私のお父様とパパ様

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連載―私はお父様とパパ様がいれば幸せです―

婚約解消1

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 婚約解消の場は後日改めて設ける。その前に、ミカエリスや皇后といったシルバニアの力を欲する者達からの妨害を防ぐべく、話は秘密事項となった。アタナシウスとティミトリスは、メアリーとミカエリスの婚約解消とその後にあるマーガレットとミカエリス婚約成立を現実にする為に少しの間屋敷を留守に。
 留守を預かるのは、祖父フラウィウスの頃から代々仕える男爵家の執事。メアリーも一緒だ。
 父親コンビが留守になってから三日が過ぎた。夜中には戻るようだがメアリーは寝ており会えていない。夜更かしして会おうとしたら、寝不足は美容の大敵だと執事に諭され落ち着くのを待つしかない。
 紅茶を飲み干したティーカップを両手に持ち、執事にまだお父様達は戻らないのかと零した。多忙でも合間を縫って会いに来てくれた父親コンビに三日も会えていない。初めてだからメアリーは不安になってしまっている。執事は朗らかなに笑う。


「ご安心をお嬢様。旦那様達は、お嬢様と早く食事をしたくてとても真面目にお仕事をなさっているのです」
「その言い方は、普段は不真面目にしているように聞こえるわ」
「否定はしません。フラウィウス様がそうでしたがお嬢様と大奥様以外の方々は面倒が嫌いなので」
「ふふ。そうね」


 気紛れに書類仕事に手を出しても、すぐに集中力を切らせてメアリーを構いたがる二人を仕事に戻すのは執事の仕事でもある。マーガレットとミカエリスの婚約の段取りには、マーガレットの実家ホワイトゲート家を巻き込まないとならない。公爵夫妻はマーガレットとミカエリスの関係をどう思っているのだろうか? ふと、執事に問い掛けてみた。


「ふむ。どうでしょう。旦那様方が戻ってから聞いてみては?」
「そうだね。知らない筈はないから、敢えて放っておいているのかもだけど」


 皇帝の右腕と名高い公爵は兎も角、夫人は皇后の親友だ。皇后と同じでマーガレットを皇太子妃にしたい派だろうか。
 早くお父様とパパ様が戻って来ますように。紅茶のお代わりを頼みながらメアリーが願った。




 ●○●○●○


 皇太子宮の広い一室にて。もうじき成人を迎えるミカエリスは、誕生日パーティーの際メアリーに贈るドレスを侍従と確認していた。何を贈っても返事を寄越さない、使用しもしないメアリーに贈るだけ無駄だと憤るくせに、今度こそはと期待してしまう。
 花の精霊の加護が掛けられた薄いピンク色のドレスは、スカート一周を絹のフリルであしらったデザイン。メアリーは自分や父親達の瞳と同じ深い青を好んでいる。毎月あるミカエリスとのお茶の時間も、パーティー出席時等でも青を欠かした事がなかった。

 メアリーには青だけじゃない、可憐で愛らしい色だって似合う。気持ちを込めて作らせた品々は一度もメアリーに使われない。女性の流行に敏感なマーガレットに相談をして作った事もある。マーガレットはミカエリスの気持ちを踏み躙るメアリーが余計許せないのだ。
 丁重に箱に仕舞ってシルバニア公爵家に届けろと周囲の者に告げ、ミカエリスは部屋を出て私室への道を向かった。
 その際、侍従には軽食を持ってくるよう頼んだ。

 私室に戻ったミカエリスは壁に凭れた。期待しながら、心の何処かでどうせまたメアリーは使わないだろうと諦めていた。彼女の優先は何時だって父親達。アタナシウスとティミトリス。あの二人さえいなければメアリーは自分を見てくれた筈だ。
 昔、父アーレントに花嫁修行の一環としてメアリーを城に住まわせたいと願い出た。

 父は――


『そう言えと皇后に言われたか?』
『いえ……母上からは何も。ただ、メアリーがシルバニア家の娘だからといってつけ上がらせるなとは念押しされています』


 帝国に必要不可欠なシルバニア家の娘を皇后に迎えられる。初めてシルバニアの血を皇室に流せるのだと歓喜しながらも、身分では皇太子であるミカエリスが上なのだからしっかりとメアリーの手綱を握っておけと皇后から口酸っぱく言われ続けた。周囲もそう声を上げるから当然だとミカエリスは思っていた。
 だが、父から返された言葉は背筋が凍り付く冷たいものだった。


『愚か者。ミカエリス、お前がメアリーと築くべきは良好な友人としての関係のみ。それ以上もそれ以下も許さん。第一、お前は何様のつもりだ? シルバニア家が帝国にどれだけ必要か、今まで貢献してくれたかを知らないのか? お前にメアリーを預ける馬鹿はおらん。当然、メアリーを道具としてしか見ていない皇后も同様だ』
『違いますっ、僕はただ……!』
『何度も言おう。お前とメアリーの婚約は仮に過ぎん。お前自ら、皇太子妃となる相手を見つけておけ。余程の相手でない限りは許そう』


「くそ……っ」


 皇太子としての地位を盤石なものにし、更にシルバニア家の血を引くメアリーを皇太子妃にすれば、帝国の安全は更に守られ皇族の権威は強くなる。メアリーと同い年の自分がいる、最後の機会を何故皇帝たる父はみすみす逃そうとするのかがミカエリスには理解不能だ。

 また、現状を考えると皇后の主張が正しかった。立場を分からせなかったから、皇太子である自分を下に見て父親達を優先する駄目な女になってしまった。
 メアリーに相手にされない荒んだ心を癒してくれたのがマーガレットだった。幼馴染という立場に甘えているのもあるがマーガレット以外に本音を吐露する相手がいない。女性だからメアリーへの態度に怒ってくれる。お礼としてマーガレットからの呼び出しには出来うる限り応じ、プレゼントも欠かさず贈った。

 今度の誕生日パーティーでメアリーに贈るドレス。メアリー本人が受け取るのを見ないと我慢ならなくなり、まだ用意している最中だろうかと部屋を出ようとしたミカエリスをノック音が止めた。入室の許可を出すと侍従がやって来て。
 一言、告げられた。


「殿下、直ちに謁見の間へ。皇帝陛下がお待ちです」
「父上が? 分かった。すぐに向かう」


 玉座の置かれた謁見の間に態々呼び出すのは、余程重要な話があるからだろう。
 早足で謁見の間へと向かい、護衛騎士二人が開いた扉の先には皇帝以外にも人はいた。

 玉座に腰掛けるアーレント。
 隣に座る皇后。
 そして、ミカエリスが嫌うシルバニアの双子公爵。更に……


「メグ?」


 マーガレットとホワイトゲート公爵夫妻もいた。不安に駆られたマーガレットがミカエリスに駆け寄り、腕に抱き付いた。


「ミカ。突然、両親と一緒に陛下に呼び出されて……。何がなんだか分からなくて怖いわ」


 ぷっと誰かが吹き出した。音の発生源は口元を手で覆うアタナシウス。見ると肩を震わせている。横にいるティミトリスは呆れ果てたようにミカエリスとマーガレットを視界に入れている。
「ミカエリス、前に来なさい」アーレントに促されたミカエリスは、マーガレットを離して前へ出た。


「父上、これは一体」
「役者が全員揃ったな」


 ミカエリスの声を遮り、左掌を上へ向けたアーレントは二枚の書類を転送させた。淡い光を纏って浮く書類をミカエリス達に向けた。
 刻まれている文字を見た双子公爵以外の面々は息を呑んだ。


「只今をもって、皇太子ミカエリス=マナ=イストワールとメアリー=シルバニアの婚約を解消とする。また、次の皇太子妃候補としてマーガレット=ホワイトゲートに決定した。
 これはシルバニア公爵、ホワイトゲート公爵も了承している。
 ――良かったな、ミカエリス、皇后。お前達お気に入りの娘が皇太子妃となれて」


 顔を青褪めるミカエリスと衝撃から返ってこれない皇后は何度も口を開閉させている。
 冷徹な紫水晶の瞳は言葉を失った皇太子の出方を待った。


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