ラヴィニアは逃げられない

文字の大きさ
上 下
19 / 44

19話

しおりを挟む
 

 長い睨み合いが続いていた。メルもエドアルトも、どちらも言葉を発さず、相手を睨んでいるだけ。沈黙の中で相手の思考を読み取り、水面下で心理戦を繰り広げているのだろうが一人どうすることも二人の間に入ることもままらないラヴィニアは重い雰囲気の二人を見守っているしかない。
 そんな空気を悪い方へ持っていく事情を侍女が投入した。やって来た侍女はまた皇太子がいることに驚いていたものの、昨日の今日なので大きくはなかった。ラヴィニアに向き直り、言い辛そうにキングレイ侯爵夫人と妹君が来ていると告げられ、頭の中が真っ白になった。メル曰く、二人が宮にいると知るのは皇帝とシルバース夫妻、極限られた人のみ。その中にキングレイ家は入っていないと聞かされた。ラヴィニアを冷遇していた連中に居場所を教えたら毎日突撃されてしまう。
 何処で居場所が漏れたかと考えるより先にエドアルトが「プリムだな」と零した。呟きを拾ったラヴィニアは視線で問うた。


「プリムローズ様とあの二人が懇意にしているとは知りませんが」
「そうなのか? キングレイ夫人と妹君はプリムのお気に入りで、大公家に招かれお茶をするとプリムは言っていたが」


 三人の共通点はラヴィニアを嫌っている点のみ。厄介な三人が混ざったと嘆息した。侍女に「如何致しますか? 先程からラヴィニア様を出せと外で叫んでおいでですが」と聞かされ、項垂れたくなった。娘を、姉を、心配等あの二人はしない。

 大方、勝手に家を飛び出したのに、メルと一緒にいて更に皇族が静養する宮にいるのが気に食わないのが理由。

 限度を超えれば仕える彼等の業務にも影響が及び、迷惑がかかる。

 私が相手をします、と言う前にメルを見やり。


「メル。外に出るから一緒に来て」


 宮にはラヴィニア脱走防止の魔法が掛けられており、外へ出るにはメルの同行が必須。エドアルトと睨み合っていたメルは首を振った。


「ラヴィニアを行かせられない」
「私が行かないとあの二人は納得しないわ」
「俺が行ってキングレイ夫人とプリシラを追い返すから、ラヴィニアは此処にいて」
「メルが行ったら、私の代わりにプリシラと婚約を結び直すって絶対に迫ってくるから嫌」
「ラヴィニアが行ったところで自分達が知ってる限りの罵詈雑言を浴びせるだけだ。なら、ラヴィニアは行かせられない」


 ラヴィニアとメル、どちらかが行っても面倒になるがどちらも相手に行ってほしくなく譲れない。どちらも譲れないのなら、第三者が行くしかない。「殿下? お帰りですか?」と侍女が声を掛けて二人はエドアルトが部屋を出て行く寸前なのを知る。


「様子を見に来ただけだからな、今日は戻る。ついでだメル、キングレイ夫人と妹君は私が帰しておいてやろう」
「何が目的だエドアルト」
「何も。私の気紛れだ」
「……」


 無関係なエドアルトが外で騒ぐ二人を追い返す利益はない。紫水晶の瞳がラヴィニアを見る。冷たく鋭く稀に怒気が含まれるのに、今だけは気遣うようにラヴィニアを映していた。違い過ぎる瞳に困惑を示すとエドアルトは前を向き部屋から出て行った。侍女が見送りに後をつき、メルとラヴィニア二人だけになった。
 あの瞳の意味は……と考えようとした矢先、いつの間にか側にいたメルに抱き締められた。痛いくらいの力で。背中を手で叩いたら多少は力を緩めてくれた。


「痛かったじゃない!」
「ごめん」
「どうしたのメル、何か気になるの」
「いや。何も。ラヴィニアは気にしないで」
「そう言われると余計気になるじゃない」
「敢えて言えば、ラヴィニアを取られるのが嫌なだけだよ」
「?」


 何の話かと問うてもメルはそれ以上は言わず。頭に顔を埋め、動かないメルに息を吐くも暫くメルの好きにさせることにした。











 ――外へ出たエドアルトは空を覆う波紋に溜め息を吐いた。暗号を解除しないと入れない。居場所を教えたのは間違いなくプリムローズ。暗号も教えたのだろうがメルが一度変えた為、プリムローズが知っていた暗号はもう使えない。
 結界の外に出ると案の定、キングレイ夫人とプリシラが結界を叩いて苛立っていた。エドアルトが姿を見せると慌てて姿勢を直し臣下の礼をした。
 堅苦しい挨拶はいらないと先制し、何をしていたかと問うとキングレイ夫人は瞳に涙を浮かばせた。


「ラヴィニアが此処にいると聞き、いてもたってもいられず……!  ラヴィニアがいなくなってからずっと心配で心配で……!」
「妹君も?」
「はいっ!  お姉様がいなくなってとても寂しくて……私もお母様もお父様もずっとお姉様の心配をしていたんです」


 涙を流し、声を震わせる姿は娘を姉を心配する健気な母と妹。

 何も知らない人間ならそう思えただろう。


「そうなのか?  意外だな。私はてっきり、お前達や侯爵はラヴィニア嬢を嫌っているものかとばかり思っていたが?」
「な、何を仰有いますか!」
「何時だったか。フラム大公家で茶会を開いた時、プリムローズが彼女に残り物の紅茶を全て掛けたらお前達は高笑いしていたと聞いたが?」
「出鱈目です!  誰がそんな嘘を!」
「プリムローズ本人だ」
「なっ!!」


 プリムローズとぐるになってラヴィニアを虐め、優越感に浸っていた顔はとても醜いものだったろう。満足げに嬉々として語ったプリムローズから、病弱でベッドの上にいるしかなかった儚い少女の面影は消えた。あるのは嫉妬に狂い憎い女を虐める醜い女のみ。


「なら、プリムローズは嘘をついていたんだな。キングレイ侯爵家は長年帝国に仕える由緒正しき家だ。皇族の血を引くとは言え、フラム大公家の令嬢がそのような偽りを皇太子たる私に申したのであれば、大公家には――」
「わ、わわ、私達はこれにて失礼します!!」
「離してお母様!  メル様に会いたい!!」
「黙りなさい!」


 エドアルトの言葉を遮り、狼狽したキングレイ夫人はプリシラを引き摺って大急ぎで帰って行く。終始メルに会いたいと泣き叫ぶプリシラの声は姿が見えなくなっても響いた。


「はあ……」


 静けさが戻った頃にエドアルトは城へ向かって足を進めた。


「……叔母上がメルと会わせなかったら……」


 何百も考えた夢は思うだけ無駄。
 なのに、もしもと何百も思ってしまう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

婚約者から愛妾になりました

恋愛
魔界の第1王子フィロンの婚約者として長年過ごした、公爵令嬢メリル。 冷たい態度しか向けられないのに、何故か会うと必ずキスをされる。優しいキスにいつも翻弄された。 しかし、魔力容量が強い事から結ばれた婚約だったのに、ある日突然メリルの魔力は失われてしまった。 他人嫌いな王子の為と魔力が戻るのを視野に入れた魔王が成人までは婚約を継続すると宣言。 ――けれど魔力は戻らず、成人を迎えた。 元々、王子には冷たい態度しか取られていなかったので覚悟を決めて魔王城からの馬車に乗り込むと―― そこには婚約破棄をする王子がいた……。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【R18】「お前を必ず迎えに行く」と言って旅立った幼馴染が騎士団長になって王女の婚約者になっていた件

望月 或
恋愛
辺境の村に住む少女リュシルカは、幼馴染のホークレイとは友情以上恋人未満だが、恋人のように仲睦まじく過ごしていた。 ある日、ホークレイが「為すべきことがある」と告げ、遥か遠くの城下町に旅立ってしまう。 「必ず迎えに行く。待っていてくれ」の言葉を残して。 六年後、リュシルカの出生に関して王に登城命令をされてしまった彼女は、王城へと向かう。 そこにいたのは、六年前に別れた、国の騎士団長となったホークレイだった。 すぐ隣には、仲睦まじそうに腕を組んで寄り添う王女の姿が。彼女とホークレイは“婚約者”となっていたのだ。 そしてホークレイは、憎しみの込めた目をリュシルカに向けた―― ※Rシーンには、タイトルの後ろに「*」をつけています。 ※タグを御確認頂き、注意してお読み下さいませ。少しでも不快に感じましたら、どうかそっと回れ右をお願い致します。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

【完結】欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...