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連載
ネルヴァ③
しおりを挟む実際、そうなのだが叱られた子供の如く体を縮こませ涙目になっているヨハネスを見ていると見目よりもずっと幼い。険しさはなくても、冷たい目でヨハネスから視線を逸らさないネルヴァからは無言の圧力を感じる。これは天界の問題、人間である自分が口出しするべきじゃないとジューリアの頭は理解しても心はそうはいかない。
ヴィルと繋いでいた手を解き、ネルヴァの側に寄ってある旨を訊ねた。
「甥っ子さんのお父さんが神様になるのを上の人達が反対していても、ヴィルの兄者の一声でどうにかなったんじゃ」
「ならないからこうなったのだよ」
「あー……」
天界を統べる頂点ともなれば、やる気だけではその座に就けない。ネルヴァやヨハネスに神の座に就くやる気がなかろうと、アンドリューが力不足でもやる気だけは人一倍あろうと、力の差を考えネルヴァかヨハネスとなってしまう。ネルヴァやヨハネスが駄目ならヴィルやイヴとなるがこの二人も神の座に全く興味がない為無理。
結局、元々の約束である神の座に就ける為の子供であるヨハネスが成長し、神の座に就けると判断したネルヴァが引退する運びとなった。
「エル君から聞いたよ。ガブリエルを天界へ押し込めたんだって」
「そうだよ」とはヴィル。違う席から椅子を引っ張り出し、ネルヴァとヨハネスの丁度真ん中に座った。
「一度ヨハネスに扉を開けさせて、あいつが油断している隙に押し込んで再び扉を閉めたんだ」
「私に天界の様子を教えてくれる主天使が伝えてくれたのだけど。独断で神の代理に就いたアンドリューが悪魔狩の再追試を正式に決定した」
「あっそ」
悪魔にとっては重大でも神族であるヴィルにとってはどうでもいい。未だ涙目なヨハネスは「僕はちゃんと嫌だって言ったよ……」と情けない声で弁解する。一度は決定を求められたものの、以前ネルヴァが悪魔狩の追試に参加した天使と強行した上位天使を黒焦げにした挙句、アンドリューに怒った。怖いネルヴァを見たくなくて再追試をヨハネスは却下していた。
「知ってる。アンドリューは、お前がいないのを良いことに自分が神であったらしたかった事を実行しているだけ。私が問題視しているのは、天界への扉が閉じられた状態で再追試をすることだよ」
「時間が経てば経つほど、天使が狩る対象は増えていくだろうね」
ネルヴァの言葉に続きをつけたヴィルの言葉にどういう意味かと訊ねる。天使はストレスや汚れに弱い。悪魔と戦えば戦うだけストレスを蓄積し、汚れを身に纏う。浄化するには天界へ帰還するしか術はない。
溜まりに溜まったストレスと汚れを放置すれば、純白の羽は黒く染まり堕天使となり、同族が敵となる。厄介なのは堕天使になると天使だった時より力が二倍になってしまう点。
ヴィルの話を聞いたジューリアは強くなってしまう事実に吃驚した。
「普通、弱くなるんじゃないの?」
「いいや。だからこそ堕天は厄介なんだ。もしも、熾天使が堕天使になってごらん、神族が出張る案件だよ」
「うわあ……今人間界にガブリエル以外の熾天使はいないんだよね?」
「いないけど、他の上位天使がいないとは限らない」
ミカエルからの連絡がすっかりと途絶えてしまい、ヴィルの方から迂闊に送れなくなっているのが現状。それについてはネルヴァが説明した。
「ああ、ミカエル君は今アンドリューの監視下に置かれているから、ヴィルに情報は流せないよ」
「おれに話がいったら、兄者にも伝わる恐れがあるからか」
「そういうこと。まあ、私の協力者の主天使には気付いていないようだけれど」
今後はネルヴァに協力している主天使からの情報が貴重となる。
「悪魔狩の再追試か……やっぱり、リゼルくんに報せないといけないな」と魔王。
「天界への扉は閉められているから、数は増えないだろうけど念の為魔界への扉も閉じておかないと」
ふと、ジューリアが天界から追加の天使が来れないなら魔界側の警戒を強くしなくても良いのでは? と問うと、魔王は悩む素振りを見せた。
「難しいね。本来の規則に則った悪魔狩なら、例年通り魔界も厳重体勢に入るのだけど、今回の再追試は天使の追加がない点を見たら君の言う通りかもしれない。ただ、何度か言っているけど人間界にいる悪魔は殆ど人間の振りをしている者達ばかりで一度天使に襲われている場面を人間に見られたら悪魔だって怪しまれる。そうならないように、早目に連絡を送って魔界へ帰還させるんだ」
勢力増加の可能性が低くとも、現状人間界にどの位までの天使がいるか把握しないと楽観視は出来ない。
「……うん。リゼルくんに報せるよ。人間界にいる悪魔を早急に調べさせて報せを届けさせる」
「やれやれ。天界に戻れたらアンドリューをお説教するのに」
「ネルヴァくんが一時的に神の座に就くのは……」
「リゼ君が魔王にならなかった時点で私のやる気は失せているのだよ」
リゼルが魔王だったら、魔界と天界を衝突させて過去に例のない全面戦争を仕掛けてやるつもりだったと語られれば、魔王は黙るしかない。似たような話を聞いたジューリアも、改めて本人の口から聞くとドン引きしかなかった。
ドン引きしているのはジューリアだけではなく、ヴィルもヨハネスも。
「ところで」とネルヴァの銀瞳がちらりとビアンカへ向けられた。ネルヴァが姿を見せた時から強い警戒心を露わにしているビアンカの肩が大きく跳ねた。
「王子様の恋人だった子じゃないか。リゼくんの報復でリシェルちゃんを売り飛ばそうとした魔族に逆に売り飛ばされたって聞いたけど?」
「ふん。貴方の甥がその魔族を殺してくれたお陰で晴れて自由の身になっただけよ」
そうなの? と言いたげに見られたヨハネスは叱られると身構えつつ、ビアンカが魔族だと気付かず、魔族だと気付いた男だけあっさりと燃やしたと話す。
その後ビアンカが魔族と気付いても、男から碌な扱いをされていなかったビアンカを助けたがっていたジューリアがどうにかするからと放置した。
「君は彼女を助けた後どうするつもりだったの?とネルヴァに問われたジューリアは「ノープランでした!」と開き直った。当時もヴィルに聞かれた際、何も浮かんでいなかった。ネルヴァに問われた今はもう開き直るのが早いと即答した。
潔い開き直りぶりに呆れるネルヴァの目が涼しい表情でいつの間にか紅茶を飲むヴィルへいった。
「ヴィルはいいの?」
「うん。ジューリアがしたいようにしたらいい」
「随分と気に入っているようだね」
「気に入ってるよ。ジューリアもおれがお気に入りなんだ」
得意気な顔をして話すヴィルを珍しいとネルヴァは銀瞳を丸くした。昔から感情を表に出さない子なのに、ジューリアの話となると豊かになる。
「ジューリアはおれの顔が好きなんだ」
「……顔?」
「うん」
「ヴィルはそれでいいの……?」
「いいよ。ジューリアの隠す気のない下心を気に入ったんだ」
「……」
三人の弟の中で一番ヴィルを可愛がっている自覚のあるネルヴァとしては、そんな理由のジューリアの側にいるヴィルが心配になるも、ヴィルも大概な理由でいるから敢えて無言になった。
「ビアンカさん! 後でまた魔法の練習に付き合って!」
「勝手にしなさい」
「うん!」
「……」
プライドが高く、他者を見下していたビアンカが人間のジューリアの魔法の練習に付き合う?
吃驚しているネルヴァが涼し気に紅茶を啜るヴィルに何故ああなったかの理由を訊くと。
「さあ? まあ、魔族にさえ同情される家庭環境を哀れに思われたんじゃない?」
「それだ、ヴィル。あの子は『異邦人』なんだろう? 何故不幸か解る?」
「一つ言えるとしたら、前世のジューリアの肉体が完全に死んでないからだろうね」
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