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我慢我慢
しおりを挟む「旦那様にこんな美しい奥方様がいらっしゃったとは。何時、ご結婚を?」
「していない。今後もする予定はない」
「え」
面食らうマーサから滑るようにレインリリーを見やったクレオンの瞳は冷たく蔑む感情が含まれていて、脳内に直接アーラスが語り掛けてきた言葉に辟易として肯定した。脳内ではアーラスとして会話しながら、表はマーサの皮を脱がず新妻に対する態度ではないクレオンに思うところはありつつも、今日の目玉商品を紹介させてほしいと早速邸内に荷物を運ばせた。
続々と商品がサロンへ運ばれていく。そこから、マーサがとっておきの商品をクレオンやレインリリーに紹介するのだ。
サロンに一通りの商品を運び終えた段階で一行は場所を変えた。サロンに並べられた商品はどれも最高級の宝石から衣類、家具、中には貴重な触媒で造られた魔法道具もある。
クレオンが今日の一押しをマーサから聞いている間にレインリリーは目当ての鏡を早速見つけた。マーサ扮するアーラスと再会したので既に鏡の必要性はないものの、ずっと変わった鏡を欲していたレインリリーが黄金に縁取られた珍しい鏡を見て興味を示さない訳にはいかない。
「見てジル! 私、こういう派手な鏡が欲しかったの!」
ジルもレインリリーに会話を合わせた。
「お嬢様にお似合いですよ」
「ありがとう」
年単位の覚悟をしていたのに早々とアーラスと出会えたのは奇跡に近い。小声で今日ノーバート家を出て行くと告げるとジルは小さく頷いた。問題はどう出て行くかだが、特段思い入れもなければ彼等にどう思われようがどうでもいいレインリリーは何も告げず、そのまま消える事にした。
従者と二人で珍しい鏡を見つけて喜ぶレインリリーを嘲る様に見つめるクレオン。側にいるマーサは「旦那様」と意識を変えさせた。
「奥様が気になって仕方のないご様子ですね」
「気になる? 馬鹿を言うな。お前は平民で社交界を知らないからあの女の本性を知らないんだ」
「本性?」
「どうせ、あの従者はあの女のお気に入りだろう。顔の良い男なら誰にでも体を許すふしだらで、平民上がりの後妻や異母妹を虐げる『悪女』だ。気を許すなよ」
「はあ……」
人間に転生した親友へのあんまりな言われように気のない返事をするも、内心は腹を抱えて転げ回りたい衝動に駆られた。
「旦那様はてっきり、初恋の君と結婚するものだとばかり思っていました」
「あの女とは祖父の遺言に従って結婚しただけだ。結婚と言っても書類にサインさせただけだ。挙式はない」
「女性にとって花嫁衣装は夢では?」
「だからなんだ? 公爵夫人として最低限は扱ってやっているんだ。碌な嫁ぎ先がないレインリリーを仮でも妻として娶った僕の寛大さに感謝してほしいな」
「然様ですか」
我慢我慢、と内心何十何百唱えるアーラスはにやけてしまいそうになる顔を必死で抑えていた。クレオンの初恋の君がレインリリーの前世メデイアと知っている。特徴を聞いてすぐにメデイアだと知れた。メデイアからしたら、偶々落ちていたボロボロの子供を拾って、世話をして、元気になったから家に帰したくらいの気持ちしかない。か弱い生き物が好きで人間の子供だけじゃなく、動物だってよく拾っては育て、天寿を全うした動物達を丁寧に埋葬して墓を建てていた。最後に世話をしていたのは一見すると狸に見えるふくよかな猫。怪我をして動けないところをメデイアが見つけ、甲斐甲斐しく世話をした。猫にしてはかなりの長生きだった。確か二十二年は生きていたと記憶している。
こういった人間が真実を知る時の反応は皆同じだが、果たしてクレオンはどんな反応をするのか。
アーラスは楽しみで仕方ないと商人の皮をかぶり続ける。
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