まあ、いいか

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ネルヴァ①

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 朝日が気持ちよく地上を照らす空の下、一台の馬車が帝都へ近付いていた。馬車の中では、愛らしい少女の琥珀色の髪を得意気に結い、頭にリボンを男が結んでいた。頬に掛かった流麗な銀糸を耳に掛けた男——ネルヴァは「もうすぐ帝都に着くよ」と少女——リシェルに声を掛けた。


「ネロさんの弟さんと甥っ子さんがいるんだよね」
「エル君もいるね」
「え」


 ネルヴァの言うエル君が魔界の王エルネストだと知るリシェルは怪訝な声を出した。彼の弟と甥っ子は彼と同じ神族であり、更に甥っ子は現神の座に就く。
 天界の神と魔界の王が一緒にいてもいいの……? と不安になるも、自分もあまり人の事が言えないと思い出しそれ以上は言わなかった。

 詳しい事情を聞かされていないリシェルは、気になってネルヴァに訊ねるが曖昧にはぐらかされてしまう。頬を膨らませて拗ねて見せてもご機嫌を取られるだけで肝心の話はしてくれない。


「一つだけ言えるとしたら、私の弟の側に面白い人間の女の子がいるんだ」
「人間の女の子?」
「そう。多分、リゼ君やエル君でも会った事のない珍しい人間だよ」
「どんな風に珍しいの?」
「滅多に生まれないけど、必ず幸せになれる人間だよ。ただ……どうも弟やエル君からの話を聞いていると違うのだよねえ……」
「?」


 そっぽを向いて独り言を喋るネルヴァが何を言っているか気になりつつも、新しい街への期待を膨らませるリシェルであるが。

  

 ●



「ふむ……」


 街で人気なカフェで外のテーブル席に座って頭を悩ませるのはエルネスト。目の前でパンケーキ五人前を美味しそうに食べるヨハネスを見て初めは引いていたものの、数分で見慣れてしまい、ジュースの追加注文をされても気にしなかった。息子ノアールへの誕生日プレゼントとして贈りたかった天使の祝福が掛けられたブルーダイヤモンドは、先日皇后主催のパーティーに参加したヴィルとヨハネスが確認した際、祝福の力が空っぽと判明した。

 可能性としては誰かが奪ったことになる。相手は相当な魔法の使い手。探すにしても痕跡が一切残されておらず、手掛かりがない為見つけ出すのは非常に難しい。
 ブルーダイヤモンド以外でノアールへの誕生日プレゼントを見つけないといけない。まだ少し猶予があるとは言え、のんびりしていられない。

 ……のだが。


「あら、大分水平に浮かせられるようになったわね」
「ほんとですか!? やったよ、ヴィル! 褒められた!」
「褒めてないわよ! それしきのことで喜ばないで!」


 隣のテーブル席では、人間の女の子ジューリアにビアンカが魔法の指導をしていた。
 生まれながらに恵まれた魔力を持つものの、特異体質であったことから魔力の流れが上手く作られず、魔法もジューリアの生家ならではの癒しの能力も使えない無能の烙印を押された。

 先日のパーティーの翌日から、何故かビアンカがジューリアに魔法を教える側に立った。ヴィルが教えていたそうだが神族と人間では扱う力が違う。ごく簡単な魔法か魔力操作しか教えていなかった。
 但し、魔族と人間は魔力を使うという点においては同じ。魔力量の高い魔族ならではの魔法はあるものの、人間が使える魔法もある。それを聞いたジューリアがビアンカに魔法を教えてほしいと頼んだのだ。

 魔界の公爵令嬢としてのプライドは失われていない。以前のビアンカなら即断っていた。

 しかし——。


『……いいわよ。どうせ、人間界にいてもすることがないから。わたくしの暇潰しとして魔法を教えてあげる』
『ほんと!? ありがとうビアンカさん! やったよヴィル!』
『良かったねジューリア』


 あくまで自分の為と強調していたビアンカだが、純粋に喜ばれて満更でもない様子だった。美女に魔法を教えてもらえるとヴィルに喜びを露わにしているジューリアを見てエルネストが呆れてしまった。
 どうもジューリアは美男美女に目がない。特にヴィルはジューリア一番のお気に入り。他に好みの美形や美女、美少年や美少女に会ってもジューリアの中の一番はヴィルのままだと胸を張って言っていた。

 ヴィルはその言葉を疑う様子もなく、ビアンカのように満更でもなさそうな笑みを浮かべて見せた。


 ——ノアールやリシェルちゃんもあんな風に仲良くしていたな……


 幼い頃の二人の光景と今のジューリアとヴィルの光景は酷似している。ただ、ジューリアとヴィルはきっとノアールとリシェルのようにはならない気がする。
 リシェルの一番ではなかったから気持ちを拗らせてしまったノアールは、リシェルにフラれた今でも好意を捨てられないでいる。リシェルの方はノアールを子供の頃の恋として昇華した。一番の理由は側にネルヴァがいるからだろう。

 ジューリアの好みが現れようと一番から下がる事はないという絶対の自信を持つヴィル。いくら考えてもジューリアとヴィルの二人はノアールやリシェルにはならない。


「あ」


 ハンカチの浮遊練習を中断し、体力補給の名目でデザートを食べようと呼び鈴を持ったジューリアの視線が道へ釘付けとなった。気になって他も視線の先を辿るとそこには両親と幼い男の子と女の子がいた。男の子が自分よりも小さな女の子と手を繋いで両親の後を歩いている。


「……いいなあ……」


 ぽつりと零れたジューリアの声色は、視線の先にいる兄妹を心底羨ましがっていた。
 前世樹里亜だった時とジューリアである今。どちらの生にも兄はいるのに、まともな思い出がない。


「そういえば貴女、前世があったのよね。兄君がいたの?」
「上に二人。でも、どっちも兄だなんて思ってない。向こうも私を妹だって思ってないよ」


 前世の父や兄達にとって樹里亜は愛する妻、母を殺して生まれた憎き娘なのだから。


「お母さんを殺して生まれた私が嫌いなら、祖父母の家に養子でもなんなり出せば良かったのに。世間体がーとか、何とか自分の顔ばかり気にした父親のせいで散々な人生だった」
「人間って愚かね。それとも貴女の前世の家族が愚かなのか」
「そうかもしれない。上二人に虐待されようが置き去りにされようがあの父親に訴えても私が悪いで終わりだった。今となっては、生まれ変わって清々してる。二度と見たくもない顔だから」


 その代わり、友人の小菊やおじさんおばさん、小菊のお兄さん、両家の祖父母に会えないのが悲しい。

 今の家族はジューリアが魔法を使えるようになったと言えば、きっと泣いて喜んでジューリアを家族として受け入れ、今までの行いを謝罪する。メイリンは例外として。

 絶対にごめんだと決めているジューリアは、今後も報せる気は一切ない。

 呼び鈴を持ち上げ音を鳴らした直後、風が吹いてハンカチを飛ばされた。


「うわ……ヴィル、給仕が来たらパンケーキを二枚頼んで。トッピングはミックスベリージャムと生クリームね」
「はいはい」


 注文内容をヴィルに託し、呼び鈴をテーブルに置いたジューリアは席を降りてハンカチを拾いに行った。幸い人や馬車が通る気配はなく、ゆっくりとハンカチを拾い、砂埃を払ってスカートのポケットに仕舞った。

 早く戻ろうと足を上げた瞬間、突然体が浮いた。


「え? ええ?」


 思ってもみない事態に忙しなく首を左右に動かし焦りを出すと誰かに体を抱き上げられた。体を反転させられたジューリアが見たのは——大人のヴィル。


「ヴィル…………な訳ないか」


 今のヴィルは子供。大人のヴィルを知っているが抱き上げている男性より気だるげにしていた。


「君がヴィルのお気に入りの女の子?」


 声も似ているがヴィルの方が低く色気が濃い。


 ヴィルに似た男性ということは、つまり——


「……ヴィルの兄者!?」



  
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