砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

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4 弟愛の激しい王太子

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 魔界の王太子ナスカ=ローゼンベルク。
 闇を溶かした黒髪、澄んだ空色の瞳を持つ儚げな印象の美青年。長い睫毛に覆われた垂れ目な空色の瞳に見つめられるとたちまち異性は虜になる。魔性の魅力を持つのはヨハンだけではない。腹違いでありながら、よく似ている兄弟は瞳の色しか違わない。
 世襲性ではないものの、次期魔王と名高いナスカは身に膨大な魔力を秘める代わりに病弱である。幼い頃はベッドの上で過ごすのは殆どだったが、魔術の名家ノワール家の当主が開発した治癒魔術で健常者とは同じとは言えなくても、長く寝ている必要もなくなる程には良くなった。

 但し、ナスカには困った部分があった。
 それは――


「ヨーハーン――!」


 異母弟の姿を見掛けると毎回突進して抱き付こうとして、ひょいっとヨハンに避けられて地面と熱い抱擁を交わすことであった。
 元来、正妻と愛人の子というのは仲が悪くなりやすい。親同士の仲の悪さがそのまま子供達にも伝染してしまう。
 しかし、たった1人しかいない兄弟――例えそれが腹違いの弟――であってもナスカの大事な弟。
 故に、幼い頃から、ベッドから出られなくてもヨハンに対する愛情表現は変わらなかった。否、年齢が重なるにつれ過激になっていっている気がする。
 顔面からぶつかったナスカのスッと高い鼻から血が流れ出ていた。使用人達が悲鳴を上げる。


「さ、さすがヨハン、にーにーの抱擁を避けるとはっ」
「毎回避けてるだろう。何度言ったらいいんだ、会う度に飛び付いてくるな」
「冷たい! にーにーはヨハンのことを愛してるのに!」
「あーはいはい。俺も愛してるよ兄者」
「!!」


 棒読みな台詞でも、弟の口から“愛してる”の言葉が出てナスカは感激した。
 感激のあまり更に血を噴き出し、貧血になって倒れた。ナスカを追い掛けてきた従者に部屋に連れて行くよう命じたヨハンはがしがしと頭を掻いた。
 何をやっているんだ、と。


「あ~待って待って。私はヨハンに話があって探していたのだよ」
「話?」


 使用人達が運んで来た担架にナスカを乗せた。すると、布で鼻を押さえるナスカが今度の夜会のことで大事な話があると告げた。
 本当なら部屋に戻って今朝抱き潰して寝ているエウフェミアの寝顔をずっと眺めるヨハンの予定は消えた。戻ってエウフェミアが起きていたら存分に甘えると決め、タンカーの横に並んで歩いた。


「エウフェミアは夜会について何か言っていたかい?」
「なにも。俺が面倒臭いからすっぽかそうっていう話はした」
「するな。ヨハンがいないとにーにー寂しい」
「知るか。つうか、本題に入ってよ」
「ああ、うん。これはかなり前からなんだけどね、アクアディーネ侯爵がエウフェミアを返せと言ってきているんだ」
「は?」


 地獄の底を這うような恐ろしい低音がヨハンから発せられた。自分に向けられていないと知りながらも、使用人達はびくりと体を震わせた。鼻を布で押さえているナスカだけ平然とした様子だ。


「エウフェミアはもう俺の妻となっているんだぞ? それを知らないとか、頭に蛆が沸いたこと言わないよな?」
「ああ、ある意味蛆よりも質が悪い。ヨハンとエウフェミアを離縁させて、代わりに異母妹いもうとを妻にしろと私に直談判しに来た」
「……」


 エウフェミアの腹違いの妹。
 エウフェミアの話を聞く限りでは悪い娘ではなさそうだが、ヨハンにしたらエウフェミアから幸福と笑顔を奪った侯爵と女と女の娘程度の認識だ。結婚式を挙げた際、アクアディーネ侯爵家は招待しなかったので顔すら知らない。


「訳を聞くとなんてことはない。“あの子の方が王子の妻に相応しい”からだそうだ」
「聞く耳を持つ必要もない戯れ言だ」
「アクアディーネ侯爵家は、始祖の魔王の時代よりある長い家だ。そんな家が消えるのは魔界としても痛い」
「言っておくぞ兄者。俺はエウフェミアとは離縁しない。絶対に。俺の第2王子という肩書きが原因なら、いつでも捨ててやる」
「駄目! それだけは絶対駄目!! にーにーは認めませんよ!?」


 ヨハンの言葉に過剰に反応したナスカが勢いよく上体を起こすも、寝てて下さいと数人に押さえ付けられた。
 王太子の部屋に到着。中に入り、ナスカをベッドに座らせた。冷たい水を持って来た侍女からコップを受け取った。勢いよく水を飲み、横になった。
 下がれ、と使用人達を部屋から出したヨハンは椅子を重力操作で引き寄せベッドの近くに座った。


「侯爵がそう言うとことは、異母妹いもうとの方が俺の妻になりたいと望んでいるのか?」
「探りを入れているが向こうが此方に何かをしてきた訳じゃないから下手に手を出せない。侯爵に聞いてもあの子の幸せとしか言わない。ヨハンとエウフェミアの結婚式の時と違って、アクアディーネ侯爵家を招待しない訳にはいかない。夜会まで後少し。当日はエウフェミアの傍にずっといた方がいい」
「言われなくても」


 政略結婚で生まれた娘を放置し、妻が亡くなったら愛人と娘と歳が1つ違いの娘を屋敷へ連れて帰り、愛人との子を最優先の生活を強いたアランをヨハンは許しはしない。
 魔王の座も、王子の座も、執着はない。あるとしたらエウフェミアだけ。エウフェミアの幸福があれば、笑顔があれば、何もいらない。逆にそれらを得る為なら冷酷非道な真似を嬉々として引き受けよう。

 時に、と漏らしたナスカはやっと血が止まった鼻から布を離した。


「ガルディオスやシャルルが今大慌てしてるんだ。見てて面白いよ」
「何があった?」


 古参の当主と呼ばれる、1400年以上生きる『五代公爵家』の名を背負う魔族である彼等が何故? 顔に書いてるのだろう。ナスカは魔術で口の周りの血を消すとヨハンを見上げた。


「始祖の魔王が久し振りに顔を見せたからだよ」
「ああ、あの胡散臭さ満載なじいさん」
「こらこら、始祖の魔王をそう呼ばないの。魔界で最も偉大な方なんだ」
「偉大ねえ……」


 常に微笑みを浮かべ、優しげな表情をした絶世の美青年。ヨハンは1度しか会っていないので始祖の人となりは詳しく知らない。が、我儘で飽き性で――魔界で一番残酷な男。という印象である。


「始祖と今度の夜会は関係あるのか?」
「ないよ。気が向いたから帰って来たって、シャルルが疲れた顔で言っていたよ」
「年中魔界や人間界を放浪してる魔族を上回る自由人だからな」
「そうだねえ。まあ、兎に角、アクアディーネ侯爵のことは話したから、あとはヨハンとエウフェミアの判断に任せる。にーにーにしてほしいことがあったら何でも言っていいよ」


 最後、テンションの高く強調された。弟に頼られたい兄の気持ちも分からないでもない。ヨハンがエウフェミアに頼られると何を犠牲にしてでも叶えてやりたくなる。
 幾つか言葉を交わしたヨハンはエウフェミアの眠る私室に帰って行った。


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