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僕が好きなのは……1
しおりを挟む重なり合う、シェリとミエーレの唇。
瞠目する紫水晶の瞳と合わさず、深慮を彷彿とさせる碧眼は挑発的感情を宿してレーヴを見た。
シェリは嫌いな相手。アデリッサにずっと影から嫌がらせをしていた最低な女性。
……頭では何度そう言い聞かせても、心が張り裂けんばかりに悲鳴を上げていた。
他人行儀に第2王子殿下と呼ばれた時も、親しみのない無感情な瞳で見られた時も、レーヴの意思とは関係なく大きな刃で心は切り裂かれる。
ミエーレとの口付けは特大の刃物で振り下ろされ、悲鳴を上げる暇も与えずレーヴを痛めつけた。
あの口付けを見せ付けられた日から日数が過ぎた。
愛しいアデリッサと一緒にいられて味わっていた幸福も空虚なもので、愛しい感情はしっかりと心あるのにアデリッサの姿も言葉も何も残らなくなった。涙を堪え潤う栗色の瞳も愛らしい顔も……そこに存在するだけの、愛しい物にしか捉えられなくなった。
どんな時でも考えるのはシェリのことだけ。
朝早くから登校している生徒は少なくない。あの口付けを目撃したのはレーヴとアデリッサだけじゃない。噂は瞬く間に広まった。第2王子の婚約者がヴァンシュタインの天才と恋仲とか、あの2人は昔馴染みにしては親し過ぎるとか、色々。公にレーヴとシェリの婚約解消されていないのでお互いが恋人を作る始末は、当然刺激に飢える彼等の格好の餌となった。
ある日。レーヴは放課後、両手に分厚い本を抱えて歩くミルティーと遭遇した。
「ミルティー……」
「あ……殿下」
ミルティーはレーヴに礼をして見せた。最初に出会った時より、洗練された動作と堂々とした姿に目を細めた。最初、彼女はシェリに随分な言葉を吐かれていると耳にした。【聖女】であるがずっと平民として暮らしていた彼女にとって、貴族の教養を学ぶのは辛い日々だったろう。幸いにも、彼女を養女として迎えたラビラント伯爵家は心の優しい者ばかりで平民だからとミルティーを馬鹿にする者はいない。
レーヴが声を掛けるとミルティーは頭を上げた。
「何だか久しぶりだな。その本は教会から?」
「はい。歴代の【聖女】が残した魔法や日記が記されていまして、今の私に必要なことが沢山書かれているんです」
「そうか。ミルティーなら、すぐに歴代の【聖女】のような立派な【聖女】になれるよ」
「ありがとうございます。……ところで……あの……今日ナイジェル様は……」
最近ずっと一緒にいるアデリッサが側にいないのを不安げに思われ、安心させるように微笑んだ。
「今日は一緒にいないよ。考え事があってね」
「そう……ですか……」
レーヴはある提案をした。
「ミルティー。今から時間はあるかな?」
「は、はい」
「すまないが少しだけ付き合ってくれないだろうか」
「どんな御用でしょうか?」
「……最近の僕は、君の目にはどんな風に映っているのか教えてほしいんだ」
シェリに辛辣な物言いをされてもへこたれず、親しくなろうと前向きなミルティー。彼女の人を信じる心と前向きさは今のレーヴにとって必要だった。言葉を偽らないミルティーに、今の自分がどんな風に見えるのか知りたい。
悩む素振りをしつつも、強い意志を宿した金色の瞳が真っ直ぐ青の宝石眼を見上げた。
「分かりました。図書室にヴェルデ様を待たせていますので、ヴェルデ様も交え話しましょう」
「ヴェルデが?」
ミルティーはヴェルデを恐らく好いている。ヴェルデのことを教えてやると他の誰の話題では見せない嬉しさを浮かべていた。
別の日に、と提案する前にミルティーは言い切った。
「ヴェルデ様がいた方がいいです。絶対に!」
押し切られたレーヴは適切な距離を保ちミルティーと図書室に入った。紳士として、本を持つと名乗り出たいが教会が保管する貴重な【聖女】の本は当代にしか持つことを許されていない。
隅に設置されているテーブル席に座って窓から外を眺めていたヴェルデの新緑色の瞳がミルティーとレーヴに向いた。
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