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ベルローズ家の特徴
しおりを挟む話している間にも焼き立てのクロワッサンが運ばれた。甘くて香ばしい香りが食欲をそそる。チョコ味のクロワッサンを取り、一口食べようと口を開き掛けた時咄嗟に閉じてしまった。カフェの前をグレン様が通ったのを見てしまった。大層焦った様子で周囲を見回し、すぐに何処かへ行ってしまった。クリスタベル殿下はどうしたのか……まさか私を探してる? カリアス様も気付いたようで「気にするな。あいつの自業自得さ」とクロワッサンの味の感想を求められて一口を食べた。
甘味を抑えたチョコレートと濃厚なバターの風味によってすぐに次のクロワッサンが欲しくなった。「とても美味しいです」と次の一口を食べた。本当にとても美味しい。持ち帰りがないのが残念だ。
半分くらいまで食べ終えて一旦お皿に置いた。
「不思議なんですが」
「どうした」
「グレン様は私の悪い噂を沢山聞いて、それを信じて私を嫌っていたんですよね? どうして婚約を続けていたのでしょう。まさか、私がシュタイン公爵家に嫁げばお姉様と離れるからですか?」
「セレーネ嬢をロリーナ嬢が虐めていると信じているなら、強ち間違いではないかもな」
「……虐められている人が虐めている人と同じ空間に長時間いると思いますか?」
「虐めている側は虐められている側を物理的にも精神的にも支配する。文句を言いたくても言えない」
「お姉様は、昔私に意地悪をした男爵家の令息を火球で王都の端まで追い掛け回した方ですよ?」
もしも私が虐めていても、無抵抗などせず持ち得る知識・力のある限りでお姉様は反撃した。そして、私は絶対に黒焦げにされて今頃生きてはいない。件の令息は男爵に激怒された挙句、子供ながらに勘当されかけた。男爵夫人の懇願で追い出されはしなかったがこれ以降火球とお姉様恐怖症に掛かり実家の領地で過ごしていると聞いた。現在どうしているのかは知らない。偶に思い出してお姉様に話を振っても興味がないから知らないで終わる。
カリアス様は知っているようで遠い目をしてロードナイト殿下がお姉様の体力に不安を覚えたとか。
「体力に不安ですか? どうしてです」
「うん? うーん……これは当人達の問題で僕達他人は口を出すべき問題じゃない」
「ですが」
「セレーネ嬢の体に問題がある訳じゃないから気にしなくて平気」
こうまで言われてしまえば引き下がるしかない。渋々諦めると「ごめんね」と眉尻を下げられ、気にしませんと残りのチョコレートクロワッサンを完食した。珈琲を飲み次のクロワッサンに手を伸ばした。
「ロリーナちゃんを見てるとレイチェルが恋しくなるわ~」
「お二人は知り合いだったのですよね?」
「知り合いというか、長年の友達よ。身分で言うとレイチェルが上だけど、末っ子だからかなり自由に育てられてね。大人になったらふらっと人間の世界に行ったっきり帰って来なかったの。あたしもだけど」
「妖精の方々が住む世界はどんな所ですか?」
「妖精は花が大好きでね、街の至る所に満開の花が咲いているわ。季節によって花を変えるから違う景色を見れて楽しいわ」
久しぶりに里帰りしましょうかと笑む夫人に釣られ私やカリアス様も微笑んだ。夫人が里帰りをしたら、きっとベルローズ公爵は泣いて引き止めてしまう。王国で最も仲良しな夫婦として二人は有名だ。やっぱり二人の馴れ初めが理由。興味本位で訊ねると公爵はカレンデュラ様を一目見て惚れこみ、当時住み込みで働いていたパン屋に毎日通ってはパンを買って帰って行ったと。
「マリオ君ってばしつこくてね。二年間毎日パンを買いに来ては私に求婚をしてきたの」
「毎日!?」
カリアス様は知らなかったらしく、驚きのあまり素っ頓狂な声を出していた。
「それも同じパン。身分は高く顔も良いのに変な人間って相手していなかったのに、気付いたらマリオ君のしつこい求婚を受け入れちゃってね。長い人生こんな事もあるわねって結婚したの」
「人間の生活は大変だったのでは? 公爵夫人ともなると……」
「ああ、その辺は大丈夫。無駄に長生きはしてないから」
百年以上生きているだけはあり、言葉の説得力が違い過ぎる。ベルローズ公爵の意外な一面を垣間見た。常に冷静沈着でシュタイン公爵夫人の兄君でいらっしゃるから、グレン様と似ていて少し苦手意識を持っていた。特にグレン様と同じ水色の瞳で見られると意味もなく体は緊張してしまう。言葉を交わした回数は少なく、殆ど挨拶だけで終わる。
……グレン様と婚約者として顔を合わせる事は今日以降ない。最後の最後くらい、彼の婚約者として過ごす思い出が欲しかったのに、欲を出したせいで神様が怒って罰を下したのかしらね。
「グレン君のしつこさはきっとマリオ君譲りね~。貴方もね、カリアス」
「……ロリーナ嬢に嫌われない程度には気を付けます」
屋敷に帰ったらまずはお父様に報告し、次にお姉様やお義母様にしよう。
なるべく速やかに婚約解消がされるようお父様にどう頼もうか考えている私は、カリアス様とカレンデュラ様の会話が耳に入っていなかった。
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