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17話
しおりを挟む物心ついた時から常にいたのはベッドの上。
生まれた時から体が弱く、年齢を重ねても薬を飲み続けても一向に良くならないプリムローズを不憫に感じた両親や歳の離れた兄は非常に甘やかしてくれた。欲しいと言った物は何でも買ってくれた。希少価値が高い物でも必ずプリムローズの前に見せてくれた。
体調が良くない時には起きているだけで熱を出した。自分以外は好きなように動いているのに自分だけがベッドの上から動けない。
遊びたい盛りの年齢になれば体は辛くても外へ出たい気持ちが心を占めていた。
プリムローズの欲しがった物はなんでも与えられた。
物から人に変わっても変わらないと思っていた。
六歳の時出会ったメルはプリムローズにとって絵本の中の王子様だった。
紫がかった黒髪は皇女であったシルバース夫人と同じで顔立ちもよく似ており、類を見ない美貌は父であるシルバース公爵と瓜二つ。皇族の血が流れる証である空色の瞳が不思議そうにプリムローズへ向けられた時、胸の高鳴りを覚えた。絵本の中の麗しい王子様。お前の遊び相手だよと父に説明され、早速部屋に入ってもらい絵本を読んでもらった。内容は王子様とお姫様が結ばれてハッピーエンドで終わる物語。
言われるがまま絵本を読んでくれたメルは一冊を読み終えると帰ろうとするから、プリムローズはずっといてほしくて何冊もの絵本を読ませた。
時には人形遊びもした。メルが王子様、プリムローズがお姫様。
メルは終始退屈そうにしながらも最後まで付き合ってくれた。
メルが来てくれたのはほんの一時のみ。
以降はどんなにプリムローズが泣いて頼んでもメルは来てくれなかった。両親がシルバース夫妻に頼み込んでも多忙という理由で来てくれなくなった。
いつかメルと結婚し、彼と幸せな家庭を築くのは自分。絵本の中の王子様とお姫様は幸せになった。自分にも幸せになる権利はある。
「――プリム。漸く泣き止んだみたいだな」
「エ、エド兄様……!」
三日間部屋に籠って泣き続けたプリムローズだったが長年従う侍女に進言され、渋々ながらも涙を引っ込め家族のいる場へ顔を見せたのが今朝。泣きすぎて酷い顔になっているも魔法で整えた。昔ならちょっとの魔力を使うだけで発熱して倒れたというのに、現在は高度な幻覚魔法を使用しても人より疲れやすいだけで倒れはしなくなった。
ずっと心配を掛けていたらしく、駆け寄った両親の目には涙が浮かんでいて。兄は不在で夕刻には戻るとのこと。ずっと心配していたと聞かされ、帰ったら謝ろうと決めた。
部屋に戻って暫く。
プリムローズにとってはもう一人の兄といっても過言ではない皇太子エドアルトが様子を見に来た。手には黄色の瓶。中身は可愛らしい猫の形をしたクッキー。街へ行きプリムローズが好きな可愛い物を探しに行ったのだとか。彼の気遣いは傷付いたプリムローズの心を癒した。
「ありがとうエド兄様!」
「いや。これくらいどうということは。プリムが元気になって良かった」
「全然元気になってないわ! でも、これ以上部屋にいたらお父様達を心配させてしまうもの」
「ああ。元気なお前を見るのが大公夫妻の楽しみなんだ。今日からは積極的に外へ出よう」
「ええ、そうね。メルの目を覚まさせないといけないのですもの!」
「メルか……」
プリムローズが三日間も部屋に閉じ籠って泣いていた理由はメルにある。
微妙な表情と声を出したエドアルトはメルと似ている。エドアルトの父とメルの母親が同腹の兄妹なので似ても可笑しくはない。
「メルはラヴィニア様に騙されているのよ、メルはとても優しいから母親同士の約束で決まった婚約者を突き放せないだけなの。わたくしを好きだと素直にさせる方法はないかしら? 兄様ありません?」
「……さあ、な。人の気持ちというものは簡単に本心は見せんさ」
「もう! わたくしは真面目に相談してるのに、もっと親身になってくださいませ」
「なっているさ」
「なら、兄様も協力してください」
「協力?」
メルが素直にならないのなら、プリムローズにだって考えがある。
「メルにもう一度キスをされたいんです!」
「待て……メルがお前にキスをしたのか?」
「ええ! 一か月前、メルのお見舞いに行きましたの。そうしたらメルったら、わたくしの姿を見て嬉しそうにして……近付いてキスをしたらメルから引き寄せてくれたの」
「……」
あの時の嬉しさと興奮は決して忘れられない。メルの乗っていた馬車が事故に遭ったと聞き、居ても立っても居られないのに実兄に止められた。メルの体調が安定してからお見舞いに行こうと。すぐにでも飛んで行きたかったがメルの迷惑にはなりたくない。
二日後。実兄と共にシルバース邸へ赴き、メルに会いたいと言っても部屋に入れてくれないから使用人の手に宝石を握らせ通してもらった。
ベッドの上にいたメルは元気そうで、怪我がなくて良かったと安心すると瞳が潤んだ。メルに近付き、キスをしたくて堪らなかった唇に吸い寄せられ口付けた。すぐに離れようとするも、驚くことにメルの手が後頭部に回され引き寄せられ、舌を絡ませるキスをした。
初めてのキスがメルと。それも愛し合っていないとしないようなキスを。
幻覚魔法を使ったとは言わず、メルとのキスをエドアルトにも知ってほしくて自分があの時どれだけ嬉しかったかと語った。
「メルがプリムとね……魔法を使って姿を偽った訳でもなく?」
ギクリとするも話すのはプライドが許さない。ラヴィニアの姿を偽らないとならなかったのが嫌だった。兄がラヴィニアの姿をすればメルの警戒もないと助言をくれたから、かなり渋々頷いた。
キスの途中でメルに正体がバレた原因は分からない。プリムローズの幻覚魔法は完璧だった。失敗はなかった。
騒ぎを聞き付けたシルバース夫人を筆頭に屋敷から追い出され、何度メルと会いたいと訪問しても手紙を送っても会えず。
メルにキスされたことにして両親に兄が訴えてくれて、責任を取らせる為にすぐに動いてくれた。
理由は不明ながらも同じ頃、ラヴィニアがキングレイ家から出て行ったと潜り込ませている侍女から聞いた時は歓喜した。どの様な理由があるにしろ、勝手に出て行ったラヴィニアとメルの婚約は自動的に解消される。更に嬉しいことに、ラヴィニアがいなくなったとキングレイ夫人とプリシラがあちこちのお茶会に参加しては吹聴した。プリムローズやフラム大公家が回さなくても社交界では瞬く間に広まった。
ただ、その中にプリシラをラヴィニアの代わりとして婚約者にするとキングレイ夫人は話しており、メルの未来の妻たるプリムローズがいるのにと両親は憤慨し、厳重にキングレイ侯爵に抗議をした。
……が、侯爵はラヴィニアがいなくなると我を失ったようにラヴィニアを探していた。亡き妻の死亡原因であり、心の底から憎んでいた娘なのに。
寄越した使者は相手にされず、父が乗り込むも鬼気迫る侯爵に恐れ何も言わず帰って来た。
父曰く「最愛の娘を突然失った父親のようだった」らしい。
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