婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

文字の大きさ
上 下
23 / 111

二人だけで夕食➀

しおりを挟む
 オフィスを後にした二人は外に出る為、バーカウンター前を横切っていた。

「あら。ももちゃんじゃないの」

 すると突然の色気のある声に足を止めた二人。その方を向いてみると、そこには栗色ウェーブロングのグラマーな女性が立っていた。色気満点な女性はステージで踊っていた人たちのような衣装を身に纏っている。

「マリさん。お久しぶりです」

 女性が誰か分かると桃は柔らかな笑みを浮かべた。

「ほんとよ。ももちゃん全然遊びに来てくれないんだもん。あたし寂しいわぁ」

 マリと呼ばれた女性は甘え声を出しながら自然と桃の腕に抱き付く。声のトーンや目線などを見れば彼女が甘え上手だということは一目瞭然。
 だがそんなマリの行動を近くで見ていた蘭玲は少し不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「すみません。このお店は場所が場所ですからね。外にあったらもっと来てたんですがね」

 しかし腕に抱き付いてきたマリに対しいつも通りな桃。

「えー。ほんとに? また適当に流してるだけじゃないの?」

 冗談半分の訝しげな視線を向けるマリだったが、桃は安心させるように笑みを浮かべて見せた。

「そんなことありませんよ」
「じゃあぁ。今度の休みに買い物付き合ってくれる?」
「お店じゃないんですか?」
「お店は他の子に会うためにも来てくれるでしょ? 折角、お願いきいてくれそうだったから。ねっ! いーでしょ?」
「仕事がなければですけど」
「流石ももちゃん」

 嬉々とした声を出したマリは、桃の頬に軽くキスをした。

「じゃ、あたしの連絡待っててね」

 そして腕から離れると手を振りながら仕事へと戻って行った。

「相変わらずですね。――さて帰りましょうか」

 そんなまりを見送った桃は蘭玲へ視線を向けた。
 だが蘭玲は依然と頬を膨らませ不機嫌そうな表情。

「どうしましたか?」
「あの人、桃さんとどういう関係なんですか?」

 その声と表情はさながら浮気疑惑を問い詰める彼女。

「ただの友人ですよ」
「でも友達にしては距離が近かったですけど……」
「彼女は昔からああいうのが上手いですから。それも彼女の魅力のひとつですね。さぁ、今日のところはもう戻りましょうか」

 本当の事をたださらっと話した桃だったが、傍から見ればどこか話を早く切り上げようとしているようにも見えた。だが蘭玲がそう感じたかどうかは定かではない。
 そして【Arodi】を出た桃と蘭玲は事務所へ戻る為、エリアLの出口へと足を進めようとした。
 だがそんな二人の行く手を阻む男が一人、現れた。

「てめーさっきはよくもやってくれたな」

 それは先程、店内で桃が煽ったあの男だった。

「あなたですか。先ほどは申し訳ありませんでした」

 少し感じていた心咎めに従い頭を会釈程度に下げ謝罪する。

「随分と素直じゃねーか。だが今更謝ったところでおせぇんだよ」
「そうですか。困りましたねぇ」

 その場で何やら考え始めることほんの数秒。

「――蘭玲、少しこれを持っていてください」

 すると桃は刀を蘭玲に手渡した。

「では……」

 そして数歩前に歩き男と対峙した。

「少しだけお相手してさしあげましょう。それで気が治まるのならば。私にも非はありましたので」
「上等だ! さっさと病院送りしてやらぁ」

 自信に満ち溢れた様子の男は指の骨をポキポキと鳴らし首を回した。

「骨の四~五本は覚悟するんだなっ!」

 そう叫びながら拳を構え一気に殴りかかってくるが、容易く片手で受け止められるてしまう。直後、男はもう片方の拳で放せと言わんばかりに襲い掛かった。
 だが桃は冷静に拳を放すと殴りかかってきている方の手首を横から叩くように掴み拳の軌道をずらしながら腕を捕らえる。そして捕らえた腕を内側回りで捻りながらそのまま後ろに持っていき、最後は背中へとくっつけてしまった。その動きはさながら熟練された逮捕術。男は何とか逃れようとするがガッチリと押さえられた腕はビクともしない。
 そしてこのまま決着かと思われたその時。

「今だやれ!」

 男の叫び声の後、桃の後ろから顎髭を生やしパーカーフードを被った男が鉄バットを握り締め襲い掛かってきた。バットは桃の顔面を目掛け一直線に振り下ろされる。
 だがそのバットが顔から流血をさせることは叶わず、その目前で大きな手に受け止められた。

「店前で困ります」

 バットを受け止めたのはオークのガードマン。

「申し訳ありません」

 ガードマンはバットを取り上げると顎髭の男を見ながら片手で握り潰して見せた。

「こうなりたくなければさっさと失せろ」
「ひっ!」

 一瞬にして恐怖に染められた顎髭の男は情けない声を出すとすぐさま逃走。

「おい! 待て!」

 腕を背に押さえつけられ動きを封じられていた男が焦ったような声を上げるが顎髭の男には全く届かなかった。

「あなたもこれで満足ですか?」

 そう言うと桃は男を解放した。

「くそっ!」

 男は最後に舌打ちをすると腕を押さえながら逃げ去った。

「申し訳ありません、グラルドさん。あなたの仕事を増やしてしまい」
「次から気をつけていただければ大丈夫です」
「えぇ、もちろんです。これはあなたへの迷惑料ということで取っておいてください」

 桃はポケットからお札を数枚取り出すとグラルドと呼んだオークのガードマンの胸ポケットに収めた。

「ではお仕事頑張って下さいね」
「またのお越しをお待ちしております」

 その返事としてグラルドの肩を軽く叩いた。
 そして蘭玲の元に戻り刀を受け取ると二人はAOFの事務所まで戻った。
しおりを挟む
感想 353

あなたにおすすめの小説

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

この雪のように溶けていけ

豆狸
恋愛
第三王子との婚約を破棄され、冤罪で国外追放されたソーンツェは、隣国の獣人国で静かに暮らしていた。 しかし、そこにかつての許婚が── なろう様でも公開中です。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

処理中です...