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傷は浅い

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 屋敷に戻った途端、案の定母に呼び止められたセラティーナは組合を出た直後の表情を消し、無表情で振り向いた。が、真後ろにいた母は右手を振り上げており、気付いた時には頬に痛みが走った。乾いた音が鳴り、周囲にいる使用人達の視線が二人に集まった。


「お前! 護衛も侍女も付けず一人何処へ行っていたの!? 折角、今朝は食堂で食事を摂る許可を旦那様が下さったというのに一人拗ねて部屋で食べた挙句一人で外出!? 少しはプラティーヌ公爵家の令嬢として相応しい行動をしなさい!」


 見るからに機嫌が悪い母に反論は禁じ手だ。しおらしく、謝罪を口にすると少しは満足したらしく、昨日セラティーナに買ってやったという宝石を投げられた。エルサが口添えをして購入したらしい。床に落ちたサファイアの首飾りを拾い、ふう、と息を吐いて部屋に戻った。その際、背後から母が怒鳴り声を散らすが気にしない。

 何故エルサはセラティーナの分の宝石を買うよう母に言ったのだろう。

 あまり高価とは言えない品質にデザインも安っぽく見える。大方、高級品を身に着ける自分と安物を身に着けるセラティーナを並べ優越感に浸りたかったのだろう。また、ふう、と息を吐いた。
 叩かれた頬を素早く口にした呪文で出した氷を当てる。扉が叩かれたので返事をするとナディアが入って来た。セラティーナの様子を見てすぐに顔を青褪めるも慣れているセラティーナは気にしないでと首を振った。


「ナディアはお母様達に何も言われなかった?」
「わ、私は大丈夫です」
「良かった」
「お嬢様、すぐに傷薬をお持ちします」
「これで十分よ。薬も後で自分で作るから。それより、これをあげるわ」
「え」


 そう言ってセラティーナが差し出したのはサファイアの首飾り。先程、母に投げ付けられた物だ。


「昨日、エルサがお母様に口添えをして私の分の宝石を買っていたみたい。でも、私は要らないからナディアにあげる」
「ですが、奥様やエルサ様にバレたら……」
「きっとすぐに忘れるわ。私が身に着けても、安物を身に着けた私を笑いたいだけ。それなら、私以外の人に渡そうってね」
「分かりました。大事にします」
「ありがとう」


 母があれだけ怒っているのなら、父も恐らく同等くらいには怒っている筈。セラティーナの帰宅を受けても呼び出しがないのは、あの後母が叱ってやったとでも父に自慢している節がある。
 夫婦揃って実子を虐げる手を緩めない。お似合いの夫婦だ。

 部屋に一人にしてもらい、引っ叩かれた頬を氷で冷ましつつ、セラティーナが頭に浮かべるのはフェレス。約五十年ぶりに再会した前世の夫は何も変わっていない。妖精と人間の寿命には大きな差がある。年老いたセラティーナを最後まで愛し、看取った後フェレスはずっと一人でいたのかと思うと申し訳なさを感じる。
 妖精族には、人間にないある特徴がある。長寿の彼等でさえ、出会えるのは奇跡と呼ばれる。その長い生涯の中で出会いがあった妖精はほんの一握り。大抵は見つけられないまま、長い時を生きるか死ぬのどちらか。


『僕は運が良かった。ただそれだけさ』

「フェレス……」


 さっき別れたばかりなのにもうフェレスに会いたくなっている自分がいて苦笑してしまう。再会するまでは、一目見たら満足だと言っていたのは自分なのに。
 人間は欲深い生き物だから一度会ってしまうと二度、三度と会いたくなる。


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