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2人だけの幸福
しおりを挟む全部、全部、お前が悪い――低く紡がれる言葉はメリルを鎖で縛りつける呪いだった。
「あ……ああっ……んん」
薄暗い室内、天蓋付きの大きな寝台の上で。ひっきりなしに甘い声を発するメリルは、眼前にある大きな肉欲に舌を這わせた。猫がミルクを飲むように舌先を使って太い棒を舐める。火傷してしまいそうになる熱を持ったソレを下から上へ丁寧に。が途端、頭が真っ白に染まった。
「はあ……あ……!」
「……さっきから休んでばかりだな。集中しろ」
「ひい……! あ、いやあぁ、だめっまだ……」
メリルの中で暴れるのはフィロンの魔法。何時だったか、勝手に部屋を抜け出してフィロンを探しに行こうとした際見つかり、罰として許されるまでソレで絶頂させられた。
前回は両手を拘束されて身動きが取れなかった。今回はフィロン自身を奉仕させられていた。
「あああああああ……!」
メリルの1番感じる場所を無遠慮に刺激し、絶頂させてもフィロンは許してくれない。愛妾になる前に向けられていた、冷たい紺碧の瞳が絶頂して震えるメリルを見下ろす。
「……これで5度目か。堪え性のない女だ」
「はあ……あ……ごめ……なさ……い……」
怖い。
フィロンが怖い。
違う、悪いのは自分。逃げた自分が全部悪いのだ。
「……もういい」
肩を掴まれ仰向けに転がされた。数え切れないくらいフィロンに抱かれてきたが、奉仕をさせられたのは今日が初めてだ。どうすればフィロンが感じてくれるか分からずとも、必死に舌で舐め手で刺激した。……結果は、1度もフィロンを満足させられずに終わった。
両腕を頭上にキツく縛られ脚を開かされた。魔法でずっと愛撫されたそこにメリルが先程から舐めていたフィロン自身が宛がわれ、音を立ててゆっくりと挿入されていく。
「ん……メリル……」
「ああっ……! フィロン様あぁ……!」
「お前が、お前が全部悪い、おれから逃げようとしたお前が悪い……」
その言葉通り、メリルはフィロンから逃げた。
――魔王城にある薔薇園を散歩していた時にイレーネが現れ、フィロンに最初抱かれたのは自分だと鬼気迫るイレーネに叫ばれたメリルは走り出していた。
訳も分からず無我夢中に。生きてきた中で1番長く走った。息を切らし、疲れた足は立つことも儘ならず、よろめき、メリルは座り込んだ。魔王城の何処かで。
足は重く力が入らない。
「もう終わりか?」
肌で感じていた。フィロンが追い掛けて来ていたことは。体力切れを待って態と追い付かないでいたのだ。透明な雫がメリルの瞳から頬へ伝い、冷たい石の上に落ち水玉模様を浮かばせていく。怖くて顔を上げられない。
逃げたから? フィロンを信じずイレーネの言い分を信じたから?
どれも正解だ。そして、もう1つある。
明確な言葉が浮かんだ辺りでフィロンが膝を折った。顎を掴まれ上を向かされた。薔薇園でキスをされていた優しさの欠片もない、乱暴な動作。涙が沢山メリルの瞳から流れおちていく。
「……」
フィロンの舌が涙を舐めとった。流れて止まらない涙を止めるように。
「フィロン様……私には……魔力がありません」
婚約が結ばれ、苦手な魔力操作を上手にしようと毎日練習していた日々は突然消えた。魔力を失った原因は未だ不明。当時様々な医師に診察されたが誰も首を横に振るだけ。メリルや父ラウネル公爵も魔力が戻る方法を探したが見つからなかった。
冷たい紺碧の瞳が今更なんだと細められた。
「私には……イレーネ様の言葉が嘘か見抜く術はありません」
「だがお前は逃げた。おれを信用しなかったのだろう」
「……フィロン様を信じられないのではないのです。私自身、どうしたらいいか分からないのです」
逃げた時点で信用していないと物語っている。フィロンの瞳は強くメリルを責めている。恐怖で声が震えそうになるのを堪え、俯きたい気持ちを抑えメリルは紺碧の瞳から決して目を逸らそうとしなかった。
「フィロン様は何度も私が誰の物か言います……私が何度フィロン様の物だと答えても貴方は信じてくれない」
「……」
「イレーネ様の言葉を嘘と信じたい自分とフィロン様を信じたい自分。同じであって違うんです。イレーネ様の言葉を嘘と信じたいのに、ずっとイレーネ様をお側に置いていたフィロン様が何もしていないという証はありません。フィロン様を信じたくても、……私はいつもフィロン様に冷たい態度しか取ってもらえませんでした。愛妾になってから大事にされていると実感しましたが……本当はイレーネ様が良かったのではないかと思ってしまうのです」
何度も見てきた。他人嫌いのフィロンに触れても拒絶されないメリル以外の女性。同じ公爵令嬢、魔王の妻に相応しい強大な魔力と美貌、堂々とした立ち振舞い。家柄以外メリルが持っていない物を持つ完璧な女性。心が悲鳴を上げても魔力を失った自分がまだ婚約者であることが奇跡なのだと言い聞かせた。
黙ってメリルの話を聞いていたフィロンは、威圧を含んだ瞳で静かに――確かな怒気が含まれた声で――問うた。
「仮におれがイレーネを抱いていたとして、お前に糾弾する資格はあるのか?」
「……」
今度はメリルが黙った。
正式な婚約関係になってもフィロンは魔界の第1王子。次期魔王になるのが確実な圧倒的魔力を持つ魔族。魔力が失われた令嬢を何時までも婚約者のままで置いていたのが周囲の疑問だった。イレーネを欲していたなら、魔王に一言メリルからイレーネに変えると言えばすぐに変わっていた。
イレーネと肌を重ねたフィロンを責める資格はメリルに存在しない。
「……私にフィロン様を責める資格はありません。でも、どうしたらいいかも分かりません」
「……」
フィロンを信じられないのはではない。
結局、もし仮にイレーネを抱いていたのを肯定された時、自分では満たされなかったからイレーネを選んだのと知らされるのが怖かっただけ。
「……おれが抱いたのはメリル、お前1人だけだ。口付けだってそうだ、お前以外では触れたいとすら思わなかった。イレーネを側に置いたのは、早くお前を婚約者の座から下ろせという周囲の声が煩わしかったからだ。公爵令嬢であり、魔王の妻になるには十分な魔力を持った女なら、側に置いておけば誰も文句は言ってこない」
予想は当たった、とフィロンは言う。
「元々、近付くなと脅しても話を聞かない女だった。何も言わなくなれば、勝手に勘違いをして周囲を牽制するのは分かり切っていた。お前にさえ手を出さなければいいと放っておいた」
「……イレーネ様はずっとフィロン様が好きだった方です」
「それがどうした。勝手に好意を抱き、勘違いをして身を滅ぼしたのはあの女だ」
言葉だけ聞くととても酷い台詞だ。けれどフィロンには関係ない。他人嫌いで、父や弟にしか心を開かなかった彼が側にいることを許した。思いを寄せていようがいなかろうが、絶世の美貌を誇る彼が自分に気持ちがあると錯覚しても仕方のないことなのだ。
「フィロン様……」
メリルは恐る恐るフィロンへ手を伸ばし、美し過ぎる顔に触れた。
「私は……どうしたら、貴方から不安を消せますか?」
「……永遠に消えないだろうな。こうやってお前が逃げられる手段を持つ限り」
冷たく、昏い紺碧の瞳がドレスの裾からはみ出ている足へ向けられた。瞬時に意味を悟ったメリルは顔を青ざめるも気丈に微笑んだ。
「それで貴方が安心するのなら」
「……」
フィロンは瞳を閉じた。
軈て瞼を上げると、冷たさを保ったままの紺碧の瞳があった。
「――メリルっ」
「んああああぁ……!」
胎内に広がるどろりとした熱は、何度味わっても飽きない癖のある気持ち良さがある。フィロンに挿入されて、もう何度絶頂したか数えるのも馬鹿らしいメリルと先程ので3度目の精を放出したフィロン。
煩わしげに青みがかった銀糸をかき上げた動作は、何度も絶頂して疲弊しているメリルを魅了してしまう凄絶な色気があった。
無意識に中に入ったままのフィロン自身を締め付けてしまったみたいで、苦しげに顔を歪めたのにすぐに意地悪く口角を吊り上げた。
「……淫乱」
囁かれた卑猥な言葉。声にメリルを嘲る感情はなく、愛おしさが多分に含まれたからかうような口調。
愛液と精液によってドロドロになっているメリルのそこはフィロンを決して離そうとしない。フィロンもメリルから離れるつもりはない。繋がったまま、背中に腕を回して膝に乗せた。頭上で縛っていた戒めを解いた。
「ああっ……フィロン、様ぁ……」
「しがみついていろ」
「は、い……」
自由になった手をフィロンの背中に回した。汗に濡れてしっとりとしている。腰に足を回すとそれが合図のようにフィロンが律動を始めた。
下から穿たれる快楽に喘ぎ、溺れるメリルは自身の足首を見た。
一見、何もないように見えるが魔法が掛けられている。
メリルはもう2度と自分の足で歩くことは愚か立つことも出来なくなった。
逃げ出した自分に対する罰でもあるが、最大の理由は――フィロンが不安を抱かないようにする為のもの。
足の自由を奪った時に見せたフィロンの安堵の相貌。
足首に口付けを落としたフィロンはこう告げた。
『これで2度とお前はおれから離れられなくなった。メリル。例えお前がおれを嫌いになっても……』
『嫌いになったりしません。ずっとお慕いしています、フィロン様』
最上級の愛の言葉を告げるにはまだ勇気がない。
最後、冷たさの中に隠しきれない怯えと不安に揺れた声。不要な心配を消してほしくてフィロンの膝に乗せてもらって自分からキスをした。薔薇園では失敗したキスを今度は成功させた。顔を真っ赤に染めたメリルの額にキスが落とされた。
『愛している』
『私も……です』
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