32 / 81
元には戻らない1
しおりを挟む「あら? ミエーレ?」
「ん……?」
放課後の学院内。
今日は1日中図書室にミルティーといたシェリ。放課後になるとこれ以上付き合わせる訳にはいかないと、心配して探しに来てくれたヴェルデに礼を言うのと同時にミルティーを託した。ほんのお詫びと手助けをしたくて。ミルティーはミルティーで、シェリが帰るまで最後まで残ると譲らなかったものの、ヴェルデが諭してくれたので長くはいなかった。
1人になると食堂に寄ってカフェモカを注文し、カップを持って裏庭へと足を運んだ。元々人通りの少ない此処は、放課後になっても人はいない。1人でいたい時は最適。
カフェモカを堪能しつつ、何も考えず風景を眺めていると不意に足音が。誰かと思い振り向くとシェリにとっては馴染み深い顔が会った。
黄金を溶かしたような髪、海を思わせる碧眼。容姿だけなら絵本に出てくる王子様なのだが……年中寝不足なせいで目元には濃い隈があり、整い過ぎている美貌と隈のせいで迫力が増して近寄り難い容姿をしている。
「やあシェリ。君が裏庭にいるなんて意外だな」
「わたしだって、偶には違う来たくなるわ」
「あ、そうなんだ。てっきり、王子殿下が堂々と浮気しているものだから傷ついて隠れているのかと思った」
「……」
嫌な男だ。
シェリが1人、普段なら絶対にいない場所にいるのは明らかな理由があるわけで。
彼女を深く知らない人でも、原因は多かれ少なかれ第2王子にあると察する。
はあ……と溜め息を吐いたシェリは仕方ないと割り切る。彼はこういう人間だ。
ミエーレ=ヴァンシュタイン公爵令息。
ラビラント伯爵家が王家の忠臣なら、ヴァンシュタイン公爵家は王家の番犬。
法で裁けない悪人を独自の判断で処罰し、処刑する一族。但しそれはあくまで裏の顔。
表向きは一族皆甘党が多く、数多くのスイーツを開発している。王都にはヴァンシュタイン家が運営するカフェやスイーツショップが数多くあり、シェリお気に入りのスイーツもその1つ。
ミエーレはヴァンシュタイン家の3男。長男が既に跡取りとして決定しており、次男は隣国の公爵令嬢と婚約。ミエーレは魔法の才能は群を抜いており、魔力量も学年トップと言ってもいい。
顔は非常に良いのに隈のせいで台無しである。
ヴァンシュタイン公爵と父フィエルテの仲の良さから、幼い頃から交流のある2人。学院に入学してからも顔を合わせたら会話をする。
「はあ、で? シェリ。シェリはいいの? 殿下があのままで」
「……いいも何も。知っているでしょう? わたしが今までどれだけ殿下に嫌われていたか」
何度か同じお茶会に参加していたのだからミエーレだって知っている。何度話し掛けても嫌そうな顔を隠そうともせず、必死に気を引こうと行動するシェリを冷たく見るあの青い宝石眼を。
「今まで存在を認識しているのかも怪しかったアデリッサとあんなに仲が良いなら……ずっと婚約を解消しなかったのが不明だわ」
「疑問に思わないのか?」
「今まで水面下で絆を深めていたのを表に出してきただけでしょう」
「シェリは殿下とやり直す気はないの?」
「やり直すも何も……」
婚約解消を決意した日から今日まで。何度も予想外な事実が判明し、昨日のトドメを食らった。
やり直す……シェリが望んでも叶わない願いだ。
「やり直す……ね。わたしと殿下は何をやり直せばいいのかしら」
「いいのだけどね、おれは」
「それに、わたしと殿下の婚約は今日中に解消されるわ。今朝お父様にお願いしたの」
「そうなんだ。じゃあ、おれ立候補しようかな」
「は?」
令嬢らしからぬ間抜けな声を出してしまった。
恥じる暇も与えられず、瞬きを繰り返すシェリに不敵な色を隠さない碧眼を向けられる。
「シェリの婚約者候補に」
「ミエーレが? 今まで婚約なんて興味もなかったくせに」
「碌に知らないのと一緒にいるのは無理な気質でね」
「殆どが知らない者同士よ」
「そうだね。でもシェリはおれを知ってる。おれもシェリを知ってる。これでいいだろう」
「良くないわよ」
「そう言うなって。でも公爵も、下手に探すよりかは昔から付き合いのおれにしておけば心配はないだろう」
「どうかしらね……」
決めるのはシェリではなく、公爵である父。
シェリに気遣って無理に婿養子を探さなくていいと言ってくれた父のこと、完全に婚約解消となった今回でも同じことを言うだろう。学力も魔力も運動神経も家柄も容姿も(隈を除けば)完璧なミエーレなら父も納得しそうではある。
いつの間にか隣に座ったミエーレに違う話題を振られ、勝手に変えるなと言いたいが昔からの友人と話すのはやっぱり楽しくて。
「ふふ」
「急に笑ってどうしたの」
「いいえ、ミエーレとこうしてゆっくり一緒にいるのも久しぶりだと思っただけよ」
レーヴとアデリッサの仲を見せつけられ、傷ついた心はちょっとだけ癒えた気がした。
「……」
――カフェモカのカップ縁に口をつけるシェリを盗み見るミエーレ
(殿下とやり直す気はないの? か。もう手遅れだろうな)
“転換の魔法”を使われた時点で元に戻る可能性はほぼ不可能となった。
ただ、とミエーレは疑問を抱いていた。
(アデリッサが“転換の魔法”なんて高等魔法が使えるとは……調べる必要があるね)
18
お気に入りに追加
986
あなたにおすすめの小説
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?

【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい
綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。
そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。
気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――?
そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。
「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」
私が夫を愛するこの気持ちは偽り?
それとも……。
*全17話で完結予定。

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。

比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる