ラヴィニアは逃げられない

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24話

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 修道院へ行く準備も済ませた四日後。出発日も決めており、後は雨が降らないことを祈る。雨が降ると行けないのではない、単にメルが雨を嫌っているだけ。濡れるのが嫌なのだとか。偶になら雨に濡れていいラヴィニアは断る理由もなくメルの言う通りにするのみ。
 フラム大公夫人のお茶会に参加しないようメルに父へと連絡を入れてもらうも、返事は来ない。魔法の印を手紙に刻んだので届いていないことはない。ちゃんと届いている。
 ラヴィニアが家出して宮で生活をするようになってからメルは一度もキングレイ家を訪れていない。現状どの様になっているかは遣いの執事曰く、酷い有様だとか。活気溢れていた屋敷は陰鬱な空気に包まれ、周囲の植物も枯れてはいないが陰鬱を吸い込み不気味さを醸し出しているとか。
 後妻とプリシラは頻繁に出掛けている。街で買い物をしたり、他家の茶会に参加したりと忙しい。父が外へ出た形跡はなく、恐らくずっと屋敷に籠っている。ラヴィニアが家出した途端思い出したように愛していたと叫ばれてもピンとこない。
 侍女に渡されたホットミルクをちびちび飲みつつ、幼い頃の記憶を探ってみるが何もない。後妻やプリシラとは嫌な思い出しか、父とも同類の思い出しかない。「ふう」と息を吐くとラヴィニアの隣を隙間なくくっ付いて座るメルが顔を覗き込む。膝の上に乗せられそうになったのをラヴィニアが拒否した時は不満そうだった。


「どうしたの?」
「ううん……お父様が何を考えてるか全然分からないなって」
「俺も同感だ」
「お父様との思い出って何だろうって探したの。普通の親子ならある楽しい思い出っていうのが一つもなくて。吃驚しないのは私にとってお父様は育ててくれただけの人ってことなのよ」


 衣食住に困ったことはない。意図的に困らされるよう仕向けてきたのは常に後妻。屋敷に仕える人達は陰ながらラヴィニアを守ってきた。彼等まで後妻やプリシラの味方をしていたらもっと早い段階で家を出ていた。シルバース夫人に頭を下げてでも滞在させてもらった。


「お義母様とプリシラやお父様の違いは、嫌味を言うだけで他は何もされなかったの」
「……」


 後妻は機嫌が悪いとあらゆる場から集めたゴミをラヴィニアに頭から掛けたり、食事中飲みかけの紅茶を掛けて「あらあら、うっかりオレンジティーを作ってしまったわ」とラヴィニアの髪の色を使って馬鹿にし、時には後妻付きの侍女に生きた虫を料理に掛けられたりもした。数え上げるとキリがない。
 プリシラには勝手に部屋に入られてメルからの贈り物を奪われかけた。が、後妻やプリシラが触ったら拒否反応が起きる魔法を掛けられていたので一度も奪われていない。魔法が発動するとプリシラは泣き叫び、泣き声を聞き駆け付けた後妻にラヴィニアが毎回怒鳴られた。メルの物が駄目ならと腹いせのように亡き母がラヴィニアの為にと遺したハンカチや形見の宝石を狙った。が、これに関しては意外や意外父がプリシラを大説教した。
 亡き妻の物に触れるな、と。

 父に一度も叱られたことのないプリシラは後妻に慰められてもずっと泣き続けた。後妻の方は元から言い含められていたのか、その時は前侯爵夫人の物に触ろうとしたプリシラが悪いと味方をしなかった。


「お父様は私のことが嫌いでもお母様のことは心の底から愛していたんだなってその時改めて思ったの」
「亡くなった夫人は、今頃侯爵を嫌っていそうだがな」
「どうして?」
「簡単さ。生まれた娘を絶対に守ってくれると信じた夫が虐げる側に回っているんだ。化けて出たら真っ先に侯爵の許へ行きそうだ」


 実際に母が化けて出た話は聞かないが心の底から愛し合ったとは聞く。母からしたら、メルの言う通り、味方でいないとならない夫が娘を嫌っていると知ったら、きっと怒り――悲しむ。


「メル様」


 屋敷にいる使用人達から、時折両親の馴れ初めを聞く時があった。周りが驚く程の仲の良さだからこそ、母の命を奪ってこの世に産み落とされたラヴィニアが憎くて堪らないのだろう。もう父に愛されたいという気持ちは消えてしまったが一度くらいはきちんと話をしたかった。
 侍女が部屋を訪れ、メルに届け物があると言う。何かと問うと大きな箱がシルバース家から贈られたと。


「手紙にはシルバース夫人のお名前があります」
「母上から? 荷物を贈るとは聞いてないが」


 箱に添えられていた差出人は確かにシルバース夫人の名前がある。
 手紙を睨むメルは侍女にラヴィニアの側にいるよう命じ、不自然に大きい箱の前に立った。手を翳して魔法で中身の確認をしようとした時――箱が突然動いた。吃驚箱の類かと身構えたラヴィニアの側に来たメルの背に抱き付くと手を握られた。
 勢いよく蓋が開いた箱から出て来たのは――プリムローズだった。

 予想もしない登場の仕方にラヴィニアやメルだけじゃない、侍女も唖然とした。


「やった会えたわ! メルったら酷いじゃない。暗号を勝手に変えてしまうなんて。わたくしがエド兄様に教えてもらった暗号が使えなくなるのに!」
「……」


 メルやエドアルトからお世辞にもプリムローズの頭の出来は良くないと聞かされた。聞かされたがあまりにも奇抜な登場の仕方にラヴィニアは言葉を失った。メルも同じみたいだ。侍女の方も開いた口が塞がらない状態だ。
 彼等の様子に気付かないプリムローズは如何にメルと会えなかった日々が苦痛であったか、宮に入れないのが悲しかったかを語った。
 その間、声を発した者はいない。

 何時迄も黙っていては場の主導権はプリムローズが握ったままとなる。メルは漸く喋れるようになった声を出した。


「……プリムローズ……これはどういうことだ」
「お父様が皇帝陛下に頼んでくださったの。そうしたら、皇帝陛下がシルバース夫人の名前を貸して下さってね! 夫人の名を使ってわたくしをメルへの贈り物にして宮へ届ければ中に入れるだろうって」
「まさか無断で公爵夫人の名前を使ったのか!?」


 帝国の頂点は皇帝であり、皇女であった夫人は降嫁し、今はシルバース家の一員となり、臣下の位にいる。昔からプリムローズに甘いと認識していても無断で人の――それもシルバース公爵夫人の名を使うとは。ラヴィニアも今度は違う意味で言葉を失う。


「知らないわ。お父様や陛下が良いと言ったもの」


 何でもないように言うプリムローズに二人は頭が痛くなるのを感じる。


「夫人の耳には絶対に入ってないわ……頼まれても絶対に名前を貸したりしないもの」
「当然だ。大公も大公だが、話を聞き入れた皇帝も皇帝だ。シルバース家を敵に回したいのか」


 魔法騎士であり、帝国でもトップクラス、何なら大陸でも大魔法士として名を馳せるシルバース公爵は妻を大層溺愛していると有名で。皇女時代から粘り強くアプローチをし続け、成人間近にしてやっと気持ちを受け入れられ、そこからはとんとん拍子で婚約まで話が進み、公爵になるのと同時に結婚をした。
 息子であるメルやその婚約者ラヴィニアをとても可愛がってくれるが妻と比べると月と蟻。無断で妻の名を使ったと知れば、相手が大公だろうが皇帝だろうが容赦をしない。現在は任務で外へ出ている為、長くは戻らないが話を耳にすれば転移魔法を使ってあっという間に帰還するだろう。

 すぐにこのことをシルバース夫人に伝えるよう侍女に指示を飛ばす。が、その前にプリムローズは動いた。
「メル、わたくしを見て」との声に三人の視線が一斉にプリムローズに向けられ――着ていたドレスが跡形もなく消え、全裸のプリムローズがそこに立っていた。
 メルは男性で好きな人だから、抱かれるようになってから肌を見ているが恥ずかしさは消えないのに。
 同性でも他人の裸は見るのが恥ずかしく、ラヴィニアは目を逸らした。


「プリムローズ様!? 何を……!?」


 侍女が慌て、ラヴィニアは顔を隠すも、メルだけは微動だにしない。
 寧ろ、何を企んでいると空色の瞳に鋭さを帯びる。


「もうじきエド兄様が来るわ。わたくしが荷物の中に紛れて此処へ贈られたとお兄様が話してくれるもの。そうしたら、メルに襲われているわたくしをエド兄様が目撃するの!」


 既成事実を作って強制的に婚約を結ぼうというのがプリムローズの魂胆。しかし、この場にはラヴィニアと侍女がいる。メルも自分からプリムローズに近付かない。
 プリムローズが近付こうとするとラヴィニアを抱いて下がるメル。

 胸や恥部を手で隠して近付くプリムローズは涙目で真っ赤になった顔のまま叫ぶ。


「メルっ! わたくしがここまでしているのに、どうしてラヴィニア様から離れないの!」
「既成事実を作るのがお前の目的だろう? 見え透いた目的を持つお前に不用意に近付くと思うか?」
「わ、わたくしが、どれだけ恥ずかしい思いをして、裸になったと思ってるの!? メルの為に脱いだのにっ」
「何度だって言ってやる。ラヴィニアを身内や周囲を使って虐めたお前を選ぶと、何故思うんだ」
「わたくし、わたくしはメルが好きなの……! 子供の頃からずっと好きなの! メルに好かれてほしくて頑張ったの!」
「それを言うなら、俺もラヴィニアがずっと好きなんだ」
「メル……」


 初めは母親同士の約束。実際に会って、お互いを好きになったのは本人達の気持ちだ。メル以外の異性と交流してこなかったから、他の相手を知らないからだとエドアルトに冷たく言い捨てられた。そうだとしてもメル以外の人と一緒になりたいという気持ちがない。修道院で生活していた時、改めて気持ちが強くなった。

 メルが好き。
 メルが幸せになれるのなら、自分が悪者になって身を引くと。

 結果的にメルに連れ戻され、勘違いは解かれ、昔のような関係に戻れたが。

 ふと、ラヴィニアは抱いた。
 フラム大公がプリムローズ一人を此処へ贈り込むかと。メル、と小さな声で呼び思った疑問を告げると小さく首を縦に振られた。


「俺も同感だよ。他にもいるかもしれない」


 侍女に荷物はプリムローズが入っていた箱一つだけだったのかを聞くと、他に小さな箱があったと返された。至急メルに見てほしいと書かれていたのがプリムローズが入っていた箱。
 その小さな箱は侍女が部屋へ来る際には玄関に置かれたままだった。

 今、何処に置かれているか。


「メル……」


 悲痛な面持ちで甘い声でメルを呼ぶプリムローズ。可憐な相貌には似合わない涙がいくつも流れていた。


「好きなの、メル、メルが好きなの。お願い、わたくしを見て」


 言葉に違和感があった。メルにプリムローズを見ないでと言うとプリムローズの空色の瞳がラヴィニアを睨んだ。


「あなたさえ、ラヴィニア様さえいなければ……! メルはわたくしの物になったのに……! ……でもそれも今日まで」


 不意に表情を変えたプリムローズの空色の瞳が光った。良くない兆候だと身を固くした直後、側にいた侍女が突如ラヴィニアをメルから引き剥がした。唐突過ぎてメルから離されてしまったラヴィニアは侍女の変異に驚愕するも、瞳の光りにプリムローズが操作しているのだと即判明し。メルに再度プリムローズを見ないよう叫んだ。


「うるさい女ね! いい? ラヴィニア様を離さないで」
「……畏まりました」


 意思のない無感情な声色。幻覚魔法でラヴィニアの偽装をし、メルを騙しただけありプリムローズは魔法の才能があるとみた。メルが助けようとするも微動だにすれば、操った侍女を使ってラヴィニアを殺すと脅され、その場にいるしかない。





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