まあ、いいか

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茶会前の修羅場⑤

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 ガブリエルという脅威を退けると周囲に展開されていた結界が砕けた。周囲に元からいた人々の時間は結界が解けたと同時に動き出し、先程までそこで厄介事が起きていたとを知らない。結界が解けたという事は、完全にガブリエルを天界へ押し込められた。
 また体から力が抜け、今度は地面に倒れそうになるとヴィルに支えられる。


「ありがとう」
「どういたしまして」
「魔王さんがいなくても何とかなったね」
「子供騙しがあいつに通用して良かったよ。もし駄目だったら最悪だった」
「あはは……」


 ヴィルが疲れたように言うのも頷ける。神力の波を見極め、最も高い時を狙ってガブリエルに当てなければ勝ち目はなかった。運が良いとはこの事。地面に座り込むジューリア達を怪訝に見る目が増えてきた。「立てる?」とヴィルに手を差し出され、その手を握って立ったジューリアはいつの間にか椅子に座っていたビアンカと離れた席に座ってテーブルに突っ伏しているヨハネスに苦笑した。さっきまでぎゃあぎゃあ言い合いをしていた二人も、結界が解かれると大人しくなったわけだ。


「そうだ、ヴィル、怪我はない?」
「俺はないよ。ジューリアは?」
「私も。熾天使を撃退したのは良いけど、また別の熾天使が来たりしない?」


 これについては天界にガブリエル以外の熾天使がいるかどうかになる。ただ、確率的に低いとヴィルは言う。


「熾天使は神族を守る番人のようなもの。そんなのがほいほいと人間界には降りない」


 ガブリエルの場合は人間界で聖女選定の儀に参加する為に降り立っただけ。恐らく他の熾天使は天界にいるだろうと言うのがヴィルの見解。


「叔父さあん……」


 気の抜けた声がヴィルを呼ぶ。発生源はヨハネス。なんだよ、と言いたげな目でヨハネスを見たヴィル。


「緊張が抜けたらお腹空いた……」
「教会に戻って神官に何か作ってもらえば」
「今食べたい」
「自分で払えよ」
「僕人間のお金なんて持ってないよ」


 盛大に溜め息を吐いたヴィルだが、ずっと天界暮らしで一度も人間界に降り立った事のないヨハネスが持っていたら、それはそれでおかしいかと納得し。仕方ないとばかりにヨハネスと同じテーブルに座り、通りかかった給仕にメニュー表を運ばせた。ジューリアはビアンカがいるテーブルに座った。


「ビアンカさんも一緒に食べよう!」
「好きにしなさい」


 そう言われると思ってジューリアはヴィルのところからメニュー表を借り、テーブルに広げてビアンカにも見せた。


「疲れたから甘い物が良いかも。あ、ミルクティとケーキにしよ。ビアンカさんは何にしますか?」
「わたくしもミルクティをもらうわ。ケーキはいらない」
「はーい。あ、すみません」


 給仕を呼んでミルクティを二つとチョコレートケーキ・苺タルトを頼んだ。ケーキが二つなのは、魔力を多量に消耗して体が糖分を欲しているからだ。
 注文した品が来るのを待つ間、ビアンカに話を振られた。


「魔法が使えないって貴女言っていたわね?」
「うん」
「さっき、使っていたように見えるけど?」


 さっき、とはガブリエルからの攻撃を防いだ時だろう。


「あの時は無我夢中だったから……でも、魔力を操作コントロール出来るようになったから、魔法もどんどん習得できるよ」
「魔力の操作コントロールができなかったの?」
「うん。だけどヴィルが使えるようにしてくれたの」


 七歳の時の魔力判定で膨大な魔力を持っても、それを扱う術を持たないせいでフローラリア家の無能、欠陥扱いをされ、更に家族からの冷遇が始まり屋敷に仕える者達からも虐げられた。最近になって家族が構いだしたのは、家庭教師や専属侍女から受けていた仕打ち、ジューリアだけ部屋の結界を薄くされていた件、他にも事情を話すと同情を込められた紫水晶を向けられた。


「貴女……いえ、貴女の家族、人間にしてはかなり薄情なのね」


 ビアンカからすると人間は情に絆されやすく、そこを悪魔が狙って食われるという印象が強いらしく、仮令魔力しか取り柄がなかろうと家族の一員であるジューリアに無関心になられる程冷遇するフローラリア家が理解出来ないと首を振った。


「悪魔もそうなのでは?」
「そうね。悪魔……とりわけ魔族は魔力至上主義だから、魔力量が低いと侮られる。でも……」


 寂しげに伏せられた紫水晶の瞳がどこか懐かしそうにジューリアを見ていた。ビアンカが語ったのは弟の話。歳が離れ、生まれつき体が弱い弟をビアンカを始めとした家族は皆大事にしていた。特にビアンカは弟が大好きで、弟もビアンカには殊更懐いていた。だが、その弟ももういない。ビアンカを除いた一族は皆殺された。
 リゼル=ベルンシュタインという高位魔族によって。ヴィル曰く、ジューリアが好きそうな顔をした美貌の男性。
 ビアンカの話を聞いていると自分の家族運が無さ過ぎてへこたれるジューリア。前世も今世も家族という存在に縁がない。「前世?」と首を傾げられたので、自分が前世の記憶を持つ異邦人で魔法が使えなかったのも異邦人ならではの性質だったからと説明。前世での家族についても訊ねられたので正直に話した。

 話し終えると同情の念が強くなった。


「貴女って……よっぽど運がないのね」
「自分でもそう思います」
「前世の家族を恨んではいないの?」
「二度と会わなくて良いと思うので清々します。ただ……友達に会えないのが痛いなって」
「そう」


 空を見上げ小菊は何をしているのかと思いを馳せる。馬鹿次兄に川に突き飛ばされていなかったら、小菊と同じ大学に通って同じ家に住んで楽しい生活を送っていた。高校卒業後は家を出て行けと告げた父親の顔が忘れられない。樹里亜が嫌がるときっと思っていたのだろうが、実際には歓喜して呆気に取られていた。父親の愛を求め泣いた幼い子供はもう何処を探してもいない。

 会える手段があるのなら、また会いたい。空を見上げながらジューリアは願う。

 注文した品をテーブルに突っ伏して待つヨハネスを注意しながらも体を起こす気がないのを知っているヴィルは家族について話すジューリアを一瞥した。落ち着いた今、またジューリアの前世の家族について探った。
 純銀の瞳にだけ映る光景には、ジューリアの前世の家族だろうか、若い男が老女に縋りつくが顔に平手打ちを食らって憤怒の面を向けられていた。


『どの面下げて来たんだい! この、人殺し!』
『ち、ちがっ、違うんだよ祖母ちゃん! 俺は樹里亜を殺す気なんて全く無かった! あいつが勝手に川に落ちたんだ!』
『人を殺す奴は皆そう言うんだい! 殺す気はなかったとね! 散々じゅりちゃんを嫌っていたくせに何が殺意がないだ、悪戯だこのろくでなし!』


 さあ帰れ、と祖母に白い粉を撒かれてもジューリアの前世の兄は離れず、それどころか床に座り額を擦り付けた。


『お願いだよ祖母ちゃん、俺の話を聞いてくれ! 父さんが俺に大学を中退しろって言うんだ! こんなの可笑しいだろう!?』


 だいがく? と内心首を傾げるヴィルだが、二人の会話から学校の事だと判断した。祖母は孫の言葉を鼻で笑い、お前の父親は世間体が一番大事だからと吐き捨て孫を叩き出した。扉が閉められてもずっと祖母を呼び続ける孫。基、ジューリアの前世の兄。
 一度見れるようになるとコツを掴み、神力の波次第で長く見られるようになった。前世のジューリアは辛うじて息をしているとは言え、周囲……元家族はかなり悲惨な目に遭っていそうだ。兄が二人いると言っていたから、もう一人も碌な目に遭っていないだろう。

 父や兄達には愛されていなくても、周囲には愛されていた。ジューリアもそれをよく知っていた。世間体が何かは大体分かる。どこの世界でも世間の目を気にするのは同じなのだ。

 ガブリエルを天界へ押し込めた今、次の脅威はすぐには来ない。が、どうも嫌な予感がするのはどうしてか。


「まだ!? お腹空いてるのに!」
「うるさい」

 テーブルにまだ突っ伏しておけと急に起き上がって文句を叫ぶヨハネスの頭に拳を落としたヴィルだった。

  
 一方、その頃。人間界で熾天使がヨハネスを強制帰還させるべくジューリア達の前に姿を現したと知らない魔王——エルネスト——は魔界に一時帰還していた。理由はリゼルからの呼び出し。魔王の決裁が必要な案件が発生した為だ。すぐに熾天使が来るとは思っていないのでいなくても大丈夫だろうとリゼルの呼び出しを受けた。魔界に戻ると早速とばかりに、魔王ではないと処理が不可能な書類を幾つか渡された。

 一枚一枚内容を確認し、ふう、と息を吐いた。


「思っていたより多いな。こんなにも期限切れがいたなんて」
「人間界に戻りたいなら、さっさと判を押せ」
「うん。なるべく早く戻ってあげたいんだ」
「どこの世界の神が熾天使の撃退を頼むんだ」
「うん……さすがネルヴァくんの甥っ子って感じ、かな」
「はあ」


  
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