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しおりを挟む——なにこの空気……
どんよりとも違う、重々しいとも違う。どう表現すれば良いかと頭を悩ませる空気が豪華な室内に漂っていた。
美しい女性を痛めつけている男が魔族と知ったヨハネスがなんの躊躇もなく黒焦げにして驚いた。文句が多く若干泣き虫の気があるヨハネスがあっさりと魔族といえど他人を殺す姿を見て。
びっくりするジューリアの側へ来たヴィルは「魔族は先手必勝で殺すのが一番だと教えられるのさ」と告げる。天使も同じ教えを授かる。敵対する種族なら当然の教えでも、人間からすると躊躇が無さ過ぎて少しドン引きした。
魔族相手にも言えると苦笑しながら話すのは魔王で。人が集まっているからと一旦皆を魔王が寝泊まりしている宿に移動した。一瞬で場所が変わって瞬きを繰り返したジューリアは頬を突いたヴィルに興奮気味にすごいと話すも、高位魔族なら使えて当然だとすっぱりと言われ凹むもすぐに気を取り直した。
「おじさんこの人魔王って言われたよ!? 魔界で一番偉い魔族がなんで人間界にいるの!?」
「お前もだろう……」
天界で一番偉い神族が何を言うのだとばかりにヴィルは額に手を当てて溜め息を吐いた。
「ま、魔王陛下……」
ビアンカの強い戸惑いが含まれた声。実子とは知らされていないからこその他人呼び。魔王は困ったように笑い、座れる場所に座ろうと勧めた。隣の部屋へ魔王が行くとジューリアは露出の多い服を着せられたビアンカを不憫に思う。
「ヴィル、魔法で服を作れる?」
「俺が作ったのを渡すと全身大火傷を負うよ? その魔族」
「そっかあ……」
やはり神族の魔力が込められると敵対関係である魔族は大いに影響を食らう。無理と解ると店に行って恥ずかしい服の代わりを探してくるとしたジューリアへ飛ばされたのはビアンカの怒声。
「好きでこんな服着てないわよ!」
「だから新しい服を買ってくるからちょっと待ってて」
「なら貴族御用達のブティックで買ってきなさい。わたくし、安物なんてごめんよ」
さすが魔族。傲慢だ。
「うわっ、おじさんこの子殺していいでしょう? 魔族なんて生きてたって人間の害にしかならないんだし」
「なんなのよ貴方! リシェル様と一緒にいた男と似ているけど関係者か何か!?」
「だから、誰それ」
「はあ……」
言いたい放題のヨハネスとビアンカの二人を黙らせる方法はないかと溜め息を吐いてばかりのヴィルに代わって考えようとするが、魔族の元公爵令嬢と天界で一番偉い神族。どちらもプライドは人一倍高く、他人の話に耳を傾けるタイプじゃない。隣の部屋に行ったまま戻らない魔王に戻ってほしいと念じているとジューリアの願いが届いたのか手にブランケットを持って魔王は戻った。
持っているブランケットをビアンカの肩に掛けて離れて行った。
「今はそれを羽織って少しの間我慢して。後で女性物の衣服を届けるから」
「魔王陛下は何故リゼル様がわたくしを殺さなかったかご存知ではありませんか」
礼を言うでもなく、一族は皆殺され自分だけが生き残った理由を問われた魔王は淡々と述べた。
「君達はリゼルくんを殺した後、リシェルちゃんをあの男に売り飛ばそうとしただろう? それを仕返しにされただけだよ」
「っ! あんな屈辱を受けるくらいなら、殺された方がマシだった! お父様もお母様もお兄様も皆リゼル様に殺されて、わたくしだけが生かされてっ……」
「それを君やアメティスタ家はリシェルちゃんにしようとした。ただ、リゼルくんが君達より遥かに強くて仕返しをされたんだ。敗者が勝者に従うのは僕達魔族からしたら普通のこと。受け入れるしかない」
やっぱり魔族だからか、ビアンカから反省も後悔も感じない。あるのは自分勝手な気持ちと逆恨みのみ。魔王に淡々と諭されても納得がいっていない。
ぶすっと頬を膨らませているヨハネスが何度もヴィルに「殺そうよ魔族なんか」と囁き、次第にうざがられ強制的に黙らされた。
隣で見ていたジューリアは呆れつつも魔王とビアンカを眺め続けた。
「お父様はいつも言っていました。魔王はリゼル様の傀儡だと! 魔王となったのに何時までもリゼル様の言いなりだと!」
「僕はリゼルくんがいなかったらポンコツだし、元々魔王候補筆頭だったリゼルくんの代わりに魔王になっただけだから」
「そもそも、リゼル様が魔王になっていればこんな事には!」
「リゼルくんが魔王にならなかった理由を僕は知っているし、納得もしてる」
ヴィルにどんな理由かと訊ねると魔族側の事情に詳しいのは兄者であって俺じゃないと軽く頭突きをされた。痛む頭を擦りつつ、再度二人を眺めた。
「ビアンカ。君が何を言おうとアメティスタ家は戻らないし、君達がリゼル=ベルンシュタインに負けた事実も変わらない。君がするべきなのはどう生きるかだ」
「だったら殺してください! 一人ぼっちでなんて生きていけないわ! 魔界に戻ったってリゼル様に一族を殺され、没落したわたくしを嘲笑う者しかいない……っ」
腕をヴィルに肘で突かれたジューリアは顔をやると更に突かれた。
「どうするの? ヨハネスがやったけど、結果的にあの魔族を助けたんだ」
「うーん」
どうするべきか思い付く前にヨハネスが魔族の男を殺しビアンカを救出したわけだが、予想以上の我儘ぶりに頭を深く悩ませる。
「魔界に返しても居場所がなさげよね」
「あの女の性格からして、下の奴には相当恨みを買っていそうだから、魔界に戻った方が惨い気はする」
「うーん…………」
具体的な策を講じる前に救出してしまい、非常に悩む。ふと、ジューリアは殺された魔族の財力を魔王に訊ねてみた。
「彼? 魔界でもかなりの財産を持っているよ。それが自慢だったから」
「殺された魔族の財産を根こそぎ貰っちゃえば、しばらくは生活が出来るんじゃ……」
「わたくしの世話は誰がするのよ!」
良案だと思うもビアンカの一言で無理だと悟った。
「ビアンカ」
「あの男の財産を頂くのは良いわよ。でも、その後のわたくしの生活は誰が面倒を見るの? 屋敷にはあの男が気に入った使用人しかいなくてどれも気持ちが悪い。嫌がるわたくしを抑え付けてこんな服を着せるくらいだもの」
「ああだこうだ言ったところで、君のところにアメティスタ家の者は誰一人戻らない。一人で生きていく術を君自身が見つけるしかないんだ」
「なら! わたくしをノアール様の妻にしてください! アメティスタ家が没落しても、わたくし自身の魔力は失っておりません!」
ノアールとは魔王の息子の名前。人間でありながら、次期魔王として育てられた子。原因の中の原因と言っても過言ではない相手。魔王がどう答えるのかジューリアは注目してみた。隣を一瞥したらヴィルも気になっているらしく見ている。ヨハネスは頬を膨らませたまま。
「魔界に戻ってノアールと話してみるかい?」
「良いのですか!?」
「それでノアールが君を妃とするなら僕は何も言わない。けれど、ノアールが君を妃としないなら君自身で生きる術を見つけるんだ」
「ノアール様はわたくしを愛しています。妃にしないなんて絶対に有り得ません」
ヴィルからある程度話を聞いているジューリアとしては、ビアンカがノアールに拒まれ自棄になりそうな予感がしてならない。
「今日は無理だけど、近い内にノアールを人間界に呼ぼう。それまでここで休みなさい。宿の人間には既に話をつけてきた」
「隣の部屋に行ったのじゃなくて?」とジューリア。
「転移魔法を使えば何処へでも行き放題だから」
「なるほど?」
便利で良さそうな魔法だと感心し「私も使えるようになるかな?」とヴィルに訊くと魔法の練習を死ぬ気でやれば習得可能だと言われる。
「ジューリアの魔力量なら、かなり遠くの場所でも飛べるようになる」
「頑張らないとね~」
「今は基本的な魔力操作の練習に励みな」
「うん!」
魔力の流れを変えてもらい、更には魔法の特訓にも付き合ってくれるヴィルへの信頼は増すばかり。信頼に満ちたジューリアの笑みに釣られてヴィルも笑みを零した。
「……」
そんなヴィルを意外そうに見つめるヨハネスだったが、次第に拗ねた表情を浮かべて視線を逸らした。
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