上 下
6 / 109

組合

しおりを挟む


 手配した馬車にナディアと共に乗り込むと馬車は動き出した。向かいに座ったナディアに「エルサは私を嫌っている割に、自分から沢山話し掛けて来るのだけど……どうしてかしらね?」と訊ねてみた。


「えっと……多分セラティーナ様に構ってほしいのかと」
「正面から大嫌いって昔言われたわよ? 一応、気にしてエルサにも接触しないよう注意を払っているのだけど」
「エルサ様は素直ではありませんから……」


 素直ではない? とても素直だ。公爵家の娘として思った事をそのまま言葉にするのは頂けないが包み隠さずセラティーナへの敵意を隠さず、真正面からぶつけるエルサが何だかとても可愛い。悪意がないと言われると違うが、両親やセラティーナを馬鹿にする周囲と違って濃度が極端に薄い。悪者ぶっても完全に悪になれない。根が良い子なのだ、元から。

 馬車が街の広場に停車するとすぐさまセラティーナは降り、慌てて降りたナディアに微笑んだ。


「ナディアはオペラを買って来て」
「セラティーナ様は?」
「私は用事があるの。長引くかもしれないから、オペラを買ったら馬車で待っていて」
「いけません、私が代わりに」
「いいえ。私が行かないと駄目よ」


 ナディアが言葉を続ける前に令嬢らしからぬ速度でその場を離れたセラティーナ。お陰で目的地にはすぐに着いた。王国で最も大きな組合ギルド『グレーテル』。確か、初代マスターの名前がグレーテルだからと聞いた。中に入り、カウンターにいる受付嬢に声を掛けた。


「あの」
「どうされました? ご依頼は?」
「帝国の地理に詳しい方を紹介して頂きたいのですが」
「帝国の? 同行者をお探しで?」
「いえ。帝国に用があって、王都から帝都まで定期便があるのは知っていますが帝都の外となるとどう進んだらいいか分からないから……」
「でしたら、同行者を付けた方が宜しいのでは?」


 見るからに裕福な娘が訳アリの空気を醸し出している。組合に入る前、髪の色を茶色に変え、顔も少し魔法で変えたので仕方ないかもしれない。鞄から多目のお金を出して受付嬢の前に置いた。


「代金はきちんと払います」
「そういう問題ではなく……」


 困った。善意で言ってくれているのは承知しているがセラティーナからすると地理について教えてくれるだけでいい。どうしようかお互いに困り果てていると「どうしたー?」と男性の声が飛んで来た。


「ランスさん」


 坊主頭で額に斜め線の傷が入った大柄の男が興味深げに会話に入った。何処かで見たような、と既視感を覚えるも受付嬢を納得させるのが先だ。


「この方が帝国の外へ行く為に帝国の地理に詳しい方をと言われているのですが同行者希望ではないようで」
「そりゃあいけねえ。あんた、どんな事情があるか知らないが一人で行くのは危険だ」


 彼等が親切心から忠告しているのは解しているものの、正直に事情を明かせないのが辛い。


「ところで帝都の外なんてどこまで行くんだい?」
「えっと……帝都から北に二十キロ程離れた森へ行きたくて」
「確かそこは朝の妖精っていう、小さい妖精族が好む森だな。そこに何の用が?」


 ここまで来たら話さないと納得してくれなさそうだ。


「その森に住む魔法使いに会いたくて……」
「それは……ひょっとしてフェレス=カエルレウムか?」
「ご存知なのですか?」
「ああ。知り合いでな」


 フェレスに会いたいのは事実だ。会いたい理由を妖精族の魔力から作られると言われる妖精の粉が欲しいのだと言い、フェレスはやって来る依頼人は大抵受け入れると聞きどうしても会いに行きたいのだと話した。妖精の粉は主に魔力増幅の材料となり、また、非常に美しい代物で婚約者に贈りたいと理由を作った。


「妖精の粉を婚約者にか……立派だがあんた変装魔法を使ってるな?」
「ええ……」
「ってことは、貴族のお嬢さん辺りか」
「お金はきちんと払います。だから、どうか紹介して頂けないでしょうか」
「うーん。お嬢さん一人でっていうのがネックだなあ……」


 やはり、同行者同伴でないと駄目だろうか。腕を組んで悩むランスに受付嬢とセラティーナの視線が集中する。


「あ。でも確か」
「え」
「数日前だったか。フェレスから連絡が来たんだ。四日後に王都に来るって」
「王都に?」
「ああ。何でも王都にしかないものがあるらしくて、それを探しに来るんだと」


 フェレス程の魔法使いが欲する物が王都にある……? かれこれ十八年は王都に住むセラティーナだが見当がつかない。


「王都に来たら顔を出すって言っていたから、あいつが来たらお嬢さんに連絡を入れよう」
「本当ですか?」
「その代わり、あんたの身分を証明してくれ」
「分かりました」


 会いに行こうと思っていた前世の夫が王都に来る。その機会は逃せない。ランスに言われ、セラティーナは変装魔法を解除した。途端に変わる髪色や顔立ちに二人が息を呑む。


「こりゃあ驚いた……あんた、かなりの別嬪さんだな」
「ありがとうございます。私はセラティーナ=プラティーヌと申します」
「プラティーヌと言えば、超大金持ちの。だがプラティーヌ家は魔法が得意じゃない奴が殆どだろう?」
「ええ。でも、私は偶々魔法が得意な方みたいで」
「そうか」
「婚約者も魔法が得意な方なので妖精の粉が欲しくて」


 嘘ではないがシュヴァルツの為に妖精の粉を欲していない。ランスは受付嬢に向き、セラティーナの依頼は自分が受けると言い、受付嬢もそれを承諾。カウンターに置いてあるリストに何やら書き込みをしている。依頼は正式に受理された。


「フェレスが来たら、魔法で連絡を送ろう」
「ありがとうございます。助かります」


 これでフェレスに会える手段が整った。もしも、側に他に愛する女性がいたとしても、一目で良い、彼に会いたい。会ったら王国を去ろう。帝国に移住しても良い。流れ者でも魔法使いなら重宝してくれる。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

愛しの貴方にサヨナラのキスを

百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。 良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。 愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。 後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。 テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

処理中です...