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レーヴの謎行動1

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 カフェモカを持ったシェリは裏庭を訪れた。
 ヴェルデはいなかった。毎回いるとは限らないので今日はいない日になる。
 適当な場所にハンカチを敷いて座ったシェリは、1人静かな場所で飲めるカフェモカの美味しさに安心した。

 食堂でミルティーに同席を誘われた時の衝撃と緊張は、此処にいると風化してさらさらと消えていった。
 王家主催のパーティーは明日。婚約者のレーヴが迎えに来て、入場する際はエスコートをしてくれたが明日からは1人だ。

 青みがかった銀髪によく似合う礼服を着たレーヴを間近で見るのがデビュタントが最後だと知っていたら、脳裏に焼き付くように凝視していた。
 冷めない内に飲もうとカフェモカを何口か飲んだ。香ばしいコーヒーに甘いクリームとチョコレートシロップがかかり、個人によっては非常に甘く感じる。

 時間が経ってもヴェルデが来ないのを見ると今日は別の場所で一時を過ごしているのだろう。彼がいたら丁度いい話相手になってくれたが、いないならいないでのんびりと過ごす1人の時間も悪くない。


「明日のパーティーが終わったらお父様に次の婚約について話を切り出しましょう」


 娘の我儘を叶えてくれた父を1日でも早く安心させたい。
 オーンジュ公爵家は王族に次ぐ力を持つ家。予想だがシェリの我儘がなくてもレーヴと婚約していた可能性は恐らく高かった。
 大人しく待っていたら、幸福の糸はシェリへ向いてレーヴと結ばせてくれただろうに。己の我儘が誰かを不幸にさせてしまった。

 相手が誰だろうと受け入れる所存。気持ちを切り換えようと程好く冷めたカフェモカを一気に飲み干そうとした時だった。
 乾いた靴音が響く。人気のない裏庭へ来る相手――ヴェルデだと思ったシェリは「あら、今日は遅い登場ね」とややからかった口調で話し掛けた。

 だが、待っても相手は返事をしてくれない。怪訝に思ったシェリは振り向いた。

 ――手に持っていた紙コップを落とさなかった事を誰でもいいから誉めてほしくなった。


「……レ……王子、殿下……」


 長年の癖からレーヴと呼びそうになったのを咄嗟に王子殿下と言い直した。長い睫毛に縁取られた紫水晶の瞳は大きく開いていた。
 ヴェルデだと思った相手は、明日ミルティーとの婚約が正式発表される王国の第2王子――レーヴ・クロイス本人だった。
 青みがかった銀髪は気のせいか乱れており、王族だけにしか受け継がれない特殊な宝石眼は冷徹な青でシェリを見下ろしていた。睨んでいると表現してもいい。婚約解消を決めた時から、必要最低限レーヴの前には姿を現さないでおこうと決めたのにこんな形で出会ったしまうとは……。
 この6日間――決めた日を入れて16日間――の努力が水泡に帰した。

 ハッと、なったシェリは今更ながら立ち上がって淑女の礼をしてみせた。王族への礼儀は大切だ。たとえ、平等を掲げているクロレンス王立学院内であったとしても。
 頭を下げて願う。早く何処かへ行ってくれ、と。待っても待ってもレーヴに動く気配はない。声を発する気配すらない。
 どうしたのものかと困っていると――


「……シェリ」
「!」


 反射的に顔を上げそうになったのを理性で抑えた。会いに行っても常に嫌そうな顔を向けられ続け、何を話しても呼び掛けても名前すら呼んでもらえなかった。国王夫妻や王太子夫妻に叱られても意地でもシェリと良好な関係を築こうとしなかったレーヴが初めてシェリを呼んだ。

 スカートの裾を握る手に力が入ってしまった。
 婚約が消えて呼ばれる程皮肉な事はない。
 レーヴの意図は分からないが歓喜に震える心を強制排除するべく、シェリは冷静な振りをしてこの場を乗り切る作戦に出た。


「恐れながら、王子殿下。もう、わたしとあなた様は婚約者ではありません。ミルティー様に申し訳がありませんのでこの場は失礼します」


 ――言えた……! とっても冷静に言えた……!


 声に異変もなく、態度は今までレーヴに見せてきた必死さは鳴りを潜め別人へと化したシェリを……


「……」


 青い宝石眼を見開き、茫然とするレーヴは傷付き途方に暮れた幼子な相貌を見せていた。


 ――何故……そのようなお顔をされるのですか……?


 態度から発せられ続けたシェリ大嫌いオーラを纏っていたレーヴと目の前にいる彼は同一人物なのかと疑いを抱くも、宝石眼を持つのは王族のみ。加えて、偽ることも不可能。紛れもなく本人。それが余計シェリを混乱させた。


 
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