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追い掛けて来た
しおりを挟む「ふふ、あの聖女はセラの婚約者が好きで仕方ないみたいだ。君から彼を引き離した時の気配が違った」
「魔力の気配?」
「そうだよ」
個人が纏う魔力の気配によって、その者の感情を読み取れる。そうやって相手の感情を把握しては主導権を握るか、適当にあしらってさようなら、とするのがフェレス。ただ、とフェレスは「セラの婚約者は、僕がセラを連れ出そうとしたらとても慌てていた。あれはどうしてかな?」と不思議そうに紡ぐ。これについてはセラティーナも同意見だ。
大方、グリージョ公爵にキツく言い付けられた可能性がある。シュヴァルツとルチアの関係は勿論公爵の耳にも入っている。プラティーヌ家の財力とセラティーナの魔法の才能に目を付けている公爵からしたら、程々という言葉を知らないシュヴァルツに苦言を呈したのだろう。
「私としては、これからもシュヴァルツ様とルチア様にはああでいてほしい」
「君が王国から去りやすくなるから?」
「ええ。私がいなくなった方があの二人だって婚約を結びやすくなる筈よ」
「そんなものなのかな? 人間の事情には、あまり興味がないからどうでもいいけど」
相変わらずの冷たいところに呆れながらも、出会った頃よりかなり人間に対して興味は持っている。セラティーナ限定から、小麦の粒程の興味を他者に向けるようになった。
体を少し離し、王妃自慢の庭園をゆっくり見て回ろうと誘われ、戻っても好奇の目に晒されるだけだとセラティーナも同意する。
フェレスのエスコートを受けて季節によって変わる花々を眺めつつ、フェレスと会話を楽しむ。
「セラの目には見えないかもしれないが、此処には花の妖精達が毎日栄養を与えているんだ。そのお陰で花は通常より長く咲き続けられる」
「そうだったの。花の妖精が集まるのは、綺麗な花が多いから?」
「それもあるが、育てている人間が愛情を込めているから、かな。花の妖精は綺麗な花は勿論、愛情たっぷりに育てられた花を愛でるのも好きなんだ」
「素敵ね」
花の妖精が栄養を与えている花弁は他の花よりも一層瑞々しく、生命力に溢れている。
「小パーティーが終わった後で皇帝からこの国の国王宛に文が届く。君を僕の妻として貰いたいとね」
「フェレス……」
強大な魔法使いたるフェレスを帝国に留まらせる為なら、皇帝はどんな手でも使ってくると自信たっぷりに言う。実際、その通りだと思う。妖精は種族によって力の序列が大きく変わる。月の妖精たるフェレスは上位に位置する。
「後は、お父様やグリージョ公爵様が納得するか、ね……」
が、思った辺りで心配するだけ無駄だと悟った。
父に関しては、セラティーナが王国から去るだけで喜びそうだ。元々、シュヴァルツとの婚約に乗り気ではなかった。妹のエルサをシュヴァルツの婚約者に、と言うがあくまで口だけ。エルサには婿養子の候補を絞っている最中だと、以前話していたのを聞いた。母については父に同調しているだけにも見えるがこちらに関してはほぼ本心で語っている筈。
グリージョ公爵は皇帝の要望ともなればシュヴァルツとの婚約解消を認め、ルチアと婚約させると予想。プラティーヌ家の財力を欲していると言えど、エルサにはセラティーナのような魔法の才能はない。かと言って、セラティーナの代わりにエルサを求める真似も多分しない。
「心配しないでセラ。僕を手放したくない皇帝がどうにかする。手放してくれても全然良いのだけれどね」
扱き使うから、と溜息を吐いたフェレスに苦笑した。暇潰しには丁度良くても皇帝は問答無用で仕事を振って来る為、熟しても熟しても仕事が減らない。フェレスへの信頼が高い証拠である。
「皇帝陛下とは仲良しよね。フェレスの話を聞いているとそう思ってしまうわ」
「人間にしては仲良しだね。先々代も先代も今の皇帝も似たような性格をしているから。先々代を僕に紹介した友人に感謝しないと」
「その友人は私も知っている人?」
「ああ。ランスロットって覚えてる?」
「ええ」
確か、フェレスと同じ妖精族の男性でキラキラ光る禿げ頭が特徴的。
「組合で会ったランスはランスロットの孫だよ」
「まあ!」
道理で既視感があった訳だ。なら、ランスも妖精なのかと納得しているとフェレスに否定されてしまう。ランスはランスロットの息子と人間の女性との間に生まれたハーフの子。寿命は普通の人間より長いだろうが妖精と比べると短い。
「ランスロットさんは元気?」
「ああ。君を亡くして腑抜けた僕を心配してお節介を焼いてくれていたよ」
「フェレス……」
約五十年間、フェレスを一人にし、寂しい思いをさせてしまった。罪悪感に駆られるも寿命の壁だけはどうにもならない。
「ねえフェレス。私は――」
セラティーナが続きを言おうとした直後、荒々しい足音が届く。何事かと音のする方へ向く前に、いきなり体を誰かに引っ張られた。腕を強く掴まれ顔を歪め、目の前に影が現れた。上を向いて一驚した。セラティーナの前に現れた後姿はシュヴァルツのもの。昨日と同じでフェレスとの間に立ったシュヴァルツの息遣いは荒い。会場から此処まで走って追い掛けて来たのかと驚愕する。
ルチアが追い掛けて来る気配がない。会場にルチアを置いて来たのなら、尚驚きだ。
「シュヴァルツ様……?」
呆然とシュヴァルツの名を呟くセラティーナに振り向かず、シュヴァルツが目を向けるのはフェレス。
「……何かな?」
「彼女は私の婚約者だと昨日も申し上げました。彼女と話をしたいなら、私も同席させてもらいます」
会場にはルチアが。誰もが相思相愛だと口にする最愛の女性がいるのに、何故頑なにセラティーナを婚約者と強調するのか。
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