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突然の訪問
しおりを挟む——朝食を食べた後は昨日と同じく組合へ行こうと予定していたセラティーナだが、現在庭でシュヴァルツと会っていた。さあ、外出しようと帽子を選んでいる最中にシュヴァルツの来訪を聞かされた。今日来ると報せを受けていないので大変驚いた。急ぎ玄関ホールに行くと確かにシュヴァルツがいた。約束も報せもなく来てしまって申し訳ないと謝罪するくらいなら、何故来たのか。彼にしては珍しい行動に疑問を持つと話がしたいと言われ、思い当たる節があるセラティーナは庭に案内した。天気が良い日は母とエルサが二人でよくお茶をしている席に座り、二人だけにしてもらうとシュヴァルツに頭を下げられた。
「済まない。突然押し掛けてしまって」
「謝罪は先程受け取りました。でも確かに驚いているのは事実です。お話とは何でしょう?」
「……昨日の件についてだ」
やはり、と内心納得した。
「あの後、君が何処へ行くか気になって後を付けた。そうしたら、君が組合へ入るのを見て……出て来たところで接触しようとした」
「……」
「だが、組合から出て来た君はとても嬉しそうな顔をしていた。君とは婚約して長い。あんな顔をするとは知らなかった」
余程、自分はフェレスに会えて浮かれてしまっていたようだ。シュヴァルツが陰から見ていたのにも全く気付けなかった。
シュヴァルツに会う自分はいつもどんな顔をしているのかと気になった時、前に言われた言葉を思い出した。
いつも寂しそうだと。
「シュヴァルツ様に映る私は、いつも寂しそうな顔をしていましたか?」
「ああ……。笑って見せても、内側にある寂しさが表に出ていた」
「そうですか……」
「昨日、組合で何があった?」
今日押し掛けたのはセラティーナが嬉しそうだった理由を知る為のようだ。セラティーナに興味がないものとばかり思っていたのに、昨日といいシュヴァルツはどこか変だ。
「何かと言う程ではありません。シュヴァルツ様はお気になさらず」
「私には言えない事なのか?」
「大した事ではないからです。態々、このような事を聞くためにいらしたのなら時間の無駄ですわよ」
「婚約者の事を知りたいと思うのは悪い事なのか?」
ポカンと口を開けてしまったセラティーナはすぐに謝った。シュヴァルツも自分が放った言葉の意味を悟り、気まずそうに目を逸らした。婚約当初からセラティーナとの婚約が嫌で、王太子との婚約が無くなったルチアと堂々と二人きりになるシュヴァルツが言う台詞ではない。
「あの、ルチア様と何かあったのですか?」
シュヴァルツがセラティーナを気に掛けるのは、ルチアと何かがあり気を紛らわせる為ではないかと思えて来た。
「ルチアは関係ない……。私の意思でセラティーナが、気になるんだ」
今更過ぎてどう返事をすれば、とセラティーナは考えるも——すぐに止めた。
「シュヴァルツ様。良い機会です。婚約を解消して下さるよう、グリージョ公爵様に頼んでください」
「……」
「シュヴァルツ様にとっても悪い話ではない筈です」
「……」
シュヴァルツは何も言わない。ジッと、灰色の瞳が見つめてくる。手放しで喜ぶと予想していたのに外れた。
「私から頼んでも公爵様は話を聞いて下さらないから」
だから、シュヴァルツの方からセラティーナではなくルチアを婚約者にと公爵に頼んでほしい。……が、シュヴァルツから出た言葉はセラティーナの予想とはかなり違った。
「婚約解消はしない」
「え?」
「私と君の婚約はグリージョ家とプラティーヌ家が決めた。王家の承認も得ている。余程の理由がない限り、私達の婚約は消えない」
「……」
つまり、余程の事がない限りセラティーナやシュヴァルツが婚約解消を望んでも実現不可能というわけだ。言葉の端に感じる諦念がより実感を与えた。今までシュヴァルツが婚約解消や破棄を求めなかったのはこれだったのだ。
「そもそも、貴族とは政略結婚をすることで家を守ってきたんだ。君や私も貴族ならそうあるべきだ」
「たとえ、他に愛する人がいても、ですか?」
「……そうだ」
今の妙な間はなんだろうか。灰色の瞳が探るように見てくる。
「……君は私がルチアをと言うが君自身はどうなんだ?」
「私、ですか?」
「昨日の君は一度も見た事がないほど喜んでいた。それほど、良いことがあったんだろう?」
「まあ……そうですわね」
「いつも寂しい表情をしていたのは何故なんだ」
セラティーナ自身に自覚はなくても無意識に出ていたのなら、反論はもう出来ない。家族に愛されず、周囲にも軽く扱われ、婚約者は別の女性を愛している。前世の記憶があったとしても孤独を感じなかった訳じゃない。記憶の中にいるフェレスを支えにしても、現実を見たら途端に虚しくなった。
両親に愛され、周囲にも愛され、心を通わせる愛する女性のいるシュヴァルツには絶対に理解されない孤独。
だからセラティーナは首を振った。
「シュヴァルツ様に言ったところで私の寂しさが消える訳ではありません」
「……」
「シュヴァルツ様。私と貴方は常に一定の距離を保ち続けてきました。これからもその関係を続けていたいきたいのが私の希望です。婚約解消が成立すれば一番良いのですが」
「……それほどまでに、私との婚約は嫌だと?」
「寧ろ、私との婚約が嫌なのはシュヴァルツ様ではありませんか。私と婚約解消すれば、ルチア様と婚約が出来るのですよ? 公爵様は難しいかもしれませんが周囲の方々は、きっとお二人を祝福してくださいます」
大きな壁はグリージョ公爵のみ。常に政治の前線に立つ公爵を納得させるには骨が折れるだろうが、ルチアを愛するシュヴァルツなら成し遂げられる。セラティーナはそう信じているがシュヴァルツからの反応が微妙だ。ルチアとの関係を責めもせず、受け入れ祝福しているセラティーナをジッと翳りの濃い灰色の瞳で見つめてくる。
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