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お姉様に相談①

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 婚約者が私を嫌いなのは知ってた。初めて出会った時から、彼が好きだった私は大変ショックを受けた。
 彼――グレン=シュタイン様と私ロリーナ=カラーは政略的に結ばれた婚約。シュタイン公爵家はカラー侯爵家の持つ魔法技術を、カラー侯爵家は……何だろう。政略なのにカラー侯爵家にはあまり利がない。お金に困っている訳でも、人脈が欲しい訳でもない。シュタイン家からの申し出とあったのでどこかで利害が一致したから結んだのだ。

 お前の未来の旦那様だよ、とお父様に紹介されたグレン様。夜空を体現した黒髪に湖面のような美しい水色の瞳の少年に一目惚れしてしまった。
 ……けれど、私を見る彼の瞳は凍えるように冷たかった。
 これは後から聞いた話、グレン様には愛する人がいた。王国の王女クリスタベル殿下。
 一切の混じり気がない純銀の髪に青い瞳の華奢な美少女。儚げな雰囲気から天使と評判高い。
 シュタイン公爵夫人と王妃様が友人なのでお二人は幼少の頃より交流があり、クリスタベル殿下を見つめるグレン様の眼差しはいつも愛する人を見つめるもの。

 クリスタベル殿下が降嫁する家として、シュタイン家は申し分ない。

 愛の籠った瞳と声を向けられるクリスタベル殿下と冷たい瞳と声しか与えられない私。どちらがグレン様に相応しいか、なんて誰に聞かなくても明白だ。


「お姉様……」
「あら、ロリーナ。どうしたの」
「少しだけ、お時間を頂きたくて……」
「そんな畏まらないで。さあ、入っておいで」
「はい」


 私の姉セレーネ。月の女神と同じ名を持つお姉様の美しさといったら、王国一と言っていい。煌めく黄金の髪は毛先に掛けて緩く癖があり、濃い青の瞳はサファイアにも劣らない。

 快く部屋に入れてくれたお姉様に礼を言い、勧められるがまま隣に座った。人払いを頼むと室内にいた侍女は出てくれた。あまり良い顔をされないのは慣れっこだ。私はお姉様とは片方しか血が繋がっていない。


「ごめんなさい、不愛想で。後で注意するわ」
「いいえ。お姉様が私と仲良くするのを快く思わないのは当然です」
「そんな事ないわ。貴女はわたくしの可愛い妹よ」
「ありがとうございます」


 カラー侯爵夫妻の娘であるお姉様と違い、私は父が踊り子に手を出して誕生した。『妖精姫』と名が付く程に可憐な女性だったらしい母に――侯爵夫人の方が惚れてしまった。
 母に惚れ、手放したくない義母が母を侯爵家お抱えの踊り子にし、加速する恋心は軈て暴走。母に薬を盛って体の関係を持とうとした義母を止めたのが父。しかし、薬を盛られた母を救うには一度抱いて熱を発散させないとならず。義母の仕出かしが露呈するのを恐れ、父が母の美しさに目が眩んだ事にしたのだ。
 その一夜で私を孕んだ母は、他国へ行って私を育てるつもりのようだったが義母の懇願によりカラー家に留まり、私を出産した。


「ふふ。ロリーナは綺麗ね。お母様がロリーナのお母様に惚れてしまうのが分かるわ」
「お父様は違うようですが……」
「お父様も仰っていたわよ? ロリーナのお母様はとても美しい方だったと」


 しかし、私を出産した母は亡くなってしまい。一人残された私をカラー家の娘として育てると決めたのは父と義母。多分、母に対する罪悪感から私を育てる事にしたのだろう。
 夫妻の子であるお姉様とは一つしか歳が違わない。お姉様が何時から事情を知っているのか訊ねても教えてくれないが、本来なら嫌悪するか距離を取る私を実の妹のように接してくれる。義母は年々母に似る私に複雑な眼差しを向け、父は基本無関心。扱いに困る私を見兼ねたお姉様が常に一緒にいてくれたお陰で寂しくはなかった。
 屋敷に仕える人で真実を知る人は極僅か。他は父を誑かした踊り子の娘と私を嫌っている。あからさまな嫌がらせはされていない。というか、お姉様が選んだ使用人や侍女、執事のお陰で問題なく過ごせている。


「お姉様に頼ってばかりで申し訳ないです」
「そんな風に言わないで。わたくしはロリーナに頼ってもらって嬉しいの。何か悩み事があるのね? 話してちょうだい」
「はい……」


 私は婚約者であるグレン様が長年クリスタベル殿下を愛していること、グレン様に嫌われていること、彼と婚約解消するにはどうしたら良いかを相談した。父に話しても多分聞いてもらえない気がして。
 ふんわりとした微笑みを浮かべていたお姉様の表情は、話が終わる頃には無となっていた。さすがに私の我儘って叱られそう……。


「……そう。グレン様はそうなの」
「はい……。私、会った時からグレン様に嫌われていましたから」
「そう……」


 小声でお姉様が何かを言ったが聞こえなかった。


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