まあ、いいか

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意味不明な第2皇子

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 今のジューリオの服装はなるほど、茶会の場に出席するに相応しい皇子の服装だ。この日の為にドレスを準備したジューリアが隣に立っても何ら遜色はない。内心早くヴィルとヨハネスが来てくれないかと愚痴を零しているとジューリオに呼ばれた。


「お前はどうして頑なに公爵夫人達を許そうと思わないんだ」
「逆に聞きますけど、殿下は同じ仕打ちを受けて謝られただけで許すのですか?」
「それは……」


 自身の立場に置き換えて考えると誰も許す、という選択肢は無くなる。ジューリアにだけ、許すことを強要する。


「貴方もあの人達も同じですね。自分が同じ立場になったら絶対に許さないくせに、対象が私になると許せと強要するのですね」
「……」
「話を変えますけど殿下、皇帝陛下を納得させるのにピッタリな相手がいますよ」


 それはジューリアの妹メイリン。将来、癒しの女神になると期待されている次女。噂では婚約相手が決まっているとジューリオも聞いているらしく、事実だがと前置きしてジューリアは続けた。


「婚約者にと決められたのは私やメイリンにとって親戚に当たりますがメイリンは殿下を慕っています。殿下が強く求めれば、婚約の変更は可能かと」
「お前は……いや、いい。そんな事をしたら、メイリン嬢の婚約者に失礼ではないか」
「いいえ。彼は他に好きな女性がいると私に話してくれましたよ。ただ、両親から決まったと言われたから諦めているとも」


 実際に婚約が変更になってもフランシスは落ち込まず、寧ろ、片思いしている王女にアプローチする良いきっかけとなる。帝国でも有数の貴族家であるシルベスター侯爵家の跡取りの妻となるなら、王国も王女を嫁入りさせる候補として挙げてくれるだろう。


「……お前は僕を何とも思わないのか?」
「全く」
「……」


 今更何を聞くのかと身構えるも、一切気にならないと一言で告げると翡翠の宝石眼に昏い翳りが浮かんだ。気のせいか、と思うも翳りが浮かんだままジューリオは更に続けた。


「メイリン嬢は将来癒しの女神となって、お前よりも美しく帝国にとって大事な女性となるだろう」
「そうですね」
「皇子である僕と婚約が無くなれば、魔法の使えないお前の居場所はなくなるんだぞ」
「結構ですよ。貴方もフローラリア家も皆――大嫌いなので、こっちから無くしてくれと言いますよ」


 拒絶して拒絶して、手を伸ばしても拒絶し続けたのは何時だってフローラリア家だ。もう期待しないと決めた瞬間からジューリアにとっては不要。目の前にいるジューリオも然り。初対面の時点でそれなりの態度を取ってくれていたら、ジューリアだってそれなりの態度を見せていたが最初から拒絶したのはジューリオ。なら、ジューリアも敵と判断し、ジューリオは要らなくなる。

 真正面から大嫌いだと言われ、増々瞳の翳りが濃くなった。何だか嫌な予感を抱いたジューリアだがこの場から逃げるという選択肢は浮かばなかった。

「……なんで、お前は――」とジューリオが言い掛けた時、ジューリアを呼ぶヴィルの声がした。勢いよく後ろを振り向くと純白の正装に身を包んだヴィルと窮屈そうに顔を歪めているヨハネスがいた。
「あ……」とジューリオが呆然としている内にジューリアはヴィルの許へ急いだ。側に来ると「ヴィル!」と青緑の瞳を輝かせヴィルの手を握った。


「とても素敵! 何だか王子様みたい」
「どうも。なんなら、本物の王子様になってあげようか?」


 ジューリア限定の王子様に。


「ふふ。良いかもしれない。でも、私にとっての王子様はヴィルよ」


 まだ会って日も浅い。
『異邦人』が珍しいからという理由だけで子供の姿になっても助けてくれるヴィルは、とっくの前からジューリアにとっては王子様で。
 銀瞳を丸くするも、すぐに柔らかく細め「そっか」と笑みを浮かべたヴィルは心なしか安堵しているように見える。

 ヴィルの瞳がジューリオに向けられた。そういえば居たなと忘れかけていたジューリアもジューリオに向いて――ギョッとした。何故か、途轍もないショックを受けた面持ちをしていて涙目になっている。全く好きでもない相手でも異変が起きると心配になる。恐る恐る殿下と呼ぶも、そのままの状態で踵を返し、多分お茶会の会場まで行ってしまった。


「どうしたんだろう」
「さあ」
「……あのさあ」


 呆れ果てた声色でヨハネスからジューリアのせいでは、と指摘を受けた。ジューリオの事は一つも話題に出していないと反論するが。


「さっきの叔父さんに言った台詞が原因じゃない?」
「さっきの?」


 思い当たるのは“私にとっての王子様はヴィルよ”という言葉。


「これで?」
「それしか考えられないよ。あの皇子様、意外と君に気があるよ」
「絶対有り得ない」
「まあ、僕にとってはどうでもいいけど」


 心底どうでも良さげに紡ぐと「それより!」と急に声を大きくしだした。


「うるさいよ、ヨハネス」
「僕もうお腹減った! お茶会するって聞いたから、今日の朝食は少なめにしたんだよ」
「どこがだよ」


 曰く、今朝のメニューは1人でパンケーキを5枚沢山のトッピング付きで完食したらしい。甘党のジューリアでも余程お腹を減らしていないとパンケーキ5枚はお腹に入らない。細身なのにかなりの大食いであるヨハネス。今日のお茶会で出されるスイーツやお茶が余程楽しみなんだろう。早く行こうとヨハネスに急かされ、ジューリアとヴィルも会場へ向かった。


「ところで神官様は? 同行していないの?」
「断った。一応、城に入る時は一緒にしたけど」


 同行しているものとばかり思っていた神官が不在の理由を知れて少し急ごうとヴィルやヨハネスを急かした。



 ――会場に到着すると既に招待客で賑わっており、ジューリア達は最後の方だろうと予想される。今回は第2皇子と歳の近い令嬢令息を集めている為、子供がメインとなる。出入口を警護している騎士にジューリア=フローラリアと名乗り、2人の天使様をお連れしたと告げると急ぎ会場内へ走って行った。
 騎士に連れられて来たのは皇后アナスタシア=イストワールと先程まで会っていたジューリオだ。かなり暗い表情をしているから、原因はヨハネスが言ったジューリアの発言のせいなのかと気にしてしまう。


「ようこそいらっしゃいました。ジューリア嬢、天使様方。ジューリア嬢、天使様方の案内ありがとう」


 ここは穏便に、穏便にと心掛け皇后に形式的な礼を執る。一応及第点は得たらしく、嫌味はなく、フローラリアの面々がいる方を教えられた。先にマリアージュとメイリン、グラースが来てジューリアの姿だけがなく迷子になったのかと心配したと話される。全く心配していた声色ではないが礼儀的に謝った。
 ジューリオの表情は暗いまま。ジューリアの王子様発言が理由にしても、ずっと落ち込む程の影響力があるとは思えない。嫌っている相手に私の王子様と言われて喜ぶ質でもない。意味不明な皇子様だと内心嘆息し、ヴィルとヨハネスを特等席へ案内しようとする皇后にヴィルが条件を付けた。


「ジューリアも同席させて」
「え、ですがジューリア嬢は……」
「ジューリアが同席してくれるなら、茶会が終わるまでいてやってもいいけど。どうする」
「……分かりました。ジューリア嬢も此方へ」


 一瞬、口が引き攣るも即座に切り替えジューリアにも人当たりの良い笑みを見せた皇后。寒気がするわ、と若干身震いを起こしながらもヴィルに手を引かれて皇后に付いて行った。

 ……後ろから鋭い視線を貰っているのは気のせいだろう。特等席に近付くにつれ視線が強くなっていく。

 皇后に案内されたのは他のテーブルより大きく、元から豪華なのに更にお金を掛けて作ったと思われるスイーツの数々。帝国は神の祝福を受けて守られている。天使へのもてなしは最高級以上を目指さないとならない。給仕に引かれた椅子にそれぞれ座ると淹れたての紅茶が置かれた。

 既に食べたそうにしているヨハネスに呆れの眼をやるヴィルは、ふう、と溜め息を吐くとティーカップを持ち上げた。ヨハネスもヴィルの行動に倣ってティーカップを持ち上げた。ジューリアも同じ。
 香りから既に品質の良さが違うと判断させられる紅茶に期待を寄せ、一口飲んだ。口内に広がる香ばしい紅茶の味と濃さに感動していると、早速スイーツに手を伸ばしクッキーを食べたヨハネスに苦笑した。隣のヴィルは呆れているが静かに紅茶を飲んでいる。

 ヴィルが言わないのなら、ジューリアも何も言わない。


「人間の作る紅茶ってかなり美味しいんだね。気に入った」
「それは良う御座いました。天使様がご出席なさると聞いて最上級の中でも、一際品質に拘った紅茶とスイーツをご用意しました。本日は存分に楽しんで下さいませ」
「ああ。後日、この国に祝福を授けてもらえるよう神に進言しておくよ」
「あ、ありがとうございます!」


 神から人間への祝福は決まった時にしか授けられない。それ以外でとなるのは非常に稀だ。祝福を授ける神は天使の振りをして人間が作るスイーツや紅茶に夢中で全然話を聞いていない。また呆れるヴィルだが、出された紅茶の美味しさには驚いており、紅茶だけを先に飲み干してしまった。すぐに給仕がお代わりの紅茶を注ぐ。


 ――スイーツは……甥っ子さんにあげよう。


 ヴィル達用に準備されたスイーツはとても気になるが夢中になって味わうヨハネスの邪魔をしないでおこうとジューリアも紅茶だけを飲み続けた。

 皇后が去り、他の招待客の対応に回り始めるとヴィルは漸くティーカップを置いた。


「はあ。すごい視線の数」
「神官以外の人が天使を見るのは滅多にないからね」
「だろうね。……あ」


 ある方向を見て声を上げたヴィルに釣られ、ジューリアも気になり同じ方向を見る。そこにはジューリオに必死に話し掛けるメイリンがいた。落ち込んで暗い表情のジューリオだったが、メイリンに話し掛けられている内に幾分か明るさを取り戻しつつあった。


「うん」
「どうしたの?」
「メイリンと殿下がすごくお似合いだなって」
「ジューリアにはそう見える?」
「ヴィルの目には見えない?」
「さあ。どうでもいい」
「もう」


 ――ジューリアの見ている相手が俺だけだから、気にするだけ無駄だ。


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