まあ、いいか

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憂鬱

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 今日は年に何度かある憂鬱な日。以前、マダム・ビビアンに伝えた通りのドレスが届いて良かったものの、そのドレスを着て今から城に向かわねばならないのが嫌で仕方ない。今日は皇后主催のお茶会。ジューリオに参加すると伝えてしまっている為、不参加は出来ない。
 ジューリアよりもヨハネスの方が参加に乗り気な為余計に。人間が食べるお菓子に大層興味を持ち、毎日教会で出される食事やお菓子を楽しみにしている。街へ出掛ける時は必ず付いて来る。寝ていても途中で起きて追い掛けて来る。ヨハネスにはヴィル専用のセンサーでも付いているのかと訊ねたくらいだ。

 ドレスがフローラリア家に届いた時、ドレスだけ回収して帰るつもりだったが着付けは此処でするようにとシメオンやマリアージュからしつこい程言われ、かなり渋々受け入れた。向かう時は別にするからまあ、いいかと考えたジューリアは甘かった。
 ドレスの着付けが終わり、今から出発するとなった時、ジューリアも同じ馬車に乗せられた。暴れて抵抗しようにもドレスで動きづらく、一緒に戻ったケイティにも諭され相当渋々大人しくした。向かいにはグラースとメイリン。ジューリアの隣にはマリアージュ。何この図、と内心ぼやきつつ、目の前に座るグラースとメイリンを見た。
 メイリンは皇族——特にジューリオに会うのだからと気合を入れたのだろう。髪を緩やかに巻いて癖を作り、瞳と同じ青いドレスとリボンが程好く付いたデザインは誰が何と言おうとメイリンに似合っている。フローラリア家にとって青は癒しの能力の強さを表す。将来癒しの女神と期待されるメイリンの瞳はマリアージュよりも濃い青だ。グラースも己の瞳である紫のネクタイを締め、きっちりと正装に身を包んでいる。二人とも、見目だけは良い。内心男前と毒づくシメオンと美女と名高いマリアージュの子なのだから当然。


「ジューリア」


 早く城に着いてくれないかと考えているとマリアージュに呼ばれる。


「やっぱり、もっと可愛らしいドレスにしてもらえば良かったわね。お茶会が終わったら、またマダムを……」
「必要ありません。お茶会が終わったらすぐにでも戻るので」
「……」


 どうにかして屋敷に戻ってきてほしいのだろうがジューリアとしては断固お断りである。家に戻る気等、更々ない。誰に何と言われようと。

 隣から漂う落ち込んだ空気が嫌になる。前方からも鋭い視線を受ける。小さく溜め息を吐く。好き好んでフローラリア家の馬車に乗っていない。


「もう! どうしてお姉様を乗せたのですか! お姉様がいたら空気が悪くなるのに!」


 メイリンの言いたい事はよく分かる。文句を言うくらいなら、最初の時にこそ言ってほしかった。


「メイリン! なんてことを言うの!」
「良いのではないですか? 事実ですから」
「……」


 マリアージュがメイリンを叱ろうと事実は事実。淡々とした口調のジューリアにぐっと口を閉ざし、マリアージュは俯いてしまう。グラースが何かを言い掛ける気配を察知した。


「そこの人も黙っていた方がこれ以上空気が悪くなる事はないですよ?」
「……そこの人というのは僕の事か?」
「貴方以外いないですよ」
「っ、僕は——」
「貴方の妹は一人。メイリンだけです。お互いがお互いを兄妹だなんて思っていないのですから、一々兄だとか言わなくて良いですよ」


 グラースはきっと僕はお前の兄だ、と言いたかったのだろう。言われる前に先制した。言葉を抑え、黙り込んだグラースの様子から予感は的中。瞳が潤んでいた。泣きそうになるのを堪え、俯き肩を震わせるグラース。


「ジュ、ジューリア……なんてことを……っ」


 顔を青褪めたマリアージュに責められようが、容赦が無さすぎる言葉にメイリンまでも涙目になっていた。自分が悪いような空気が漂い始めるが、家族と一切やり直す気のないジューリアは見て見ぬ振りを続けた。

  
 馬車が城に到着した。御者が扉を開けると一早く降りて馬車を離れた。後ろからマリアージュが何かを言っているが気にしない。
 前日、開催時間に少し遅れるかもしれないとは言われていたので、教会の馬車が見当たらないのはまだ来ていないからで。


「ヴィル達が来るまでどこかで待ってようかな」


 フローラリア家と入場するのは何だか嫌。
 ふう、と溜め息を吐いた時。後ろから誰かに腕を掴まれた。どうせグラースかマリアージュだろうとうんざりしながら振り向くと、予想した相手と違っていたが違いはない。

 相手——ジューリオは不機嫌さを隠さずにジューリアを睨みつけていた。


「公爵夫人がお前を呼んでいたぞ」
「知ってますよ」
「……」


 ジューリオが掴んでいた腕を離した。てっきり責められるものやと身構えたのに。


「天使様達は?」
「少し遅れて来るって言ってました」
「そうか」


 微かに安堵から、ヴィルやヨハネスが来るか不安だったのだ。

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