ラヴィニアは逃げられない

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19話

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 長い睨み合いが続いていた。メルもエドアルトも、どちらも言葉を発さず、相手を睨んでいるだけ。沈黙の中で相手の思考を読み取り、水面下で心理戦を繰り広げているのだろうが一人どうすることも二人の間に入ることもままらないラヴィニアは重い雰囲気の二人を見守っているしかない。
 そんな空気を悪い方へ持っていく事情を侍女が投入した。やって来た侍女はまた皇太子がいることに驚いていたものの、昨日の今日なので大きくはなかった。ラヴィニアに向き直り、言い辛そうにキングレイ侯爵夫人と妹君が来ていると告げられ、頭の中が真っ白になった。メル曰く、二人が宮にいると知るのは皇帝とシルバース夫妻、極限られた人のみ。その中にキングレイ家は入っていないと聞かされた。ラヴィニアを冷遇していた連中に居場所を教えたら毎日突撃されてしまう。
 何処で居場所が漏れたかと考えるより先にエドアルトが「プリムだな」と零した。呟きを拾ったラヴィニアは視線で問うた。


「プリムローズ様とあの二人が懇意にしているとは知りませんが」
「そうなのか? キングレイ夫人と妹君はプリムのお気に入りで、大公家に招かれお茶をするとプリムは言っていたが」


 三人の共通点はラヴィニアを嫌っている点のみ。厄介な三人が混ざったと嘆息した。侍女に「如何致しますか? 先程からラヴィニア様を出せと外で叫んでおいでですが」と聞かされ、項垂れたくなった。娘を、姉を、心配等あの二人はしない。

 大方、勝手に家を飛び出したのに、メルと一緒にいて更に皇族が静養する宮にいるのが気に食わないのが理由。

 限度を超えれば仕える彼等の業務にも影響が及び、迷惑がかかる。

 私が相手をします、と言う前にメルを見やり。


「メル。外に出るから一緒に来て」


 宮にはラヴィニア脱走防止の魔法が掛けられており、外へ出るにはメルの同行が必須。エドアルトと睨み合っていたメルは首を振った。


「ラヴィニアを行かせられない」
「私が行かないとあの二人は納得しないわ」
「俺が行ってキングレイ夫人とプリシラを追い返すから、ラヴィニアは此処にいて」
「メルが行ったら、私の代わりにプリシラと婚約を結び直すって絶対に迫ってくるから嫌」
「ラヴィニアが行ったところで自分達が知ってる限りの罵詈雑言を浴びせるだけだ。なら、ラヴィニアは行かせられない」


 ラヴィニアとメル、どちらかが行っても面倒になるがどちらも相手に行ってほしくなく譲れない。どちらも譲れないのなら、第三者が行くしかない。「殿下? お帰りですか?」と侍女が声を掛けて二人はエドアルトが部屋を出て行く寸前なのを知る。


「様子を見に来ただけだからな、今日は戻る。ついでだメル、キングレイ夫人と妹君は私が帰しておいてやろう」
「何が目的だエドアルト」
「何も。私の気紛れだ」
「……」


 無関係なエドアルトが外で騒ぐ二人を追い返す利益はない。紫水晶の瞳がラヴィニアを見る。冷たく鋭く稀に怒気が含まれるのに、今だけは気遣うようにラヴィニアを映していた。違い過ぎる瞳に困惑を示すとエドアルトは前を向き部屋から出て行った。侍女が見送りに後をつき、メルとラヴィニア二人だけになった。
 あの瞳の意味は……と考えようとした矢先、いつの間にか側にいたメルに抱き締められた。痛いくらいの力で。背中を手で叩いたら多少は力を緩めてくれた。


「痛かったじゃない!」
「ごめん」
「どうしたのメル、何か気になるの」
「いや。何も。ラヴィニアは気にしないで」
「そう言われると余計気になるじゃない」
「敢えて言えば、ラヴィニアを取られるのが嫌なだけだよ」
「?」


 何の話かと問うてもメルはそれ以上は言わず。頭に顔を埋め、動かないメルに息を吐くも暫くメルの好きにさせることにした。











 ――外へ出たエドアルトは空を覆う波紋に溜め息を吐いた。暗号を解除しないと入れない。居場所を教えたのは間違いなくプリムローズ。暗号も教えたのだろうがメルが一度変えた為、プリムローズが知っていた暗号はもう使えない。
 結界の外に出ると案の定、キングレイ夫人とプリシラが結界を叩いて苛立っていた。エドアルトが姿を見せると慌てて姿勢を直し臣下の礼をした。
 堅苦しい挨拶はいらないと先制し、何をしていたかと問うとキングレイ夫人は瞳に涙を浮かばせた。


「ラヴィニアが此処にいると聞き、いてもたってもいられず……!  ラヴィニアがいなくなってからずっと心配で心配で……!」
「妹君も?」
「はいっ!  お姉様がいなくなってとても寂しくて……私もお母様もお父様もずっとお姉様の心配をしていたんです」


 涙を流し、声を震わせる姿は娘を姉を心配する健気な母と妹。

 何も知らない人間ならそう思えただろう。


「そうなのか?  意外だな。私はてっきり、お前達や侯爵はラヴィニア嬢を嫌っているものかとばかり思っていたが?」
「な、何を仰有いますか!」
「何時だったか。フラム大公家で茶会を開いた時、プリムローズが彼女に残り物の紅茶を全て掛けたらお前達は高笑いしていたと聞いたが?」
「出鱈目です!  誰がそんな嘘を!」
「プリムローズ本人だ」
「なっ!!」


 プリムローズとぐるになってラヴィニアを虐め、優越感に浸っていた顔はとても醜いものだったろう。満足げに嬉々として語ったプリムローズから、病弱でベッドの上にいるしかなかった儚い少女の面影は消えた。あるのは嫉妬に狂い憎い女を虐める醜い女のみ。


「なら、プリムローズは嘘をついていたんだな。キングレイ侯爵家は長年帝国に仕える由緒正しき家だ。皇族の血を引くとは言え、フラム大公家の令嬢がそのような偽りを皇太子たる私に申したのであれば、大公家には――」
「わ、わわ、私達はこれにて失礼します!!」
「離してお母様!  メル様に会いたい!!」
「黙りなさい!」


 エドアルトの言葉を遮り、狼狽したキングレイ夫人はプリシラを引き摺って大急ぎで帰って行く。終始メルに会いたいと泣き叫ぶプリシラの声は姿が見えなくなっても響いた。


「はあ……」


 静けさが戻った頃にエドアルトは城へ向かって足を進めた。


「……叔母上がメルと会わせなかったら……」


 何百も考えた夢は思うだけ無駄。
 なのに、もしもと何百も思ってしまう。

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