婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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慌てて来たらしい

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 ――馬車がプラティーヌ家に到着した。御者が扉を開けると先にセラティーナが降り、エルサに手を差し出した。振り払われるかと思ったが意外にも手を掴んでくれた。


「……ありがとうございます」


 小さな声で紡がれたお礼の言葉。いいのよ、と告げセラティーナは先に邸内に入った。部屋に戻り、息を吐いてソファーに座った。

 扉がノックされ「失礼します、セラティーナ様」と専属召使が入った。


「ナディア。湯浴みの準備をして」
「畏まりました。それと薬草茶をお持ちしました」
「ありがとう」


 カートに乗っていたマグカップを受け取り、濃い緑色の飲み物を臆せず口に付けた。夜会やお茶会の後、必ず飲む薬草茶は疲労回復の効果がある。


「エルサ様も戻っているようですが二人で……?」
「ええ。私が馬車を拾いに街へ歩くのはプラティーヌ家の恥だからって馬車に乗せてくれたの」
「グリージョ様は……」
「聖女様に夢中だったから帰って来ちゃったの」
「そう、ですか」


 何とも言えない顔をするナディアに気にしないでと微笑み、湯浴みの準備を促した。飲み干したマグカップを返すとナディアは準備が出来次第呼びに来ると退室した。


「シュヴァルツ様の気持ち、分からないでもないのよね……」


 愛する人がいるのに、愛する人と一緒になれないシュヴァルツの気持ちはよく分かる。前世の夫ともしも一緒になれない日々があったら、セラティーナだって怒りでどうにかなりそうだ。前世の記憶のお陰で両親に愛情を求めていなければ、シュヴァルツにも愛情を求めていないので割と大丈夫な方。エルサに関しては可愛い妹とセラティーナは思っているが、エルサ本人にどう思われているか不明だ。正面から嫌いだと昔言われているので嫌われてはいる。筈。

 考えている内にナディアが湯浴みの準備が完了したとセラティーナを呼びに来た。今行くわ、とソファーから立ったセラティーナは浴室までナディアと共に向かった。

 湯浴みを終え、部屋で冷たい紅茶を飲んでいると慌てた様子のナディアがやって来た。


「セラティーナ様、グリージョ様がお見えです」
「シュヴァルツ様が?」


 何も言わず、帰宅したのを今になって気付いたのだろうか。セラティーナ達が帰宅してもう二時間以上は経過している。かなり焦った様子だったと告げられ、会わない訳にはいかないかと空のティーカップをナディアに渡して玄関ホールへと向かった。
 扉の前にいるシュヴァルツは少々髪が乱れ、頬に汗の筋があった。セラティーナが顔を見せると「セラティーナっ」と切羽詰まった声色を出された。


「何故先に帰った。それも私に一言もなくっ」
「いえ……シュヴァルツ様は聖女様に付きっ切りだったので、私がいなくても良いだろうと判断しました」
「私がルチアの側にいてセラティーナを蔑ろにしたのは済まなかった。だが、無言で帰ることはないだろう」
「私がいようがいなかろうがシュヴァルツ様には、大した問題ではないでしょうに。何故そうまでして気にするのです」
「なっ、私は急にいなくなった婚約者を気にもしない男だと思っているのか?」
「そうは言いませんが……」


 ただ、セラティーナを好いているかと訊かれると絶対に返答に困るのは間違いない。何度かデートの約束を忘れられたり、前以て約束していたエスコートを当日になって反故されたり前科はある。指摘すると気まずげに目を逸らされた。


「そ、それは……」
「無言で帰宅したのは申し訳ありませんでした。シュヴァルツ様は私が勝手にいなくなっても気にしないと思っていたので」


 嫌味ではなく、本心からくる言葉なのだがシュヴァルツには嫌味に聞こえるだろう。


「私は安全に帰宅したのでシュヴァルツ様もお気になさらず。そういえば、聖女様はどうされたのですか?」
「ルチアはルナリア伯爵に託した。心配ない」


 心配は特にしていない。


「そうですか。では、シュヴァルツ様もお気を付けてお帰りください」
「……ああ、そうする。セラティーナ、今度からは一言でもいい。私に声を掛けるように」


 そう言ってシュヴァルツは帰って行った。そういえば、どの時点でセラティーナがいない事に気付いたのかと聞くのを忘れていた。気にする程でもないかと自身を納得させ、セラティーナは私室に戻った。


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