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シェリとミルティー2
しおりを挟む「あ……」
急激に顔を赤く染め上げたミルティー。オーンジュ様、と言いたかったのにオーンジュ嬢と間違えて呼んだしまった事に対する恥ずかしさからきている。
シェリも他に空いている席はないので先程の間違えには触れず、お言葉に甘えさせてもらった。
ミルティーが座っていたのは、カウンターから離れた隅の席だった。窓側で外の光景が見られるなら、多少遠くても座りたくなる席だ。ミルティーの前に座ったシェリは、向かいに置かれている食事に眉を寄せた。
「全く、手が付けられていないようだけれど?」
折角の美味しい料理も冷めてしまえば、味も幾らか落ちる。シェリよりも早く食堂に着ていたのなら、もう食べていても可笑しくない。
緊張した面持ちで座ったミルティーは、口を開いては閉じるを何度か繰り返した後漸くナイフとフォークを持った。
長らく平民と暮らしていた少女にしては、合格点をあげてもいい動作。
が、同じく貴族として長く生活してきたシェリが見過ごせない事があった。
「もっと背筋を伸ばして座りなさい。背中が曲がった格好で食事を食べるなんて不細工、他の方は許してもわたしの目が届く内は許さなくてよ」
「あ、は、はいっ、すみません!」
「それと、すぐに謝らない。貴族がそう簡単に謝罪の言葉を言うものじゃないわ」
「はいっ」
肉を切る動作は伯爵家で培っものだろうが、姿勢というのは、その人の癖のようなものなので常に意識をしておかないとすぐに元に戻ってしまう。
言ってから内心嫌気がさした。
ミルティーに、じゃない。
自分に、だ。
我儘令嬢は他人に対しても冷たく傲慢だった。最たるがミルティーだ。【聖女】の生まれ変わりと判明し、平民から伯爵家の養女となった彼女は他の令嬢達よりかなり遅く淑女教育を受けている。一石二鳥で身に付くマナーはない。皆、幼い頃からコツコツと積み上げて今の自分を形成している。
努力しても時間の差は大きい。
入学当初、令嬢らしくないミルティーを見掛ける度にキツい言葉で注意をしてきた。
やれ走るな、簡単に感情を見せるな、大きな声を出すな、嫌味を言われたら微笑んだまま毒を多分に含んで倍にして返せ、等挙げていくとキリがない。
端から見たら公爵令嬢に目を付けられた哀れな元平民の少女。彼女に同情的な生徒は多くいる。シェリが何も言われない――陰では言っているだろうが――のはオーンジュ公爵家の娘だから、第2王子の婚約者だから。
シェリに言われた通り曲がっていた背中を真っ直ぐにして食事を始めたミルティー。自身も食べつつミルティーを盗み見た。
まだまだ指摘部分の多い動きだが真面目で努力家なミルティーのこと、後1年もすれば見違える淑女になれるだろう。
(わたしがしたのは間違いじゃなかった。これで正解だったのよ……)
心に盛大な痛みが襲ったとしても、なんの関係もないヴェルデに失恋の傷を負わせてしまっても……レーヴとミルティーは結ばれなければならない男女だ。
【聖女】の生まれ変わりであり、可憐で庇護欲をそそられながらも意思の強い金色の瞳を持つミルティーには、同性であるシェリでさえ魅力だと思える不思議な力があった。
我儘かつ、他者を下に見る傾向にあったシェリという婚約者のせいで長年苦痛の思いを強いられてきたレーヴを癒し、救ってくれるのはミルティーしかいない。
昼食の時間はあっという間に終わった。この後は、また裏庭に行く予定。トレーを持って席から立ち上がったシェリはミルティーにお礼を述べた。
「ミルティー様。誘ってくれて助かったわ。ありがとう」
「あ、はいっ!」
空いている席が見つからない自分を不憫に思って誘ってくれたのだろう。2人の間に会話はなかったが嫌な空気はなかった。寧ろ、緊張し過ぎて顔が変になっていたミルティーに指摘するか悩んだ程だ。
トレーを返却口に置いたシェリは、受付まで行ってカフェモカを注文した。フタをした紙コップを持って食堂を出て行った。
――1人、残されたミルティーはというと……
「はあ……駄目でした……」
水を飲んで深い溜め息を吐いた。
「うう……最初を失敗したせいで……」
席を探していたシェリを見つけ、普段彼女に叱られてばかりいるからちょっとでも上達している場面を見てほしかったのに。
結果は失敗してしまった。
食事中も、唐突に決まったレーヴとの婚約について聞きたい事があったのに長年彼と婚約していたシェリに聞いていいのだろうか、という葛藤が生まれ何も話せず。寧ろ、考え事が多くなって姿勢の悪さを指摘されてしまった。
「はあ~……」
何故シェリとレーヴの婚約が解消され、新たに自分と婚約が結ばれてしまったのか。【聖女】の生まれ変わりは代々王家の保護下に置くとは、養父ラビラント伯爵は言っていた。ラビラント伯爵家は建国当時からある古い家の1つで、王家に最も忠誠心が高いと有名。ラビラント伯爵家になら任せられると国王も安心してミルティーを伯爵家の養女にした。
王子と絶対に結婚しなければならないという慣例はない。
しかし王命は絶対。従わない道は、ない。
発表があるパーティーは明日。
王子の妻という大役、自分には荷が重すぎる。逃げる事も出来ない未来にミルティーは、また深く溜め息を吐いたのだった。
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