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花祭りへのお誘い②
しおりを挟む花祭りへ行かないと決めていたのに、数日後届いたドレスに眩暈がした。配達人曰く、元々今日届くよう指定されていたみたいで受け取り拒否はしなかった。届いたのはドレスと靴、鞄や装飾品。贈り主はグレン様。嫌っているくせに変に律儀な方。
「どうしますか?」と侍女に訊ねられ、もうじき婚約解消をするのだから開封は出来ないのでこのままお返しすると告げた。侍女に手配を頼み、箱の中身を見ずお父様のいる執務室を訪ねた。入室の許可を得ると少し待っていろと言われる。引き出しに書類を入れたお父様の目が私に向いたので用件を切り出した。
「今度の花祭りですが私は留守番で構いませんか?」
「お前の自由にするといい。何なら、使用人を連れて花を見るだけでもいい。確か妖精が来るのだろう?」
「カリアス様が教えてくださいました。妖精は私も見てみたいですがまた別の機会に」
「なんなら、ベルローズ公爵夫人の誘いを受けてみるか?」
「え?」
今日に届いた私宛の手紙があるらしく、受け取ると差出人はベルローズ公爵夫人。グレン様との婚約解消をカリアス様から聞いた夫人は、折角なら妖精に会いに行かないかとお誘いの手紙を送ってくれたのだ。格上のベルローズ公爵夫人からの誘いを断る訳にはいかない。
手紙を読み終え、お父様に承諾の旨の返事を書くと顔を上げた時、執事が困った顔をして私を訪ねた。
訳を聞くと驚く事にグレン様が来ていると。婚約解消をするのならもう会わせられないと執事がやんわり止めても私に会うまでグレン様は帰らないと言っているそうだ。公爵家の方を無理矢理帰す訳にもいかず、困って判断を委ねられた。こういう場合はお父様を頼るべきだが……。お父様のどうしたい? という視線に、私は自分で行くと伝えた。
「私から帰ってもらうようお願いします」
「分かった。何かあったらすぐに駆け付けられるよう、私が待機していよう」
「は、はい。ありがとうございます」
こういう場合は普通執事等の男性がするべきでは? と疑問に感じつつも、執事の案内で玄関ホールに向かった。
「ロリーナ……!」
昨日会った時と変わらないグレン様がいた。私を見るなりホッとした顔を見せるのは何故?
「グレン様。先触れも無しに急に来てもらっても困ります。第一、私と貴方は婚約解消の手続きをしている最中で」
「父上に婚約解消の手続きを一旦止めてもらった」
「何故ですか……」
「頼むロリーナ、お願いだから俺に最後の機会をくれ」
「……」
きっとシュタイン公爵だけの判断じゃない筈。お父様も知っている筈だ。
訳が分からない。散々私を放って、他の人と楽しんだりクリスタベル殿下と仲睦まじくしたくせに。
首を振って意味不明だと呟くとグレン様は焦りを濃くした。
「グレン様、今までの行いを振り返ってみるべきでは……?」
「っ、こっちがこれだけ頼んでいるのにお前は分かってくれないのか!?」
「っ! 分かる訳ないでしょう! グレン様は私をどれだけ馬鹿にしているのですか!」
婚約が結ばれてから一度も優しく笑い掛けられた事も、話した事もない。私にだけ常に冷たい瞳で睨んで、一緒にいても無言で根気よく話し掛けても睨まれて。睨まれてばかり……。
定期的にある婚約者同士のお茶も楽しくなくて、デートだって同じ。無言だから気まずいだけ。
成人間近になったらクリスタベル殿下と一緒にいるのが多くなったわね……。悲しい。
クリスタベル殿下に未だ婚約者がいないのは、きっとグレン様を……。
私が負けじと叫ぶとショックを受けた顔をし、だがすぐに冷たく睨んでくる。睨まれる度に私の心はゴリゴリ削られていったが負けていられない。
「いつも私を睨んでばかりいて、定期的にお茶をして私が話し掛けても殆ど無言で! そんなグレン様と居続けて私は疲れました! それで今更機会をくれなんて……都合が良すぎるのでは!? グレン様と一緒にいて楽しかった事なんて一度もないんです!」
「なっ! 俺といて楽しくない……!?」
「逆に聞きますけど、グレン様が私の立場だったら楽しめますか!?」
「……」
無言になるということはつまり……そういうことで。
言いたい事を言った私は疲れてはいるが満足感はある。
これだけ言えばもういいだろうと決め付けるのは早かった。「なら!」と発したグレン様に驚きつつも続きを待った。
「なら、今度の花祭りで最後の機会をくれ!」
「花祭り、ですか?」
「あ、ああ。今日贈り物が届いている筈だ」
「今、返却の手配をしている最中です。婚約が解消になるので」
「待ってくれ、花祭りは一緒に行ってくれ、頼む」
「ベルローズ公爵夫人からお誘いを受けているんです」
「返事をしたのか……?」
「いえ、これからするところです」
「ロリーナお願いだ、俺と花祭りに行ってくれ」
「……」
どうしたら良いのか……私が何度断ってもグレン様はしつこく最後の機会をと迫って来る。私のとの婚約解消を何としてでも回避したい気持ちは伝わった。……そこに私への好意はあるか別だ。
……グレン様の気持ちはともかく、ここまで言うのなら、例年のような重苦しい花祭りにはならない……と信じたい。
何より……一つくらいグレン様との思い出が欲しい。婚約解消手続きを止めていようが再開してもらえばいいだけ。
私が折れるとグレン様は安堵した表情を浮かべられ、迎えに来る時間を告げると急な訪問を詫び、帰って行った。
残った私の許に陰から様子を見ていたお父様が出てきた。
「良いのか?」
「……最後の思い出くらい、作ろうかなと」
「そうか。……婚約の解消が嫌になったら、私に言うといい」
「……」
お父様の言葉に何も返せなかった。
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