殿下が好きなのは私だった

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強行突破

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 小さな呟きを拾ったタイミングでリゼル帰還の報せを執事が届けた。未だ魔王城からは小爆発や煙が絶え間なく上がっているのはどうして。気にしないでおくのが適切な選択。エントランスへ行ったら輝かしい姿で戻ったばかりのリゼルがいた。
 リシェルを目にしたら大股で駆け寄り抱き締めてくれた。


「会いたかったよリシェル。パパはちゃんと長期休暇を貰って来たからね。これから暫くはゆっくりしようね」
「魔王城から煙が出たり爆発音がしていましたが」
「ああ、気にしないでいいよ。魔王バカ周囲その他が長過ぎるとか七日とか下らん事を言うから、少々苛立ってね。強行突破というやつだよ」
「あはは……」


 魔王や周囲の方々には同情しかしない。苦笑いを零すと額にキスを落とされた。キョトンとリゼルを見上げれば慈しみに溢れた金色の瞳に見下ろされていた。リシェルの顔は母アシェルに瓜二つ。髪や瞳の色はリゼルと同じ琥珀色と金瞳。次期魔王の妃に選ばられる魔力量を持つリシェルは、現魔王よりも強い魔力を持つ父の方が美しいと抱く。身内贔屓と言われるが綺麗なものは綺麗なのだから。
 抱擁を解かれるも肩を抱かれ、一緒に邸内を歩くことに。旅行の準備は終わったと伝えたら「なら、どこに行きたい?」と問われ首を捻った。何度か連れて行ってもらっているが詳細な場所は殆ど知らない。国名も然り。


「賑やかな場所に行きたいわ。人の多く活気づいている所。静かだと振られたばかりだから悲しくなっちゃう」
「よし。なら丁度良いとこがある。昨日から祭りをしている国がある」
「まあ! そこにしましょう。どんなお祭りなの?」
「【収穫祭】といって、季節毎に開催される。季節によって作られる作物を豊穣の女神に捧げ、感謝を送る祭りだ。女神は人間の信仰を得られ、人間は豊穣の女神のお陰でこれからも作物を育てられる」


 正に両者にとって利益しかない。神は人間の信仰心によって力が増す。魔族の自分達が豊穣の女神を主とする【収穫祭】に参加してもいいのかと疑問にするも、人間に混じって参加するのは問題ないとリゼルは気にした風もない。変に気にするより、初めての【収穫祭】を楽しみにしよう。

 人間界への道は魔王城にある。リシェルが準備した旅行鞄だけを持って消火活動中の魔王城へ。炎はかなり消えたが煙はまだあった。不可視の魔法をかけ、慌ただしく行き交う人々を横目に二人は人間界への入口の前に立った。

 三メートルは超えている巨大な扉。門番を眠らせ、片手で扉を開けたリゼル。「重い?」と素朴な疑問を投げた。「軽いよ」と返される。不可視の魔法を解いた直後。


「――待て!」


 さあ、楽しい人間界への旅行へ行こう。という時に背後から飛んだ制止の声。聞いたのは昨日振り。騒ぐ心臓を落ち着かせ、冷静な相貌で振り向いた。
 思った通り――相手は昨日までの婚約者ノアール。漆黒の髪は乱れ、頬から一筋の汗が流れている。余程急いで来たみたいだ。彼も魔王や周囲と同じで補佐官であるリゼルが長期休暇を取るのを阻止したいらしい。
 婚約破棄をした相手の父親に……と冷たい目で見たら、何故かノアールは慌てだした。此方へ来ようとノアールが足を振り上げ掛けた時「王子」冷たいリゼルの声で動きを止めた。


「何をしに来たのかな? これから久しぶりに父と娘で出掛けるというのに」
「出掛ける? は、ふざけるな。お前達はこのまま魔界に戻らないつもりだろう!」
「何のことか。仮にそうだとして、お前に止める権限はあるのか?」
「っ」


 魔界の全権は全て魔王に委ねられている。次期魔王候補なだけのノアールに高位魔族の動きを制限する権利はない。悔しげに顔を歪めたノアールと涼しい顔をするリゼル。今対峙する前にやり取りをした節がある。


「仮に権限を持っていてもお前の言う事など聞かんよ。おれはね、王子。あの魔王バカがあまりにもしつこいからリシェルとお前の婚約を認めただけだ。お前の勘違いにこれ以上リシェルを振り回す気は更々ない」
「勘違いだと……? 魔王になり損ねた貴方は、その腹いせに」
「あーもう消えろ」


 腹いせ? 魔王になり損ねた? 魔王になる気がなかった父が?
 どういうことかと口を挟む間もなく、鬱陶しいと強風がノアールを襲った。傷付けない代わりにノアールを浮かせ、この場から遠ざけていく。
 風のせいで口を動かしているノアールだが声がしない。

 不意に目が合った。リシェル、と口の動きで分かった。


「……」


 ――さようなら、殿下


 昨日と同じ、それ以上に晴れ晴れとした表情を見せ付け、リゼルに促されたリシェルは人間界へ続く扉を潜った。


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