私が何をしようと関心を向けようとしなかった」
「……まさか、セラティーナ嬢の気を引きたくてルチアを……?」
その問いにシュヴァルツは何も言えなかった。
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