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しおりを挟む力無く俯いたラシュエルからは悲壮な雰囲気な漂う。魔法が攻撃をしてこないのなら、ラシュエルは嘘を言っていない。
「殿下が私を連れ戻し周囲を説得しても納得はされませんでしょう」
「君は私と過ごした時間を無かった事にするのか?」
「……私はあくまでも候補に過ぎません。私達には婚約関係はなかった。それだけです」
まただ。またラシュエルを突き放すと傷付いた相貌になる。幼少期からの交流に強い恋愛感情はない。仲良くはしていた、と思う。原作の未来を知っていたリナリアとしては極力ラシュエルの好感度を上げないよう努めた。別れて辛い思いをするのなら自分一人だけでいいと。
昏く、濁った黄金がリナリアをじっと見つめ、暫くすると瞼を閉じた。
すぐに上げると瞳から濁りは消えていて。代わりに何も宿っていない無機質な黄金がそこにあった。
「イデリーナ」
「!」
「次は君の話を聞かせてほしい。君や侯爵が言っていたじゃないか。リナリアは病に苦しむ私を捨て、他の男の許へ行ったと。あれは嘘なのか?」
「ち……ちが……っ」
イデリーナは咄嗟に口を手で押さえた。
尋問部屋で嘘偽りを申すと魔法に攻撃をされる。大教会に在籍する神官が言うのだ、信じている。話せないように手で口を塞ぎ、一目で分かるくらい震え出したイデリーナ。その姿だけで嘘だったのだと物語っていた。失望の眼をイデリーナに向けるラシュエルが理由を問うてもイデリーナは答えられない。見兼ねたリナリアが話をした。
「私の亡くなった母と父は貴族でよくある政略結婚でした。父には元々結婚を約束した恋人がいました。ですがその恋人の実家が没落した事でお祖父様は二人の結婚を認めず、私の母との結婚を決めました。
母は愛せなくても家族としてお互いを支え合おうと何度も父と話をしようとしましたが、母のせいで恋人と引き裂かれたと逆恨みする父は耳を傾けなかった。私が生まれたら、屋敷にも殆ど帰らなくなりました」
母が亡くなった翌年、リナリアと一歳しか違わない娘と愛人を連れて屋敷に戻った父は一言「今日からお前の新しい家族だ」とだけ告げた。
その娘と愛人がイデリーナと後妻である。
前妻の娘を嫌う後妻やイデリーナからすると皇太子妃になるに最も近いリナリアは目障りだったに違いない。
ラシュエルが不治の病に掛かり、治す術がないと誰もが嘆き悲しむ中、一人聖域に咲く“祈りの花”を探しに行ったリナリアがラシュエルを見捨て他の男の許へ行ったという嘘を思い付いたのも目障り故に。
「……典型的な駄目男の例だな、ヘヴンズゲート侯爵は」
「お母様と結婚したくなかったのなら、ご自分でどうにかしようと足掻いていたら、別の道があったでしょうにね」
ユナンの呆れ果てた物言いにリナリアは同意する。周りに当たるだけで自分からは動こうとしない。
「イデリーナ……君は……」
「あっ……わた……ち、……」
一方、リナリアの話を聞いたラシュエルは信じられない者を見る目でイデリーナを見た。否定したくても尋問部屋の魔法を恐れるイデリーナは必死に首を振る。違う、と、リナリアの嘘だと。言葉に出来ないから声なき声は届かない。
「リナリア」二人を見守っていたらユナンの声が。
「君はこの後どうする? 聖域にずっといると十日前は話していたが」
「聖域にずっと!? そ、そんなの駄目だ!!」
ラシュエルが慌てて話に割り込んだ。
「この事はすぐに陛下に知らせる! リナリアへの誤解も必ず解いてみせる!」
「知らせても厳重注意で終わるよ。聖女の能力は貴重だと言ったろう」
「しかし……!」
「まあ、他者を慈しむ清廉な心を持たない聖女は、軈て能力を失う。急がなくても落ちていくのはリナリアを除いたヘヴンズゲート侯爵家のみ」
能力を失うの下りから顔面蒼白となったイデリーナが「ラシュエル様!!」とラシュエルの腕に抱き付いた。
「お許しくださいラシュエル様!! これからはお姉様に嫌がらせはしません、嘘も言いません、お父様やお母様がお姉様に――――きゃああっ!!」
壁に紫色の魔法陣が突如展開された。
イデリーナ目掛けて紫電が飛んだ。直撃したイデリーナは悲鳴を上げ、ラシュエルの腕を離すと床に倒れた。
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