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一目惚れでした
しおりを挟む毛先にかけて緩くウェーブのかかった栗色の長髪も、青みがかった紫の瞳も、笑みを浮かべるだけで周囲を和ませる愛らしい顔も、側にいるだけで心安らぐメリルの存在は全て――魔界の第1王子フィロンのもの。生まれた時から魔王になるに相応しい魔力を持ったフィロンの未来の妻も、次の魔王を生む為に必要な魔力量の多い女性が求められる。故に、類稀なる魔力容量の持ち主であるメリルが婚約者に選ばれるのは必然だった。
〇●〇●〇●
2人が初めて出会ったのは5歳の頃。婚約者は、余程のことがない限り役目から外されることはない。未来の伴侶を前にしたお互いの印象は同じだった。
悪魔の容姿は魔力容量が多い程美しくなる。魔王の息子であり、父以上の魔力を持って生まれたフィロンも例外ではない。魔王エフメス譲りの青みがかった銀糸、長い睫毛に覆われた紺碧の瞳、5歳ながらに逸脱した絶世の美貌の持ち主。周囲は未来の魔王であり、絶世の美貌を持つフィロンに気に入られようと常にご機嫌伺いをした。魔王の息子の不興を買って消されるのは誰だって嫌だ。特に、女性の中には幼いフィロンに性的奉仕をして満足してもらおうと実行する輩がいた始末。そのせいで、父と弟以外の相手が大嫌いなフィロンはこの婚約自体猛反対したかった。しなかったのは今決められなくても、その内無理矢理に決められるから。嫌なことは先延ばしにしたくないフィロンは、今日嫌々ラウネル公爵家令嬢のメリルと顔合わせをした。
メリルを一目見て驚いた。同い年の子供でも、既にフィロンに媚を売る子は大勢いた。令嬢ともなると、フィロンに気に入られようと許可もなくベタベタ付き纏う挙句誘惑してくる者までいる。瞳にはそれが色として顕著に出てくる。婚約者となると尚更。けれど、メリルの青みがかった紫の瞳に媚びた色は一切ない。緊張が強すぎて愛想笑いを浮かべるのも出来ていない。その証拠に、プルプルと身体が震えている。公爵が心配げにメリルを見つめている。フィロンの従僕の話だと、ラウネル家の子供はメリル1人。奥方はメリルを生んで間もなく亡くなっていると聞く。妻の忘れ形見、たった1人の娘。ということで、メリルは公爵に大変溺愛されている。また、危険から身を守る為に1日の殆どを屋敷の中で過ごし、外出は必ず公爵が同伴出来る時だけ。異性に対する免疫も皆無。
汚れを一切知らない純粋無垢な姿に――フィロンは一目見ただけで好きになってしまった。
「メリル? 大丈夫かい?」
「は、はい……っ」
「フィロン殿下に御挨拶出来る?」
「はいっ。は、はじ、初め、まして。フィロン、殿下」
声も思った通り、鈴の音を転がしたような永遠に聞いていたい心地好い声色。フィロン、と呼ばれただけで胸が高鳴った。
メリルの方も、フィロンの名前を紡いだだけで全身の体温が顔に集中してしまい真っ赤になった。出会っている異性と言えば、父と使用人しかいないメリルは、5歳とは思えない美貌のフィロンを一目見た瞬間から心奪われてしまった。
(殿下の隣に立つ立派な妃になりたい)
母が命と引き換えに生んだ自分を父は目に入れても痛くないくらい愛してくれている。侍女も執事も庭師も料理人も皆――1人娘のメリルを大事にしてくれている。魔力容量が他の子より優れていても、まだ魔力操作が下手でまともに扱える魔法の数は片手程しかない。フィロンの婚約者として、勉学だけではなく、魔法の勉強も更に励もう。
緊張で表情も体もガチガチなメリルは固く決意した。
「ラウネル公爵家長女、メリル=ラウネル、ですっ」
途中で区切りつつ、噛まなかったメリルは内心ホッとする。自分の名前すらまともに言えないのかとフィロンに思われるのは嫌。ちょっとした達成感がメリルを浸らせた。
「……フィロン=ロード=ヴォルフィード」
思った以上に緊張していたフィロンの第一声は低く冷気を帯びていた。魔王やラウネル公爵がぎょっとしたのも束の間。固まっているメリルの目の前に立つと両腕を強く掴み、顔を近付け桃色の唇に口付けた。大きく目を見開くメリルを見つめつつ、微かに開いていた口から魔力を吸い取った。
固まる周囲に目もくれず、吸い取った魔力を呑み込んだ。
「フィ、フィー君?」
予想外な息子の行動に父親としての愛称でフィロンの名を口にした魔王エフメス。
エフメスの声に反応せず、微かに口端を釣り上げた。
「へえ……イいね。メリル」
「! は、はいっ」
予告もない、突然のキスに固まっていながら返事をしたメリルは顔を真っ赤にして目は涙に濡れている。
「地味な見た目なんだ、大人になるまでには綺麗になれよ」
「!!」
そう言うとフィロンは用無しとばかりにこの場を去ってしまった。フィロンの護衛達は魔王にどうしたら良いか視線だけで指示を求めた。自分の息子ながら、何を考えているかまるで読めないフィロンの思考を理解するのは不可能。追い掛けてと護衛達に指示を飛ばすとラウネル公爵とメリルに詫びた。
「済まないなジランド。私でも、あの子が何を考えているか分からんのだよ」
「……陛下。やはり、此度の婚約は」
「無かったことにはしない。何事もなければ、次期魔王は確実にフィロンとなる。フィロンの妻となる魔族にも強力な魔力が必要だ。上位貴族の令嬢で、フィロンの妻になるに相応しい魔力容量の令嬢は今の所メリルとイレーネしかいない」
「イレーネ、というと」
聞き覚えのある令嬢の名。ジランドの呟きにエフメスは頷いた。
「ああ。アールズ公爵家の令嬢だ。フィロンとネーヴェの交友関係を広げる為に月に1度、お茶会を開くのだが……フィロンに毎回付き纏ってすっかりと嫌われていてな。そんな娘を婚約者にでもすれば、私とネーヴェ以外の者を毛嫌いしているフィロンの負担となる」
「つまり、メリルではないといけないのは」
「うん。まだ5歳とはいえ、お前が大事にし過ぎるあまり滅多に外に出ないお陰でメリルは箱入り中の箱入りだ。フィロンに邪な感情を抱いていないメリルにしか、フィロンの婚約者は務まらない」
「お言葉ですが、陛下。今日初めて会ったのにも関わらず」
「分かってる。そう怒るな。フィロンの行動は予想外だが、メリル嬢を一目見て気に入ったのは確かだ」
「……」
まだ何か言いたそうなジランドの青みがかった紫の瞳で睨まれ、エフメスは肩を竦めた。亡き妻の忘れ形見である娘を、目の前の男が溺愛しているのは知っている。大事にする余り、外に出さず常に屋敷の中で生活させている。外に出られない窮屈な分、娘が願うものはなんだって叶えている。2人だけの細やかな酒宴の席でよく話を聞くが、メリルは高位魔族では珍しく物欲もあまりなく、我儘も言わない。あるとしたら、色々な花が欲しいと言うだけ。その一言で多種類の花を用意するのは親馬鹿の一言に限る。
固まったまま動けないでいるメリルを、心配と不安が織り交ざった瞳で見つめるジランドだった。
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