殿下が好きなのは私だった

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心配無用

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 今回は偶々運が良かっただけとも言える。教わっても実戦での活用経験がゼロなリシェルは必死だった。失敗したら死を迎えるのは自分。死ぬのだけは嫌だった。
 顔を解放され、ソファーに座らされたリシェルは隣に座ったネロに訊ねた。


「悪魔狩はもう始まってるの?」
「君は開始の合図を見た?」
「ううん」


 悪魔狩が開始されると眩しい光の合図が発生する。次に光が出されるのは終了の時。


「追試だから出されないの?」
「悪魔狩合図の光は必ず出す決まりとなっている。例外はないよ」
「じゃあ、私を襲った天使達は?」
「功を焦った三バカってことにしよう」
「ええ……」


 ネロが怒らなくて安堵したが馬鹿呼ばわりはどうなのだろう。同族なのに。


「ふむ……こうなると主天使の責任問題だねえ」


 下位天使の監視を担う役割を持つのが主天使。悪魔狩合図も主天使が出すのだとか。


「追試をやるくらいだから、それだけ天使は焦っているのね。ネロさん一つ聞いて良い?」
「どうぞ」
「悪魔狩をするのが人間界限定なのはどうして? 魔界なら、悪魔は人間界より沢山いるよ」
「魔界で悪魔狩をしたいなら、魔王が展開している結界を破らないと天使は魔界に入れない。例外はあるけど普通の天使は結界を突破しないといけないんだ」
「例外?」
「私だよ」


 今朝姿がなかったのは魔界に行っていたからと告白された。転移魔法を使って魔界に行き、直接魔王城に乗り込みエルネストを訪ねたのだ。


「リゼくんからの連絡がないのは私も疑問でね。エルくんなら知ってるかなって会いに行ったんだ」


 大層驚いていたよと笑うネロ。
 エルネストに同情してしまう。


「面白い話を聞けたよ」
「どんな?」
「リシェル嬢の元婚約者の浮気相手の家がリゼくんをとっっっても上機嫌にさせたみたい。伸びきった鼻を根元から叩き折りたいから、リシェル嬢にはもうちょっとリゼくんを待っててもらわないとならない」
「?」


 上機嫌と相手の鼻を折るのがどう繋がるのか、首を傾げたリシェルの琥珀色の頭が撫でられる。


「リゼくんは元気ってこと。連絡が送れないのは向こうに自分が無事なのを知られない為だって」
「パパが元気ならそれでいいよ。良かった」


 理由があるのなら仕方ない。寂しくても仕事を優先してもらいたい。アメティスタ家がリゼルに喧嘩を売ったのなら、ビアンカはどうなってしまうのか。リゼルは女子供でも容赦しない。
 小さい頃に同い年の令嬢に意地悪をされて母親と揃って泣かされた時、駆け付けたリゼルによって二人は家を追い出されたと聞く。リゼルを怒らせ、敵に回すより、元凶となった二人を追い出した方が家の為だと当主が判断したからだ。

 ビアンカは嫌いだが、死んでしまえとまでは思わない。もしもアメティスタ家に手を下した時、ビアンカには温情を出してほしいと頼もう。
 悔しいがビアンカの身に何かあればノアールが悲しむ。

 そっと溜め息を吐いてカーテンが閉められた窓を見やった。


「他にもフライングしている天使がいると思うと外に出られないわ」
「ふむ。仕方ない。ちょっと待ってて」
「?」


 言うとネロは部屋を出て行った。
 時間にして数分か、部屋に戻ると呆れた相貌を見せて来た。


「今知り合いに探りを入れたら、呆れた返答をされたよ。
 油断している悪魔を狩るなら、合図は出さないのが適切だと」
「天使が決まりを破っていいの?」
「悪魔に言われると痛いね……」


 前の悪魔狩の挽回が目的なら、理に叶った行いだが天使が決まりを破っていいものなのか甚だ疑問である。


「遅かれ早かれ魔界側も気付くだろうから、このままでいるか。リシェル嬢、今日は何をする?」
「魔界に連絡を入れないと……」
「言ったろう? どうせ後から気付くよ。君が気にするべきじゃない。人間界に知り合いの悪魔がいるの?」
「いないけど」
「なら、いいじゃないか。全く知らない他人の心配をする意味はない。ほら、朝ご飯を食べに行こう? まだ食べてないでしょう」
「う、うん」


 差し出された手を握ってソファーから立った。手を引かれるがままネロに付いて行くが他の悪魔に心配がないわけじゃない。知らなくても身の安全は気にしてしまう。


 ――リシェルの手を引いて宿を出たネロはひっそりと嘆息した。


(どうせ周りの押しに負けて認めちゃったんだろうが情けない甥っ子だよ)


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