婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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湖へ④

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 同じ妖精族の女性に何度も嫉視され、嫌がらせを受けて来た。その度にフェレスが気付いたり、セラティーナが相談をして解決をしてきた。


「仮令、姿が変わっても僕は君を見つけ出した。現に今、君を見つけてこうして君と会っている。前の姿も素敵だったけれど、今のセラも素敵だよ」
「ありがとう」


 頬にキスをされ、両手で頬を持たれ唇にまでキスをされそうになり思わずフェレスの口を自分の手で塞いだ。青い目を丸くするフェレスから慌てて離れた。


「ごめんなさい、嫌ではないの。でも、今の私には婚約者がいるから」
「頬へのキスはさせてくれたのに?」


 再会した時もされていた。頬に関してはセラティーナも認識が甘かった。今度から頬も駄目だと宣言した。明らかに残念がるフェレスに苦笑するが「その代わり、フェレスが会いに来たら必ず会う」と語った。


「仕方ない。それで我慢するよ」


「さあ、セラ」と手を差し出され、再び歩き出した。
 湖を一周し終えると時間停止で止まったままのシュヴァルツの許へ戻った。


「もう一周したのか。二周する?」
「これ以上シュヴァルツ様を停止させられないわ」
「やれやれ」


 しょうがないと渋々シュヴァルツの時間停止を解除するフェレス。シュヴァルツの額に指を置き、魔力を注いだ。指を離した五秒後シュヴァルツは瞬きをした。


「? 私は……」
「どうしたんだい? 突然黙ったりして」
「いや……」


 たった一人時間に取り残されていたと知らないシュヴァルツは時間感覚が鈍るもすぐに治り、ハッとなってセラティーナに近付いているフェレスの前に立った。


「先程も言いましたよね? 彼女は私の婚約者です」
「ああ、聞いたよ。残念だが今日は時間切れだ。彼女とは、君がいない時に話をさせてもらおう」
「……」


 片目を閉じて茶目っ気たっぷりに笑ったフェレスの周囲に風が発生した。強い風ではなくても、視界を遮るのには十分で。腕で目元を隠したセラティーナとシュヴァルツが前を向いた時には、既にフェレスは消えた後だった。
 二人はこれ以上湖を散策する気分にもなれず、黙ったまま来た道を戻った。馬車が見えて来た辺りでシュヴァルツが声を発した。


「帝国の魔法使いは何故君に興味を示す?」
「ご本人にお聞きください」


 本当は互いを知っているがここでは他人の振りを徹底する。シュヴァルツは「それもそうか」とセラティーナの言葉を受け入れた。


「湖を一周出来なかったお詫びにカフェへ行こう」
「いいえ、今日は帰りましょう。シュヴァルツ様、なんだかお疲れのように見えますよ」
「疲れてない。だが、折角デートに来たのに何もしないで帰ると言うのは駄目だ」


 愛する女性がいるシュヴァルツから出た意外な言葉。パチパチと瞬きを繰り返してしまい、怪訝な目を向けられるセラティーナは慌てて謝りデートのつもりではなかったと言ってしまった。


「あ……すみません。シュヴァルツ様と月一にある婚約者の義務としか考えていませんでした」
「……」


 デートならばルチアと沢山しているのだ、態々セラティーナとデートをするとは考えられなかった。昨日組合で何をしていたか気になった故の誘いだと思っていたのはセラティーナだけで、シュヴァルツはデートのつもりだったと知り少し混乱する。


「……昨日、街で買ったクッキーを渡したかったんだ」


 言われて昨日もシュヴァルツは言っていたと思い出す。ルチアの為じゃない、セラティーナの為に贈るクッキーだと。貰ってもセラティーナは喜びも嫌悪もない。どんな反応を示すべきか考えたのが駄目だった。シュヴァルツの灰色の瞳に薄っすらと翳りが浮かんだ。


「……受け取ってもらえないのだろうか?」
「あ……いえ、そういう訳では。シュヴァルツ様にはルチア様がいるのに、私が貰って良いのかと」
「君は私とルチアについてばかり話すな。君自身どうなんだ?」


 他に愛する人がいるのだろうと言う目付き、言葉。嘘ではないが堂々と幼馴染との仲睦まじさをアピールするシュヴァルツに言われると何だか腹が立つ。


「そんな相手がいようがいなかろうが、今まで私が婚約者の義務を放棄した時はありましたか?」
「……」


 反論する余地のない言葉にシュヴァルツは黙ってしまう。最低限の役割をセラティーナは果たしてきた。殆ど果たしてもいない同然のシュヴァルツだけには言われたくない。


「クッキーは受け取れません。ご自分で食べて下さい」
「……」
「シュヴァルツ様、今一度、婚約解消について前向きに検討してください」
「私と婚約解消をして君はどうする?」
「お父様やお母様にかなり叱られますわね。勘当されるにしても、私には妹がいますから跡継ぎの心配はありません」


 現に、シュヴァルツに嫁ぐセラティーナの代わりに婿を取ってプラティーヌ家をエルサが後を継ぐ予定となっている。普段から何かにつけてセラティーナに絡むが跡取り教育に真面目に取り組み、家庭教師からの評判も良い。空いた時間やストレスを抱えている時に主にやってくるのだ。

 婚約解消されれば、心残りもなく王国を去れる。帝国に住むフェレスの側にいられる。
 納得してほしいと期待を込めた瞳で見つめ、徐に息を吐いたシュヴァルツに注目した。


「検討も何もしない。私の婚約者は絶対に君だ、セラティーナ」
「!?」


 驚愕するセラティーナを後目に無表情で馬車に乗り込んだシュヴァルツ。声を掛けられて我に返ったセラティーナも馬車に乗り込んだ。結局、カフェには行かず今日は終わりとなった。移動中二人の会話は一つもなかった。


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