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現実

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 ――セラティーナをプラティーヌ家に送り届け、グリージョ邸に戻ったシュヴァルツを従者が出迎えた。


「シュヴァルツ様、ルチア様がいらしております」
「ルチアが? 分かった。すぐに向かう」


 戻ってすぐにルチアが来ていると知らされ、彼女が待っているサロンへと足を運んだ。扉の前まで来ると室内から楽しそうな声がした。ルチアと母だろう。ノックをして入室すると予想通り、ルチアの話し相手に母エリスがいた。二人の視線がシュヴァルツに向けられる。


「只今戻りました母上。ルチアも。今日は来ると聞いてないぞ」
「シュヴァルツ! ふふ、貴方に会いたくなって来ちゃったの」


 悪びれもなく微笑むルチアに苦笑しながら、誰に言われずともルチアの隣に座った。


「おば様に聞いたわ。セラティーナ様とお出掛けをしていたと。でも、戻るのが速いわね」
「ああ、ちょっとな」


 湖を一周した後は、ボートに乗ってお互いの話をしようと考えていたが予想外の相手の登場で早く終わってしまった。シュヴァルツの言い方が気になったルチアに詳しく理由を問われるも、あくまでも婚約者同士の問題として深入りさせなかった。
 婚約者と言われ、笑顔に溢れるルチアの明るい表情に曇りが出来た。


「わたし……シュヴァルツの婚約者になりたい。王太子殿下と帝国の第二皇女の婚約が決まった時は、とっても嬉しかったの。これでシュヴァルツと婚約が出来るって」
「ルチア……」


 聖女に生まれた者は基本王族と婚姻を結ぶのがこの国の習わし。今回は隣国との関係、王子が王太子一人しかいなかった事もあり、聖女ルチアは王族と婚姻しない運びとなった。王弟はいるにはいるが既婚者で愛妻家と有名。第二夫人は絶対に娶らないと公言している。
 聖女に生まれた者の定めとして好きな相手と結婚は無理だと最初に聞かされたルチアは酷く泣き喚いた。幼い頃からずっと一緒にいるシュヴァルツと結婚出来ない事に。シュヴァルツにも家族にも愛されていないセラティーナがどうして彼の婚約者なのだと。

 二人の婚約はグリージョ公爵が決めた。意見を言える者はいない。


「ねえシュヴァルツ。公爵様にシュヴァルツからお願いしてちょうだい。わたしと婚約を結びなおしてほしいと」


 難しい顔をした後、シュヴァルツが発したのは「無理だ」


「父上はセラティーナの魔法の才能とプラティーヌ家の財力を欲している。私個人の意見など聞いてくれない」
「おば様……!」


 潤んだ瞳が期待を込めてエリスに向けられる。エリスもシュヴァルツと同じで首を振った。


「わたくしでも無理よ。旦那様はセラティーナさんとの婚約にとても拘っているから」
「そんなあ……」


 こうやって好きな人といられても永遠じゃない。確実に、ずっと一緒にいられる繋がりがルチアにとって何より大事だ。それが婚約。貴族に生まれれば政略結婚は避けられない。伯爵令嬢としてより聖女として育てられルチアはその辺りを理解せずにいる。

 恐らくルナリア伯爵が言ったところで父は耳を貸さないとシュヴァルツもエリスも解している。小さく泣き出してしまったルチアをシュヴァルツとエリス、二人で慰めた。
 どうにかしてやりたい気持ちがあっても現実はそうはいかない。


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