砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

文字の大きさ
上 下
8 / 13

8 放浪当主の接触

しおりを挟む
 


 夜会まで後2日――
 今日は朝からナスカと重要な会議があるからと不在なヨハン。1人部屋にいても、時間を持て余してしまうエウフェミアは書庫室から数冊の本を見繕い、ヨハンが作ってくれた第2王子妃専用の庭園で読むことにした。一面芝生に覆われ、心地好い風が吹く庭園はエウフェミアのお気に入りの場所でもある。
 芝生の上に腰を下ろし、本を横に置いた。先ずはどれを読もうか吟味していると「おや、第2王子妃殿じゃないか」と低音の美声が届いた。驚いて声のした方を見ると、長身の銀髪の男性がキリッとした深緑色の瞳をエウフェミアへ向けていた。

 エウフェミアは彼が誰だか知っていた。手の指を数える程度にしか会っていないが一度会っただけで忘れられない。
 魔王を補佐する『五大公爵家』の中で、放浪当主と名高いシャルル=オーラ=シルヴァだ。始祖の魔王の忠臣イグナイト家当主ガルディオスと同じく古参の当主。


「し、シルヴァ公爵様」


 エウフェミアは慌てて立とうとした。シルヴァは手で制した。


「畏まらなくていい。私は堅苦しいのが苦手でね。公の場じゃないから、普通にしてくれて構わない」
「は、はい」
「ヨハン殿下は?」
「ナスカ殿下と重要な会議をしていると」
「成る程。あれか」
「シルヴァ公爵様はご存知なのですか?」


 重要と付けるくらいだ。どんな議題の会議かは教えてもらえなかった。


「ある程度はね。まあ、君が心配する必要はない。あの2人に任せておきなさい」
「はい……」
「所で、ヨハン殿下がいない時はいつも此処にいるのかい?」
「はい。此処は、ヨハンが私の為に作ってくれた庭園なので」
「そうか」


 エウフェミアは密かに気になっていたことを訊ねてみた。


「あの、シルヴァ公爵様」
「何かな」
「公爵様は、その、ご結婚されないのですか?」
「う、ううむ」


『五大公爵家』の当主で唯一、独身のままなのがシルヴァ。他の4家は既に結婚し子供がいる。1400年以上生き続け、更に古参の当主と名高いシルヴァが独身の理由をエウフェミアは知らない。余程の訳があると思っていた。
 シルヴァは言い難そうに言葉を選ぶ。軈て、諦めたように口を開いた。


「なに……これについては、ずーっと前からガルディオス殿に言われ続けてはいるのだが、私は1つの場所に留まるのが苦手でね。魔界や人間界を歩き回っているのは知っているね?」
「はい」
「私は少々厄介な体質でね。ずっと1つの場所に留まっていると凄まじいストレスを感じるんだ。魔界や屋敷には間隔を開けないよう戻るようにはしているが、体質だけはどうにもならない。私が妻を娶らないのは、私の我儘に付き合わせる訳にもいかないからだよ。場所によっては危険な所もあるからね。かと言って、ずっと魔界の公爵邸で帰りを待たせる訳にもいかない」


 シャルルなりに相手を気遣って妻を娶らない。貴族の女性は、基本家にいて屋敷を切り盛りする。逆に、シャルルのように常に主が不在な屋敷ならその女性の実力を発揮する良い場面ではないだろうか。が、エウフェミアは思っても口にはしない。シャルルも恐らくそれを分かってる。
 分かってても、折角夫婦となったのだから一緒にいたいと思うもの。


「時にエウフェミア殿。君のお父上の件だがね」
「え」


 唐突に父アロンの話を切り出され目を開いた。アクアディーネ家に帰って来いと手紙を出しているのに、全く帰って来ないエウフェミアに痺れを切らして格上の相手に愚痴ったのか?
 冷や汗を流すエウフェミアにシャルルは苦笑した。


「何を想像しているが知らないが君が考えていることじゃない」
「ほ、本当ですか?」
「本当だ。私が聞きたいのは、君にアクアディーネ家に戻る意思があるかどうかだ。ああ、ずっとじゃない。一時帰宅のようなものだ」
「……」


 やはりあの手紙関連だった。
 何故シャルルが気にするのか疑問だが、帰る気のないエウフェミアは首を振った。


「……いいえ、私にとっては、お母様との思い出がある家ですが、今の私には必要のない家です。それに此処にはヨハンがいますから」
「そうか。なら、君の腹違いの妹君についてはどう思っている?」
「ティアラはとても良い子でした。彼女が本心では私をどう思っていたかは分かりませんが仲は良かったと思います」
「成る程……。いや、ありがとう。やはりこういうことは、本人の意思確認が必要だからね」
「あの、父が何か公爵様に迷惑を掛けましたか?」
「君は気にしなくていい。おや、君の迎え人が来たようだよ」
「え」


 あれ、とシャルルが指指した方向からナスカと重要会議をしていたヨハンが歩いて来ていた。エウフェミアを視界に入れると甘い美貌を蕩けんばかりに綻ばせた。
 側にシャルルがいると知ると不機嫌そうに顔を歪めた。


「どうしておじじがいる」
「なに。ちょっとした確認だよ」
「フェミーに余計な話をしたのか?」
「してないしてない。だからそう殺気立つな。そうだ、もう1つ話がある。特に君にだ、ヨハン殿下」
「なんだ」
「ナスカ殿下にも伝えておいてほしいんだが……陛下の一番お気に入りの愛人が子を孕んだ」


 魔界の王子は正妃の子であるナスカと愛人の子であるヨハンだけ。それ以降は生まれていない。魔王の一番お気に入りの愛人、というのはヨハンの母親じゃない。全く別の愛人だ。


「は……」
「まあ、だからなんだ、という話ではないが一応伝えておこうと思ってね」
「何やってんだか」
「話を先に聞いたノワール公爵が愛人を診察した。魔力の低い女の子だそうだ」
「……まあ、それなら余計な継承者争いは起きんな」
「今はナスカ殿下が立太子しているからね。余程のことが起きなければ、順当にいけば彼が次の魔王だ」


 魔王の女性好きにはほとほと困ったものだ、とシャルルは肩を竦めた。
 シャルルはエウフェミアとヨハンに一礼すると庭園を去って行った。
 後ろ姿が見えなくなるまで眺めていたエウフェミアの隣に座ったヨハンは、華奢な肩を抱いて自分に引き寄せた。動作が少々乱暴で小さく悲鳴を上げた。


「ヨハン……?」


 不安げにヨハンを見上げたエウフェミア。ヨハンは少し苛ついた紫水晶でエウフェミアを見下ろしていた。


「で、どうしてフェミーとおじじが一緒にいた?」
「本を読もうとしたら、シルヴァ公爵様が来たの」
「どんな話をした?」


 ヨハンに隠し事をして、後でバレてお仕置きされるのはエウフェミアだ。
 包み隠さず話した。
 ふむ、と顎に手を当てて思案するヨハン。


「……成る程。ってことは、イグナイトのおじじも関わって、更に始祖のじいさんが戻っている今だから……」
「……?」


 独り言を呟くヨハンを不思議そうに見上げていると、視線に気付かれ額にそっとキスを落とされた。


「フェミーは気にしなくていい」
「う、うん。あ、ナスカ殿下との会議終わったの?」
「ああ。終わって、フェミーと遊ぼうと思って此処に来た」
「あ、遊ぼうって、もうすぐ夜会だから夜以外は……」
「フェミー……フェミーとはずっと遊んでいたいんだ。俺の気持ち、分かるよな?」


 甘い声色、視線、表情。
 腰に回された手から伝わる甘い快楽。上下に撫でるように触られ、ぴくぴく体が反応してしまう。自分の体を恨めしい。
 恥ずかしげにヨハンの胸に顔を埋めたエウフェミア。それが了承の意だと知っているヨハンは、嬉々とした様子で今から貪る愛しい体を抱き上げ寝室へと向かったのだった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

処理中です...