上 下
2 / 109

前世の記憶がある

しおりを挟む


 ――フェレス……


 夜空に浮かぶ小さな星々の如く光る銀色の髪も、瞳に月を宿す濃い青の瞳も。甘く聴覚を刺激する低い声も全部覚えている。セラティーナは前世というものを覚えていた。

 前世は、この世界で長寿な種族と言われる妖精族の男フェレスの妻だった。前世もセラティーナは人間だった。妖精族のフェレスに一目惚れだ、好きだと告白された時は大層驚いた。接点は殆ど無いに等しかったのに。互いをよく知りもしないでフェレスを受け入れる、なんて事はセラティーナには出来ず。三回目の告白でフェレスがどんな人なのかを知って考えたいと言って交際が始まった。
 妖精族はとても気紛れな種族で人間に手を貸そうが貸さまいが自分達の生活が脅かされなければどうでもいいというスタンス。人間が見目麗しい妖精族に惚れる事があっても、自分達より遥かに寿命が短い人間を妖精族が惚れるのは無かった。

 だから余計驚いたのだ。

 フェレスの気持ちを受け入れ、結婚し、セラティーナが寿命を迎えその生涯を閉じるまでフェレスは愛してくれた。


「フェレス……」


 前世の記憶を持ったまま新たな人生を迎えたのは驚きだ。前世を終えて約五十年は経過している。当時から三百を超えていたフェレス。たかが五十年は彼にとったら短い期間だろう。会いたい。

 フェレスに会いたい。

 もしも、他に愛する人がいたらいけないから、遠くから一目でもいい、フェレスが幸せでいるか見たい。
 夜空を見上げながら、そんな事を考える。


「さむっ」


 少々長くいすぎたようで。会場に戻ったら中央で踊っていたシュヴァルツとルチアはいない。ずっと踊っている訳ないか、と探そうとしたがその必要はなかった。シュヴァルツはすぐに見つかった。
 ルチアの腰を抱いて至極大事にエスコートをしていた。セラティーナに対しては互いの隙間が無くなる程ピッタリくっ付いてエスコートはしないのに。セラティーナが二人を見ていると目敏く見つけた周囲はここぞとばかりに嘲笑うも、セラティーナからしたらどうでも良く。

 あれなら、シュヴァルツは聖女のエスコートに忙しかったので自分は先に帰ったと言い訳が通用する。ということで、小さく欠伸をしてから会場を出た。その際、周囲の者達はギョッとした。悔し気に、悲し気に出て行くセラティーナを期待していたのだろう。
 全く気にせず、それどころか欠伸を見せ会場を出て行ったのだから。数人はどうせ強がりだと言うが、多数はそうだろうか……? と頭から大量の疑問符を飛ばし続けた。

 外に出て馬車の所へ移動しようと進み始めた矢先、ふとセラティーナは思い出す。形式上は婚約者の為、シュヴァルツが迎えに来てその馬車で王城にやって来た。帰りもグリージョ家の馬車になる。セラティーナ一人だと乗れない。今日の誕生日パーティーは夜中を超える。

 シュヴァルツがセラティーナの存在を思い出すとは思えない。月に一度あるデートですら忘れられる程。何時だったか、待ち合わせの場所に行っても来る気配がなく帰った経験すらある。事前に報せの一つでも入れてくれていれば良い物を……と呆れ果てた。

 どうやって帰ろうか考えていると「お姉様」と呼ばれた。
 振り向くと腕を組んで一人でいるエルサがいた。


「エルサ? どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、どうせ、シュヴァルツ様に存在を忘れられて一人惨めに帰ろうとしているお姉様を笑いに来たのですわ」
「そう。今の時期、夜は寒いから早く会場に戻りなさい。貴女、昔はよく風邪を引いていたのだから」


 今でこそ健康なエルサは幼少期はベッドの上で過ごす日々が多く、両親は病弱なエルサを溺愛していた。元々、祖母譲りの見目のセラティーナより、母譲りのエルサを可愛がっていたから、病弱でなくてもエルサは愛されていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

逃がす気は更々ない

恋愛
前世、友人に勧められた小説の世界に転生した。それも、病に苦しむ皇太子を見捨て侯爵家を追放されたリナリア=ヘヴンズゲートに。 リナリアの末路を知っているが故に皇太子の病を癒せる花を手に入れても聖域に留まり、神官であり管理者でもあるユナンと過ごそうと思っていたのだが……。 ※なろうさんにも公開中。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

処理中です...