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二人だけで夕食②

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 ――夕食の時間になると本当に執事がセラティーナを呼びに来た。エルサにああ言われては、食堂に行くしかない。今行くと本をサイドテーブルに置いて立ち上がった。
 食堂に着くと定位置にエルサはいて、セラティーナも普段の席に座った。いつもなら向かいにいる両親はいない。今夜はエルサと二人だけの夕食。
 次々に料理が運び込まれ、テーブルに並べられると食事を始めた。セラティーナも食堂で食べると料理長は知っていたのか、セラティーナの好きなキノコがメインの品ばかり。初めにキノコのクリームスープに手を付けた。とろみのあるスープをスプーンで掬い、音を立てず飲み込んだ。前世の記憶を持っている影響から、最初は貴族の食事作法に苦労した。スープを飲む時は音を立てるな、は平民意識が濃い幼少期は習得に難儀したもんだと思い出しながら頂く。

 ちらりと隣を見るとエルサは浮かない表情でキノコグラタンを食べていた。キノコが嫌いだとは知らないが、嫌いではなくても好んで食べたい食材ではなかった可能性はある。それとも、言っていた通り食欲がないのだろうか。心配になって声を掛けるとエルサの肩が大袈裟に跳ねた。


「え? あ、い、いえ。違います。グラタンもキノコも好きです」
「そう? じゃあ、食欲がないから?」
「そ、そういう訳では……食欲なら今はあります」


 急に食べる速度を速めたエルサ。セラティーナが言い過ぎては機嫌を損ねてしまうので此処は一旦黙った。また、ちらりと見て今は普段のエルサだと安心し、セラティーナも自身の食事を進めた。
 席に両親がいないだけでとても静かだ。どちらかがいたら、それはそれでうるさくなっていそうだが。エルサ一人だととても静かだ。時折、セラティーナが話題を振ると返事はするが長くは続かない。似たような状況を知っている。

 シュヴァルツと一緒の時だ。

 セラティーナが話題を振り、シュヴァルツは相槌を打つか短い会話があって終わり。二人の違いはエルサの場合は緊張している節があって、シュヴァルツの場合は抑々話を聞いてくれているのか微妙なところ。
 自分なりにシュヴァルツと婚約解消を成せる方法を考えてみるも、グリージョ公爵という大きな壁を納得させられない限り難しいと至った。

 間違いを起こさせればあっさりと解消されるだろうが、それではシュヴァルツとルチアの面子に傷を作る。穏便な婚約解消も婚約破棄もないのだと、考えれば考えるだけ分かってしまう。十八年公爵令嬢として暮らして分かった、貴族の面倒さ。権力と地位を与えられる代わりに課せられる重い役目を果たそうとすればするほど、身動きが取れなくなると家庭教師から教わった。その通りだ。

 ――私だけがいなくなれば、簡単に収まるかしら。

 何でもいい。誘拐か家出か、とにかくプラティーヌ家を出ればセラティーナはいなくなる。二度と戻って来ないと分かればグリージョ公爵もセラティーナとの婚約を解消し、シュヴァルツとルチアの婚約を認める筈だ。
 幸いにもプラティーヌ家やシュヴァルツに思い入れはないので目の前から消えても悲しみはない。心残りのナディアは優秀な召使、別の仕事を与えられる。エルサも少し心配だがセラティーナが気にしていると知ったら怒るだろうから、きっと大丈夫。

 早い段階で帝国へ連れて行ってほしいとフェレスに連絡を送る手段を夕食が終わったら考えよう。


「お、お姉様」
「どうしたの?」


 そう思うと夕食は早目に終わらせる。スープを完食し、次にキノコグラタンに移った直後、丁度キノコグラタンを食したエルサが声を発するも中々続きを言おうとしない。言い難そうにするので「無理に話さなくても、後でいくらでも聞くわよ?」と首を傾げた。


「あ、その、商人が来た時にお姉様用で買ったサファイアの首飾りはどうしましたか」
「部屋に置いてあるわよ」


 一度はナディアに渡したのだが、翌日になって「セラティーナ様、やっぱりお返しします。これはセラティーナ様がお持ちになるべきです」と返された。持っていても使わないセラティーナより、使ってくれるナディアの方が首飾りだって良いだろうにと残念に思いつつ、返品の返品は受け付けてくれなかったので宝石箱に仕舞ってある。


「お、お姉様でも似合う首飾りですのよ。わたくしとお母様に感謝して使ってくださいね」
「そう言われても使う機会がないのよ」
「グリージョ様と月に一度デートをするではありませんか。今日だって」
「シュヴァルツ様にお洒落をして会いたいって気持ちがないから、結局使わないの」
「それは……まあ……仕方ありませんね」


 他に想い人がいるシュヴァルツの為にお洒落をする努力は無駄だとエルサも理解している。


「何ならエルサ、貴女にあげる。私用に買ったって事は、エルサの趣味には合わないだろうけど」
「え。で、でも、お姉様用に買ったんです。お姉様が使ってください」


 やはりセラティーナ用だからエルサにも受け取りは拒否された。平民の感覚からすると安物ではないだろうがプラティーヌ家からすると安物。セラティーナが持っていても使われず、ずっと宝石箱に仕舞ってあるだけなのも勿体ない。


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