21 / 111
現実
しおりを挟む――セラティーナをプラティーヌ家に送り届け、グリージョ邸に戻ったシュヴァルツを従者が出迎えた。
「シュヴァルツ様、ルチア様がいらしております」
「ルチアが? 分かった。すぐに向かう」
戻ってすぐにルチアが来ていると知らされ、彼女が待っているサロンへと足を運んだ。扉の前まで来ると室内から楽しそうな声がした。ルチアと母だろう。ノックをして入室すると予想通り、ルチアの話し相手に母エリスがいた。二人の視線がシュヴァルツに向けられる。
「只今戻りました母上。ルチアも。今日は来ると聞いてないぞ」
「シュヴァルツ! ふふ、貴方に会いたくなって来ちゃったの」
悪びれもなく微笑むルチアに苦笑しながら、誰に言われずともルチアの隣に座った。
「おば様に聞いたわ。セラティーナ様とお出掛けをしていたと。でも、戻るのが速いわね」
「ああ、ちょっとな」
湖を一周した後は、ボートに乗ってお互いの話をしようと考えていたが予想外の相手の登場で早く終わってしまった。シュヴァルツの言い方が気になったルチアに詳しく理由を問われるも、あくまでも婚約者同士の問題として深入りさせなかった。
婚約者と言われ、笑顔に溢れるルチアの明るい表情に曇りが出来た。
「わたし……シュヴァルツの婚約者になりたい。王太子殿下と帝国の第二皇女の婚約が決まった時は、とっても嬉しかったの。これでシュヴァルツと婚約が出来るって」
「ルチア……」
聖女に生まれた者は基本王族と婚姻を結ぶのがこの国の習わし。今回は隣国との関係、王子が王太子一人しかいなかった事もあり、聖女ルチアは王族と婚姻しない運びとなった。王弟はいるにはいるが既婚者で愛妻家と有名。第二夫人は絶対に娶らないと公言している。
聖女に生まれた者の定めとして好きな相手と結婚は無理だと最初に聞かされたルチアは酷く泣き喚いた。幼い頃からずっと一緒にいるシュヴァルツと結婚出来ない事に。シュヴァルツにも家族にも愛されていないセラティーナがどうして彼の婚約者なのだと。
二人の婚約はグリージョ公爵が決めた。意見を言える者はいない。
「ねえシュヴァルツ。公爵様にシュヴァルツからお願いしてちょうだい。わたしと婚約を結びなおしてほしいと」
難しい顔をした後、シュヴァルツが発したのは「無理だ」
「父上はセラティーナの魔法の才能とプラティーヌ家の財力を欲している。私個人の意見など聞いてくれない」
「おば様……!」
潤んだ瞳が期待を込めてエリスに向けられる。エリスもシュヴァルツと同じで首を振った。
「わたくしでも無理よ。旦那様はセラティーナさんとの婚約にとても拘っているから」
「そんなあ……」
こうやって好きな人といられても永遠じゃない。確実に、ずっと一緒にいられる繋がりがルチアにとって何より大事だ。それが婚約。貴族に生まれれば政略結婚は避けられない。伯爵令嬢としてより聖女として育てられルチアはその辺りを理解せずにいる。
恐らくルナリア伯爵が言ったところで父は耳を貸さないとシュヴァルツもエリスも解している。小さく泣き出してしまったルチアをシュヴァルツとエリス、二人で慰めた。
どうにかしてやりたい気持ちがあっても現実はそうはいかない。
387
お気に入りに追加
8,584
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中


王家の面子のために私を振り回さないで下さい。
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。
愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。
自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。
国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。
実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。
ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

あなたの仰ってる事は全くわかりません
しげむろ ゆうき
恋愛
ある日、婚約者と友人が抱擁してキスをしていた。
しかも、私の父親の仕事場から見えるところでだ。
だから、あっという間に婚約解消になったが、婚約者はなぜか私がまだ婚約者を好きだと思い込んでいるらしく迫ってくる……。
全三話

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる