まあ、いいか

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 未だ人間界へ続く扉の開門の気配は見られない。人間界にいる天使の内に熾天使がいたのは不幸中の幸いと考えるのはアンドリュー達で。不幸中の不幸だと嘆くのはミカエルだけ。
 嘗て熾天使の中でも積極的に幼いヴィルを痛めつけたガブリエルは、命令とあらば例え現神であるヨハネスだろうと容赦はしない。側に子供になったヴィルがいても同じ。


「どうにかしなくては」


 ミカエルは使える手段を用いてヨハネスやヴィルを守りたいが、現状連絡をヴィルに送るのが精一杯。こっそりとヴィルから送られた連絡に度肝を抜かれた。なんとヴィル達がいる帝国に魔界の王が人間の振りをして滞在しているのだ。何をしに人間界へ、と憤慨するも現魔王は人間に危害を加える男じゃないと昔ネルヴァに聞かされた。見た目が羊みたいにぽやぽやしている軟弱男だが、その内面は極端に冷え切っているとも聞かされた。
 ネルヴァの弟で且つ、人間界へは息子のプレゼントを探しに来ただけで人間に危害を加える気は一切ないから大丈夫だとヴィルの伝言にはあった。

 魔族を信頼するつもりはないがあの魔王だと何故か信じられる。若い頃の自分なら今すぐにヴィルやヨハネスを保護しないと、と大慌てするだろうが歳を重ねた分判断力がつきあの魔王なら大丈夫だと納得させた。

 天界に残るしかないミカエルがするのはアンドリューの頭を冷やすこと。熾天使ガブリエルがいると聞き、ヨハネスを連れ戻すのも時間の問題だと安心するアンドリューにせめてヨハネスが怪我をしないよう慎重に連れて戻れとガブリエルに命令を下させるのが役割だ。多少怪我を負わせてもいいとガブリエルは既に命じられている。命令の変更をアンドリューに求める。
 ミカエルはアンドリューのいる執務室を訪れた。いなくなったヨハネスの代わりに神の席に座るアンドリューは、生き生きとして書類の決裁に追われていた。次々に運ばれる書類の山に嫌な顔一つもせず、一枚一枚内容を確認後判を押していき、不備があれば返していた。


「なんですかミカエル」


 扉付近で立ったままでいると顔を上げもせずアンドリューに要件を訊ねられる。


「随分と張り切っていますね、アンドリュー様」
「ヨハネスがいない分、私が代理をしないでどうしますか」
「そのヨハネス様を連れ戻す件ですが。どうか、今一度考え直して頂きたい。ガブリエル様への命令を変えて頂きたいのです」
「多少手荒な真似をしないとヨハネスも理解しない。一度怪我を負ったくらいで神族は死にませんよ。ヴィルの時に分かっているでしょう」


 痛い目に遭えば二度も同じ真似はしないと言い切るアンドリューの言い分も分からないでもないが、今まで様々なことを制限させられて今回爆発したヨハネスに暴力で理解をさせるのは、却ってヨハネスの心を閉ざし問題は悪い方へ転がり落ちていく。


「そのヴィル様の時に先々代神や熾天使がネルヴァ様に殺されかけたのをお忘れですか?」
「兄上はヴィルに対して過保護が過ぎます」
「アンドリュー様」


 ミカエルが何を言おうとアンドリューは考えを曲げる気はないと強く言い放った。仕事の邪魔だと執務室を追い出されたミカエルは深い溜め息を吐いた。弟達や息子への劣等感と一緒にもう一つの劣等感があるのを垣間見た。
 ネルヴァは三人の弟の内、ヴィルとイヴ、特にヴィルを特別可愛がっていた。ヴィルは生まれた理由が理由なだけに気に掛けてしまっていた。

 イヴはかなり歳が離れていた分、尚更可愛かったのだろう。ヴィルが“お兄ちゃん”とイヴに呼ばれていたのを大層羨ましがっていた。ヴィルの口癖が移ってイヴまでネルヴァを“兄者”と呼んだから余計に。


「ミカエル」
「ん?」


 別の方法でアンドリューを止める手立てを考えながら宮殿を歩いていたミカエルを呼び止める声が届き、振り向いた先にいたのはネルヴァと親しい主天使であった。位は彼が上で手招きをされれば応じるしかない。耳を貸してと言われ耳を寄せると眉間に皺が寄る話をされた。


「まだネルヴァ様には話してないんだが先日の追試を再度行う再追試を上層部は決行予定にしている」


 悪魔狩りは天使にとって大事な昇進試験。今回、悪魔を狩った数が例年よりずっと少なく、昇進する天使が少なかった為、上層部は異例の追試を決定した。悪魔狩りの際は必ず合図を出すのが決まりなのに、追試の際は悪魔の隙を狙う目的で合図を出さないで行うとした。人間達から崇められ、信仰心を糧とする天使が規則を破るのは言語道断としてネルヴァ自ら神罰を下した。追試に参加した天使や合図無しを強行した主天使、更に上層部を黒焦げにして殺すか半殺しにした。アンドリューは殴られただけで済んだだが一切手加減をしなかったのでかなり吹き飛んだのを主天使は見た。

 前回の追試をネルヴァに報せたのはこの主天使。


「ヨハネス様は知っておられるのか?」
「ええ。ヨハネス様に殆ど決定権はなかった。アンドリュー様がヨハネス様に認めさせたようなものだったから」
「ふむ……」


 神になったばかりのヨハネスを補佐するのがアンドリューの役目の筈が、右も左も分からないのを良いことに神の決定権を背後から操っている気がしてならない。神の執務室で書類決済をするアンドリューの生き生きとした姿。あれを見ると本心ではヨハネスが戻るのを願っていないだろう。


「これをネルヴァ様が知れば、また神罰を下し大勢の天使が犠牲になってしまう。ネルヴァ様に報せるのを少し待ってほしい」
「うむ……だが、黙っているとなると後がねえ……」


 怒りの矛先が連絡を寄越さなかった主天使にも及ぶ危険性が現れ、二人は頭を悩ませた。


「ヨハネス様がヴィル様に話したかどうか知れますか?」
「やってみましょう」


 早速、ヴィルへヨハネスから再追試について聞いているかと問う連絡を飛ばした。
 すぐに返事がやって来た。


「ヴィル様はなんと?」
「どうやら、ヨハネス様が既に話されていたようだ」


 話が早くて助かる。となる訳もなく、再追試になるなら再びネルヴァが天使達を黒焦げにするのではとヴィルも予想していた。

 今はアンドリューを止めるのが先だと、主天使に協力を仰いだミカエルだった。

  

  
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