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連載―私はお父様とパパ様がいれば幸せです―
メアリーとミカエリス5
しおりを挟む語られたのは皇帝と皇后の不仲と皇后の子供に対する強い執着心。
「父上は俺にも母上にも興味はなかったんだ。父上の興味は常にシルバニアに向いていたから」
皇帝にならなくていいのなら魔法使いになりたかったと昔アーレントは語っていた。皇位継承権が最も近かったから皇帝になったに過ぎないと。
政治的思惑と幼少期から父達に魔法を習っていたので魔法の才能も高く、また、本人に皇帝になる才能があったので前皇帝はアーレントを次期皇帝に選んだ。
更に、最も重要なのはシルバニア家とこれからも親密なままでいられる者。アーレントの弟は直接的には出さなくても、言葉や態度の端々からシルバニアを軽く見る傾向があったので外されたのだ。
「皇后様がシルバニアに執着を抱いていたのを殿下はご存知ですか?」
「ああ……きっと父上を見返してやりたかったのだろう。メアリーを使ってシルバニアの力を思うがままにすれば、父上も少しは自分を見るだろうと。
……俺は愚かだった。シルバニア家が、メアリーがいるから、父上は俺達を見てくれないのだと」
「私、ですか?」
思い当たる節がないと口にすれば、分からなくて当然だとミカエリスは力なく笑う。いつもメアリーが見てきたミカエリスは冷たい双眸で睨んでくるか、最奥に閉じ込められた怒りが微かな熱を持って此方に飛んでくるのかのどちらかだった。
初めて見たミカエリスの表情にメアリーは戸惑うも、やはり初めて腹の内を語ろうとしてくれるミカエリスを邪魔したくなくて続きを待った。
「初めてメアリーと顔を合わせた時、その場には父上もいただろう?」
「は、はい」
婚約者の顔合わせの場に同席したのはアーレントと皇后、アタナシウスとティミトリス、皇帝の右腕たるホワイトゲート公爵もいた。
緊張が強く、また、同い年の異性と話すどころか会う事が殆どないメアリーは終始体を固くした。父達の友人でよく遊んでくれたアーレントが皇帝と知り、今までみたいに馴れ馴れしくしていい相手じゃないと余計に。
アタナシウスとティミトリスがメアリーの緊張を解そうとするも、慣れない場にはメアリーも簡単にはいかなかった。
そこに動いたのがアーレントだった。ガチガチなメアリーを屋敷で会う時と同じように抱き上げてくれた。
背中を優しく叩かれ、言葉を紡がれて、メアリーの緊張は柔らかくなった。
当時を思い出すとミカエリスは「あれは俺にとって衝撃的だったんだ」と寂しげに言う。
「俺が知ってる父上は皇太子である俺にしか興味がなくて、俺個人には興味がなくて、親子として触れ合った事がなかった。それをシルバニアの娘は簡単に抱き上げてもらって、声を掛けてもらって……とても羨ましかった。同時に憎たらしくもなった」
「……」
二人の仲はあまり良くないとは聞いていたが想像以上に溝は深かった。屋敷に遊びに来るアーレントが個人的にミカエリスの話をした覚えはなかった。
ミカエリスに嫌われていた理由が分かり始めた。
そこへ皇后がミカエリスへシルバニアの力を思うがままにする為の教育を強くしたのだとか。
ミカエリス自身もアーレントに構われるメアリーに嫉妬し、憎むようになったから母に疑問も持たなかったのだと。
帝国にとってもメアリーとの婚約は更なる発展へと繋がるのに、メアリー以外の相手を見つけておけと顔合わせ日の翌日にアーレントから告げられ感情が激しく渦巻いた。
「……殿下は、どうしてマーガレット様を選ばなかったのですか?」
「え」
「陛下は殿下に私以外の相手を見つけておけと言い、殿下はマーガレット様と相思相愛にまでなったではありませんか」
「ま、待ってくれ、俺とマーガレットが相思相愛って何故……」
「え」
最初の「え」はミカエリス。
最後の「え」はメアリー。
誰が誰に聞いても大半はミカエリスとマーガレットは相思相愛にしか見えなかった。エスコートもファーストダンスもされていたメアリーでも分かる程に。メアリーの場合は婚約者としての義務を最低限果たす為だったとしても。焦るミカエリスが分からなくてメアリーは困惑とした。
「殿下はマーガレット様が好きなのでは」
「マーガレットは母上の友人であるホワイトゲート公爵夫人の娘だったから、メアリーと会う前から交流があったんだ。同い年だが妹がいたらマーガレットのようなものなんだろうとは思ってはいた。好きか嫌いかで聞かれれば嫌いじゃない」
マーガレットの方は異性としてミカエリスを好いていた。本人がこの場にいなくて良かった。いたら、涙を流すだけでは収まらない。妹……ミカエリスにとってマーガレットがそうなら、彼が好きな人は一体誰なのか。
「メアリー。俺は――」
「メイ」
ミカエリスが何かを発しかけた時、待ち人ティミトリスがホワイトゲート公爵とやって来る。長椅子から立って公爵へ挨拶をしてお父様に駆け寄った。
「用事は終わりましたか?」
「ああ。なんだ、メイは皇太子といたのか」
「ええっと……はい」
一緒にいた理由まで問われなくてホッとする。ミカエリスが何かを言いかけたので振り返るが公爵の方へ行っていた。
「公爵。マーガレットを交え、後日話す場を設けてほしい」
「私が同席で宜しいのですか?」
「なんだったら公爵夫人がいても構わない」
「分かりました」
「メアリー」
ミカエリスが気になって眺めていたら、頭に手が乗ったのと同時にティミトリスに呼ばれた。帰るぞ、と言われ頷くと転移魔法で一瞬にして城からシルバニア公爵邸に戻った。執事の迎えを受け、お茶の用意をティミトリスが出し、服の裾を軽く引っ張った。
「殿下と何を話したか気にならないの?」
「さあ」
「さあって」
「メアリーが皇太子と会った後は、いつも疲れ切った顔をしていたが今日はそうじゃなかった。なら、それだけで皇太子がお前に何を言ったか聞くつもりはない」
もしも、あの時ティミトリスが来なかったらミカエリスは何を言うつもりだったのか。ホワイトゲート公爵夫妻とマーガレットと何を話すのか気になるが自分には関係のない事。彼等の問題だ。
長年受けてきた皇太子妃教育は無駄になったが、習った物事は無駄にはならない。父達や祖父母と同じでこれから長い年月を生きていくメアリーには必要。
「マーガレットの本番は皇太子の成人を迎える誕生日パーティーだな。お前に今までのような振る舞いをするなら、そこまでの奴だったってことだ」
何とも言えない。偶然にミカエリスと会ったにしても、敵意剥き出しで悋気を起こされた側として今日のマーガレットでは同じなまま。ミカエリスに叱責されたのをきっかけにマーガレット自身の考えを変えねば皇太子妃としてやっていくのは難しいだろう。
「良いようになるといいね」
「どうだかな……あの手の女は変わらないもんだ」
「そう、なの?」
「ああ。皇后がいい例だ。俺やアタナシウスが脅して自分から手を出さなくなったが、代わりにマーガレットや周りを使ってお前を抑え込もうとしただろう? 皇后と同じタイプなら、周囲を使うだろうよ」
言われるとマーガレット付きの侍女達は皆マーガレットと同じ気持ちでメアリーを睨んでいた。主人を守ろうとする姿勢はいいが勘違いも甚だしい。
ミカエリスの誕生日パーティーでどうなるかで未来の皇太子妃が決まる。
仮に、と切り出しティミトリスにもしもマーガレットが皇太子妃になれなかったら、また自分が皇太子妃候補に戻るのかと訊ねた。
呆れの混ざった笑いを零され額を指で突かれた。
「馬鹿か。お前と皇太子の婚約書は既に破棄した。二度同じ婚約書は作れない決まりだ。候補はいくつか見繕ってある。他国の王女や年下の令嬢なんかだな」
同い年の高位貴族の令嬢は殆ど婚約者が決まっている。皇太子妃になる資格を持つには、家柄だけではない、本人の素養も重要となる。
「マーガレット様が皇太子妃になるのが一番だと思うわ。殿下はマーガレット様を妹のようだと仰っていたけれど、長年信頼していた相手だもの。生涯を共にするなら、長い年月一緒にいられる相手ではないと」
「そうだな」
愉し気に笑うティミトリスはどこか意地悪だ。中に入るぞ、と促されたメアリーは差し出された手を取った。
婚約者としては駄目だったが、今日思い切って話したミカエリスとなら友人として交流を続けられるかもしれない。アーレントとの関係についてはミカエリスがどうにかしないといけないし、メアリーがどうこうする問題じゃない。彼もきっとそれを望んでない。
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