幸せなのでお構いなく!

文字の大きさ
上 下
11 / 26

手遅れだとまだ知らないーグレン視点ー

しおりを挟む




「いい加減にしろグレン。お前とロリーナ嬢の婚約解消は私やカラー侯爵も納得するしかないと判断している」


 冷たく、微かに怒気が含まれた父の声が頭を下げる俺に無慈悲に突き刺さった。人に何と言われようとロリーナと婚約解消をするのは嫌だった。俺の一目惚れで無理に婚約を調えてもらったのに、いざロリーナと会うとクリスタやロードのように接せられず、冷たい態度しか取れなかった自分に驚いたのは俺自身。
 初めてロリーナを見たのは忘れもしない。幼い頃、両親と行った花祭り。街の中央に設置されている大きな花壇の前で自由に踊るロリーナを見て一瞬時間が止まった。ピンク色の花々が咲き誇る花壇の前で踊るロリーナの可憐な姿は、正に妖精の二文字がピッタリだった。暫く呆けていた俺は、いつの間にかいなくなっていたロリーナを探そうと視線を彷徨わせるが母に声を掛けられ渋々その時は離れた。
 翌日、花壇の前で踊っていた少女が誰か知りたくて、光景を見ていた両親に聞くとカラー侯爵家のロリーナだと教えられた。カラー侯爵は魔法技術において特許を持つ、魔法研究が得意な一族だ。
 父上に頼み込んでロリーナとの婚約を調えてもらい、顔合わせの日が決まった。ロリーナと初対面する前日、幼馴染のクリスタに呼ばれ登城した。この頃からロードはロリーナの姉セレーネと婚約していた。婚約者の妹ならロードは詳しく知っているだろうと期待し、お茶の場にロードも呼んだ。
 ロードを待つ間、俺がロリーナと婚約すると聞いたらしいクリスタから衝撃的な話を聞かされた。


『グレン可哀想。ロリーナ様って、カラー侯爵を誘惑した踊り子が産んだ子よ。しかも屋敷では、自分の美しさを利用してセレーネ様を虐めたり、侯爵夫妻に我儘放題って噂よ』
『え……』
『良いのは見た目だけなのに。グレンに同情する。シュタイン公爵ってば、カラー侯爵家の魔法技術が欲しいからってグレンを生贄にするなんて』


 俺は頭が真っ白になった。ロリーナは見目は妖精でも、中身は悪魔だったってことか?
 俺の一目惚れっていう理由は恥ずかしいから、カラー侯爵家の魔法技術を理由に婚約を結んでくれた。
 放心していたがクリスタの言っている噂が間違いの可能性もある。騎士がロードは急用が発生し来れなくなったと伝えに来る。ロードから話を聞くのは後日にしよう。クリスタから聞かされる話に反論しても、王女付き侍女までロリーナの噂は事実だと言う。王宮で働く侍女の殆どは貴族だ。故に貴族家の事情に詳しい者もいる。

 胸のもやもやを抱えたまま、ロリーナとの顔合わせの日が来た。

 向き合って見るロリーナは花壇の前で踊っていた時より可憐で愛らしかった。真っ赤な頬で自己紹介した姿はあまりに可愛くて、俺の方が倒れそうだった。……けれど気付いてしまった。ロリーナを見る侯爵の冷たい瞳に、夫人の複雑な姿に。姉のセレーネは風邪を引いたとかで同席は無理だった。

 ……良いのは見目だけ、中身は悪魔。クリスタの話は強ち間違いではないのかもしれない。

 ただ、ロリーナ自身への第一印象は悪くなかった。濃い紫色の瞳はカラー侯爵と同じようだが青みがかった銀髪だけは、侯爵家の誰とも同じじゃなかった。話し掛けると緊張気味で固くはあったが次第に慣れてきて、ふんわりと微笑んだロリーナの愛らしさといったら言葉では表現しきれない。美貌の踊り子に惑わされた侯爵が犯した過ちを、子供ながらに俺は理解してしまった。ロリーナの母もきっとこれ程までに愛らしく異性を惑わせる女性だったのだと。
 ……だが内心ロリーナの可愛さに当てられながらも、表面はそうはいかなかった。クリスタや周囲の噂を信じている俺の態度はきっと褒められたものじゃない。現に、顔合わせが終わり屋敷に帰宅した俺は父上に叱られた。
 俺から婚約をしてほしいと頼んでおきながら、他人が聞いて驚く冷たい態度に誰よりも驚いたのは両親だろう。

 心はロリーナへ傾いているのに、頭の中は彼女への悪い噂で一杯だった。

 それからは婚約者になったのだからと月一で会った。その間にもロリーナの悪い噂は増えていくばかり。令嬢間の噂に詳しいクリスタが教えてくれなかったら俺は知らない事ばかりだった。何度も父に苦言を呈されるも、こんな噂が広まっていると言ったら心底呆れ果てられた。
 最後には「好きにしろ。ただ、後悔しても知らんぞ」と。初めは何を言っているか分からなかったが――婚約解消を求められた今なら分かる。

 ロードからは何度もロリーナの噂の殆どは出鱈目で、セレーネとの関係は極めて良好だと言われた。なら何故噂が回るのだと聞けばクリスタが故意に広めているからだと。


『クリスタが? 何故だ』
『お前、本気で言っているのか?』
『ロード、クリスタは妹だろう。自分の妹を悪く言うなんてどうかしている』
『どうかしているのはお前の方だ。ロリーナ嬢に一目惚れして婚約をしてもらったのに、そのロリーナ嬢を信じてやれないのか』
『……』


 俺がロリーナに会う時、噂で聞く我儘放題なところやセレーネ嬢を虐めているという場面は見ていない。いつも愛らしい笑顔を浮かべ、何も答えない俺に対し懸命に話をした。ロリーナに惚れているのに噂が嘘だとも思えず、他者やクリスタになら出来る振る舞いがロリーナにだけ出来なかった。

 俺が見ているロリーナは俺だけにしか見せないのなら、噂の真実性も高まる。大体、何もしていないのなら何故ずっと悪い噂が続くのだ。

 ロードが心底呆れ果てた相貌を浮かべた。父上に似ていた。

 ロリーナに優しく出来ない理由はもう一つあった。

 カリアスだ。俺の従兄で――ロリーナに惚れている。
 ロリーナはカリアスにとても懐いていた。屈託ない笑顔や魔法を見る度に喜ぶ姿を俺には見せないくせにカリアスには見せていた。
 余計ロリーナに対し冷たくなった。それでもロリーナからの気持ちは変わらなかったのを良い事に俺は甘えてしまったんだ。


「グレン様、そろそろお時間です」
「分かった」


 今日の花祭りの為に贈ったドレスは例年以上に気合を入れた。
 ロリーナは気に入ってくれるといいが……。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。

白霧雪。
恋愛
 王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。

妖精隠し

恋愛
誰からも愛される美しい姉のアリエッタと地味で両親からの関心がない妹のアーシェ。 4歳の頃から、屋敷の離れで忘れられた様に過ごすアーシェの側には人間離れした美しさを持つ男性フローが常にいる。 彼が何者で、何処から来ているのかアーシェは知らない。

処理中です...