行動あるのみです!

文字の大きさ
上 下
81 / 81

いつか、どちらを選んでも3

しおりを挟む

 放課後になるとシェリは図書室に足を運んだ。以前まで読もうと決めていた小説をやっと借りに来たのだ。が、生憎と貸し出し中だった。自分が読みたい時になくて、読めない時にある。所詮そんなものか、と諦め適当な本を見繕い、奥のテーブル席に座った。図書室はテスト前以外は人が少ない。今日もいるのはシェリ1人。燃えるような夕焼けを頬杖を突いて眺める。
 アデリッサは事実上の退学。そうだろう、生涯幽閉と下された者が登校し続けていたら大問題だ。今までアデリッサに虐められていた下級貴族や平民出身の生徒達の安堵といったら、計り知れない。伯爵家出身でもアデリッサに有無を言わせられず従わされていた者はいる。
 ナイジェル公爵は王国にとって必要な重要人物だが、娘の周辺については詳しく知っていてほしかった。相手は強大な力を持つ公爵家。被害に遭った家は泣き寝入りをするしかなかった。
 アデリッサがいなくなり、自分の平穏はちょっとでも訪れた。
 後は……後は……どうしたらいいのか。


「はあ……」
「ため息?」
「ミエーレ」


 今日1日、授業に参加しなかったらしいミエーレが現れた。
 うん? とシェリはミエーレを凝視した。


「どしたの」
「ミエーレ……あなた……顔どうしたの?」
「は?」


 素っ頓狂な声を上げたミエーレ。シェリはミエーレの顔をまじまじと見つめたまま。


「だって、隈がないじゃない」


 ミエーレを表す一言で『寝不足』という言葉ワードがある。目の下の酷い隈は、整い過ぎている美貌に迫力さを追加する。眠そうな顔は普段通りだが、寝不足の表である隈がなくなっていた。
 ああ、とやっと顔が変だと言われて怪訝に思っていたらしいミエーレが納得したように頷いた。


「魔法で消した」
「消したの? 消せるものなの? 寝不足は……」
「治ってない。目に見える不調を消しただけ」
「全く……なら……寝不足も解消しなさいよ」


 呆れつつもミエーレらしいとシェリはクスリと笑んだ。
 改めて、隈のないミエーレの相貌を眺めた。
 雪のように白い肌、滲みもなく女性なら誰もが憧れる美の結晶。深慮を彷彿とさせる碧眼。金貨を溶かしたような金糸。見目だけなら、絵本に出てくる理想の王子様。
 但し、性格はその限りじゃない。


「よくよく考えるとミエーレの顔に隈がないのをあまり見たことないわね」
「ふわあ……小さい頃から魔法の研究に没頭していたからね。その時から寝不足になった」
「今度、よく眠れる神聖魔法をミルティー様に掛けていただく?」
「いいよ。寝不足でも意識はちゃんとあるし、耳も聞こえる」
「そういう問題なの?」
「そういう問題だよ。
 だって、そうしないとシェリの話聞けないでしょう?」
「え」


 思ってもみなかった台詞にシェリは一瞬固まった。
 どういう意味かとミエーレの碧眼を覗いても、相変わらず眠そうである。


「レーヴ殿下が相槌を打ってくれない、会いに行っても無表情、挨拶をしても返事をしてくれない、その他沢山殿下への愚痴を聞かされた」


 研究に没頭しながらも愚痴を聞いてくれたのはミエーレだけだった。シェリが何を言っても適当に相槌を打ちつつ、適度に相手をしてくれたのがミエーレしかいなかった。父には、自分からレーヴと婚約したいと我儘を叶えてもらった手前、心配をかけさせたくなかった。
 友人も少なかったのも原因だった。


「だって……わたしが言うのもなんだけど……ああやって本音を零せる相手がミエーレしかいなかったもの」
「そうだね……ふわああ……。シェリはやり方が過激だったから、周りの子達に怖がられていたもんね」
「うっ」


 昔、身内だけで招待されたお茶会でシェリは他家の令嬢に思い切り怒鳴りつけたことがあった。
 理由は、食事を運んだ給仕の女性の足を引っ掛け態と転ばせた挙句、落とした料理の飛沫がドレスに飛んだと大騒ぎをしたからだ。一部始終を目撃していたシェリは、悪いのは足を引っ掛けた令嬢であって女性は悪くないと庇った。やった証拠がないと余裕の令嬢も魔法で証拠を出されると一気に顔色を悪くした。
 当然、態と足を引っ掛け女性を転ばし、更にドレスが汚れたと騒いだ令嬢は母親と共に帰って行った。後日、大説教をされて田舎に送られたと聞いた。


「後はなんだっけ……妾の子の男爵家の息子を囲んでいた伯爵家含む数人の令息を得意の風の魔法で吹き飛ばしたりしたよね」
「あれは大勢で1人を囲んでいたからよ。彼が妾の子なのは、彼のせいじゃないもの。それをよってたかって……」
「はーいはい」


 熱くなりかけたシェリを止めたミエーレは向かい合うように座った。すると横を向いた。


「どうしたの殿下、突っ立って」
「え」


 シェリも釣られて横を向いた。
 所在なさげにレーヴが立っていた。
 どうしたのか、本を探しに来た風には見えない。


「い……いや……2人がいるから、その、気になって」
「ふあ……。はあ……ねむ」
「家に帰って……ああ駄目ね。ミエーレが家に帰っても魔法の研究をするだけですもの」
「好きだからね」


 レーヴがミエーレの隣に座った。


「ん……? ミエーレ、目の隈はどうした?」


 やはりというか、シェリと同じ疑問を抱いたらしい。
 魔法で消した、と欠伸と共にミエーレは答えた。


「公爵に何か言われたのか?」
「何にも。ただの気分」
「そうか」


 ミエーレとレーヴ。
 こうして見ると2人の美貌は目立つ。
 ……もしも、もしも、である。
 ミエーレとレーヴ、どちらを選ぶ日が来たら。
 その時、今のようにこうして静かながらも一緒にいられるだろうか。


「ねえシェリ」


 不意にミエーレが話しかけてきた。
 ……気のせいか、碧眼が意地悪げに光っている。
 そして、隈がないせいで絵本の中の王子様相貌なせいで濡れたような色香が漂う。
 隣にいるレーヴも急な変化にギョッとした。
 風の魔法で優しくシェリのシルバーブロンドを舞わせ、ふわりとした手で掴むと――


「魔法以外でおれが興味を抱くのは他にないんだ。頑張って」


 毛の先に口付けを落とした。
 髪を離したミエーレは席を立ち、あっという間に姿を消した。


「……」
「……」


 魔法以外でミエーレが興味を示した。最後の励ましの言葉。
 髪にキスをされたことに顔を急激に赤く染めたシェリは、斜め前に座るレーヴから顔を隠すように手で覆った。
 逆に、レーヴは事実上の宣戦布告をミエーレから受けて大いに慌てた。内心。


「も……もしかして目の隈を消したのは……」と心当たりが浮上したシェリ。そこに、レーヴが固い声で呼ぶ。口元を隠して顔を上げるとレーヴは焦りと照れが混ざった複雑な表情でシェリを見つめ、そして、席を立って横に回ってきた。


「あ、あの、だな。……その、……」
「……」
「僕は……シェリにもう1度選んでもらえるように頑張る。それで、シェリが、ミレーレを選んでも恨んだりはしない」


 レーヴの手が口元を隠すシェリの手を掴んだ。
 自分の手は熱いのに、レーヴの手も熱かった。


「ミエーレに負けないよう、君にまた好きになってもらえるよう、努力する」
「……殿下。わたしは、殿下への想いを断ち切る為に頂いた贈り物を……」


 シェリが続きを言う前にレーヴは首を振った。


「いい。一からシェリに気持ちを伝え直す為に、必要なことだと僕は思う。寧ろ、シェリが今まで大事にしてくれていたことが嬉しい」
「殿下……」
「また贈らせてほしい。……その、まずは……えっと」


 婚約者でもない、恋人でもない。シェリを何と呼ぼうか言葉を探すレーヴ。
 傷付けない言葉を探してくれているのが伝わる。

 いつか、どちらを選んでも後悔のないよう……シェリも行動していくと決意を新たにした。





 ――シェリ達から見えない場所で聞き耳を立てていたミルティーが偶然本を借りに来たヴェルデに声を掛けられ、驚きの声を上げるまで後数分……。






END
しおりを挟む
感想 41

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(41件)

兎月
2023.03.10 兎月

公爵令嬢が聖女と結ばれそうなあらすじですね。

解除
tente
2023.03.08 tente

王子にもチャンスがある最後で良かったです。
主人公の身勝手な暴走がきっかけで操られて散々な目にあわされ、言いたくもない言動の責任を自分から生涯背負っていきそうなタイプなので、おもしれー女にひかれてる程度のミエーレよりも、また王子とふたりできちんと向き合って欲しい派です。

解除
せち
2022.05.04 せち

私はミレーねと結ばれて欲しかったぁ(╥﹏╥)

解除

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。