逃がす気は更々ない

文字の大きさ
上 下
6 / 43

2-3

しおりを挟む


 力無く俯いたラシュエルからは悲壮な雰囲気な漂う。魔法が攻撃をしてこないのなら、ラシュエルは嘘を言っていない。


「殿下が私を連れ戻し周囲を説得しても納得はされませんでしょう」
「君は私と過ごした時間を無かった事にするのか?」
「……私はあくまでも候補に過ぎません。私達には婚約関係はなかった。それだけです」


 まただ。またラシュエルを突き放すと傷付いた相貌になる。幼少期からの交流に強い恋愛感情はない。仲良くはしていた、と思う。原作の未来を知っていたリナリアとしては極力ラシュエルの好感度を上げないよう努めた。別れて辛い思いをするのなら自分一人だけでいいと。


 昏く、濁った黄金がリナリアをじっと見つめ、暫くすると瞼を閉じた。
 すぐに上げると瞳から濁りは消えていて。代わりに何も宿っていない無機質な黄金がそこにあった。


「イデリーナ」
「!」
「次は君の話を聞かせてほしい。君や侯爵が言っていたじゃないか。リナリアは病に苦しむ私を捨て、他の男の許へ行ったと。あれは嘘なのか?」
「ち……ちが……っ」


 イデリーナは咄嗟に口を手で押さえた。
 尋問部屋で嘘偽りを申すと魔法に攻撃をされる。大教会に在籍する神官が言うのだ、信じている。話せないように手で口を塞ぎ、一目で分かるくらい震え出したイデリーナ。その姿だけで嘘だったのだと物語っていた。失望の眼をイデリーナに向けるラシュエルが理由を問うてもイデリーナは答えられない。見兼ねたリナリアが話をした。


「私の亡くなった母と父は貴族でよくある政略結婚でした。父には元々結婚を約束した恋人がいました。ですがその恋人の実家が没落した事でお祖父様は二人の結婚を認めず、私の母との結婚を決めました。
 母は愛せなくても家族としてお互いを支え合おうと何度も父と話をしようとしましたが、母のせいで恋人と引き裂かれたと逆恨みする父は耳を傾けなかった。私が生まれたら、屋敷にも殆ど帰らなくなりました」


 母が亡くなった翌年、リナリアと一歳しか違わない娘と愛人を連れて屋敷に戻った父は一言「今日からお前の新しい家族だ」とだけ告げた。
 その娘と愛人がイデリーナと後妻である。

 前妻の娘を嫌う後妻やイデリーナからすると皇太子妃になるに最も近いリナリアは目障りだったに違いない。
 ラシュエルが不治の病に掛かり、治す術がないと誰もが嘆き悲しむ中、一人聖域に咲く“祈りの花”を探しに行ったリナリアがラシュエルを見捨て他の男の許へ行ったという嘘を思い付いたのも目障り故に。


「……典型的な駄目男の例だな、ヘヴンズゲート侯爵は」
「お母様と結婚したくなかったのなら、ご自分でどうにかしようと足掻いていたら、別の道があったでしょうにね」


 ユナンの呆れ果てた物言いにリナリアは同意する。周りに当たるだけで自分からは動こうとしない。


「イデリーナ……君は……」
「あっ……わた……ち、……」


 一方、リナリアの話を聞いたラシュエルは信じられない者を見る目でイデリーナを見た。否定したくても尋問部屋の魔法を恐れるイデリーナは必死に首を振る。違う、と、リナリアの嘘だと。言葉に出来ないから声なき声は届かない。

「リナリア」二人を見守っていたらユナンの声が。


「君はこの後どうする? 聖域にずっといると十日前は話していたが」
「聖域にずっと!? そ、そんなの駄目だ!!」


 ラシュエルが慌てて話に割り込んだ。


「この事はすぐに陛下に知らせる! リナリアへの誤解も必ず解いてみせる!」
「知らせても厳重注意で終わるよ。聖女の能力は貴重だと言ったろう」

「しかし……!」
「まあ、他者を慈しむ清廉な心を持たない聖女は、軈て能力を失う。急がなくても落ちていくのはリナリアを除いたヘヴンズゲート侯爵家のみ」


 能力を失うの下りから顔面蒼白となったイデリーナが「ラシュエル様!!」とラシュエルの腕に抱き付いた。


「お許しくださいラシュエル様!! これからはお姉様に嫌がらせはしません、嘘も言いません、お父様やお母様がお姉様に――――きゃああっ!!」


 壁に紫色の魔法陣が突如展開された。
 イデリーナ目掛けて紫電が飛んだ。直撃したイデリーナは悲鳴を上げ、ラシュエルの腕を離すと床に倒れた。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

彼の執着〜前世から愛していると言われても困ります〜

八つ刻
恋愛
女の子なら誰しもが憧れるであろうシンデレラ・ストーリー。 でも!私はそんなの望んでないんです! それなのに絡んでくる彼。え?私たちが前世で夫婦?頭おかしいんじゃないですか? これは今世でも妻を手に入れようとする彼とその彼から逃げようとする彼女との溺愛?ストーリー。 ※【人生の全てを捨てた王太子妃】の続編なので前作を読んだ後、こちらを読んだ方が理解が深まります。読まなくても(多分)大丈夫です。 ただ、前作の世界観を壊したくない方はそっ閉じ推奨。 ※相変わらずヤンデレですが、具合はゆるくなりました(作者比) ※前作のその後だけ知りたい方は25.26日分を読んで下さい。

処理中です...