思い込み、勘違いも、程々に。

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親族会7

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 カンデラリア家には年に1度訪れるだけなので何度見ても屋敷の規模に息を呑む。伯爵家とは大きさが違い過ぎる。お義母様やエルミナは何度か訪れるが私は毎回断っていた。義理とはいえ、私がカンデラリア公爵の姪なのは変わらなくても血縁者でない私が行くと場違いな気がした。何よりお義祖母様がいると思うとやっぱり足が重くなった。
 きっと私の心情を察してなんだろう、お義母様は無理強いはせず、帰宅するといつもお土産を持っていた。私を含めた3人で食べようと甘いスイーツを。

 親族会とあって停車場は他の家の馬車で溢れていた。先に降りたリアン様の手を取って降りると多数の視線が突き刺さった。歳が変わらない令嬢達からの視線が特に痛い。その中にはキサラ様もいた。


「フィオーレ嬢」
「リアン様……」


 痛い程刺さる視線に怯え、固まっていたら私を見兼ねたリアン様が手を握る力を強め、気遣うように微笑を浮かべた。


「大丈夫だ、前を見て歩こう。君は何も疚しい事をしていないのだから」
「はい……」
「ほら、行こう」


 リアン様に促され私も足を踏み出した。繋がる手から伝わる温もりが嫉視に晒される私を勇気づけ歩かせてくれた。今だけ、この瞬間を味わっていたい。リアン様の手をそっと握り返したらちょっとだけ目を丸くされるが優し気に目を細められ、あまりに優しくて綺麗だから顔が赤くなっていく。

 会場前で受付を済ませ、中へ足を踏み入れた。既に親族達で賑わっており、主催主であるカンデラリア公爵は何処かと視線を彷徨わせていれば「フィオーレ!」と声が。見るとカンデラリア公爵が夫人と一緒に此方に。


「今日は来てくれて嬉しいよ。エルミナとシェリアは?」
「2人とは別です。私達が先に着きました」
「そうかそうか。リアン様も今夜は存分に楽しんでいってください」
「ありがとうございます公爵」


 何だろう……? 公爵や夫人の目がとても温かい。気のせいかな。
 夫人にはドレスがとても似合っている事と互いの近況を話して終わり、招待客への挨拶回りがある2人は別れた。
 給仕からジュースを受け取り、壁際に寄って周囲を見渡せる位置に来るも周囲の視線はチラチラと私達に向いていた。


「大丈夫か? フィオーレ嬢」
「は、はい」
「俺が原因なんだ、具合が悪くなったらすぐに言って」
「リアン様のせいでは……」
「いや、どう考えても俺だろう」


 視線の多くは令嬢達からの嫉妬の視線。リアン様へ向けられるのは恋慕の視線。学院で王太子殿下と並ぶ人気があるリアン様は慣れているのだ。すごい。私はすぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯だ。リアン様がいてくれるから耐えられる。


「他の親族の方にご挨拶をしないといけません。……リアン様も来てくれますか?」
「勿論だ。君を1人にしない」


 私を心配してくれているだけなのだと理解していても、側にいてくれると言ってくれたリアン様に仄暗い欣幸に至る。邪な考えは捨てないと。
 心の中で首を振り、空になったグラスを前を通った給仕に渡し、エーデルシュタイン家と懇意にする親族の方を探した。


「カンデラリア公爵夫妻の他と言うと?」
「母の実家アルカンタル伯爵家とも懇意にしている方です。えっと――」

「フィオーレ様、ロードクロサイト様」


 探し人の名前を告げ、視線を動かしているとリアン様が居場所を教えてくれるも、動く前に男性の同伴者を連れたキサラ様が声を掛けて来た。
 飴色に近い金色の髪には可愛らしいデザインのサファイアの髪飾りを着け、エレガントな青のドレスを着ていた。肌を多く露出した姿はキサラ様の美貌を引き立たせる高級な装飾品そのもの。
 挨拶を交わすと同伴者の方を紹介された。


「彼はわたくしの従弟ワルターです」
「初めまして、ワルター=アイクラインと申します」
「フィオーレ=エーデルシュタインです」


 アイクラインという名に聞き覚えがあった。確か、アルカンタルのお祖父様が資金援助をしていた男爵家。何十年か前に起きた大雨により、領地に甚大な被害が齎された。当時の男爵の為人を知っていたお祖父様は快く援助を受け入れ、回復に尽力した結果、驚く速さで領民の生活は元に戻ったとか。借金返済も既に完遂されているがお祖父様と当時の男爵は繋がりを持ったままで今は良き友人となっている。

 長身で細身過ぎるのが気になるも、眼鏡をかけた落ち着いた様子の人。リアン様とも挨拶を交わすとキサラ様が給仕を呼ぶ。


「いつかのお詫びにフィオーレ様に飲んでいただきたいワインが御座いますの」
「ワイン、ですか」


 成人を迎えているからお酒を飲む許可は貰っている。ただ、個人的にお酒が苦手で勧められても失礼のないよう断ってきた。
 濃厚なワインの香りにそそられるも、お義母様やお父様が不在中に飲みたいとは思わない。


「ええ。わたくしが父に頼み、公爵様に出していただきましたの。市場に滅多に出回らない貴重なワインですわ。是非、フィオーレ様に味わってほしくて」
「あ、ありがとうございます」


 断る選択肢が浮かばない。当たり障りのない言葉を探すも、私を見つめるキサラ様の水色の瞳に拒否は絶対に許さないと書いていた。
 ……お詫びをする気なんて最初からないのだ。私がお酒を苦手としているのを知っている上で、態と勧めてきたんだ。
 差し出されたグラスを受け取った手前、もう後には引けない。


「フィオーレ嬢」


 無理はしない方が、と気遣うリアン様に悟られぬよう苦手意識を奥に押し込めて首を振り、ワインを口にした。


「っ……!」


 独特の苦味が苦手だったのにこのワインは苦味に不釣り合いな甘味が加わっていた。甘味のせいでワインの美味しさは台無しだ。一口飲み込むだけで精一杯で、表情を崩さず、キサラ様に態と美味しいと味の感想を述べた。


「良かった! フィオーレ様に気に入っていただけるなんて。さあ、遠慮せずもっとお飲みになって」
「一気に飲むと酔いが回ってしまうので少しずつ頂きますね」
「折角の親族会ですのよ、もっと羽目を外しましょう。……それとも、美味しいと言ったのは嘘なの?」
「っ」


 涙を瞳に纏わせワルター様に悲しむ素振りを見せたキサラ様は、見え辛い角度から私を嫉妬の込めた眼で睨んできた。
 ワインに細工をされていると知ったのはこの瞬間。でも、今更どうすることもできない。


「フィオーレ様、キサラ様の言う通りです。今日は少しくらい羽目を外しても誰も咎めませんよ」
「え、ええっ」
「フィオーレ嬢、貸して」


 え、と反応する間もなく横から伸びた手がグラスを奪い取った。リアン様はワインを一気に飲み干してしまった。
 短く悲鳴を上げたキサラ様と明らかに動揺しているワルター様が気になるも、今はリアン様。


「リアン様!? そ、そんな一気に飲んでしまっては」
「大丈夫だよ。何度か父上に練習だと言われて飲まされているから、多少強いとは思ってる」
「そ、そうですか……」
「心配しないで。……それよりキサラ嬢」
「っ!!」


 私には安心させる笑みを、キサラ様には冷たく低い声を向けて。
 リアン様は私を庇うように前に出た。

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