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連載
ノープラン
しおりを挟む机に突っ伏して寝ているのをケイティや神官達に移動させられベッドですやすやと眠るヨハネスは夢を見ていた。生まれた時から神となる将来を決められていたヨハネスに自由な時間はなかった。一分一秒無駄に出来ないと父に管理されていた。神の座に就いて何百年と経つ伯父が何度か苦言を呈してくれたがその度に父や母は首を振る。
自由な時間が欲しい、他の神族の子供と遊びたい、美味しいスイーツを食べたいジュースを飲みたい。子供なら当たり前に与えられる時間はどれもヨハネスには無かった。
勉強の合間に顔を出して様子を見に来る伯父に何度も泣き付いた。その度に伯父は困ったように笑って頭を撫でてくれた。
『伯父さあ~ん! 僕もうやだっ! 勉強なんかしたくない!』
『ヨハネス、君のやっているのはどれも君の父親が幼い頃に熟していたものなんだ。自分の子供である君も出来て当然だと思っている節があるのだよ』
『僕は父さんじゃない! ねえ伯父さん、伯父さんから父さんや母さんに言ってよ! 僕もうやだ!』
父や母に言っても駄目なら、天界で最も強い発言力と決定権を持つ伯父なら何とかしてくれる。期待を込めた銀瞳で見上げたら伯父は困ったように眉を曲げて苦笑していた。最後の押しとばかりに胸元に頭を擦り付けた。何としてでも自由時間が欲しい。甘えて甘えて、ひたすら甘えまくって伯父の了承を得たい。
うーん、と悩んでいる伯父の声色からしてもう少し、と更なるゴリ押しを検討したヨハネスだが。後方から飛ばされた声に肩が跳ねた。
『ヨハネス! 見つけましたよ!』
『げ、父さん』
『部屋に戻って机に座り直しなさい! 今は古代語を現代語に翻訳する時間の筈です。サボっていたら終わる時間がどんどん遅くなりますよ』
『で、でも、僕もう勉強したくないっ。一日くらい休んだってどうって事ないじゃないか』
毎日毎日きっちりと詰め込まれた予定にはもううんざりだ。いつもなら父に怒られるのが嫌で部屋に戻るが今日は違う。今日は父が苦手な伯父がいる。伯父なら何とかしてくれる。期待の籠った眼で見上げたら伯父はやれやれと肩を竦めた。
『アンドリュー、もう少し余裕を持って予定を立てろ。毎日毎日、ぎっちりと予定を詰め込んだところでヨハネスが全てを覚えるとは限らないだろう』
『兄上は黙っていてください。これは私とヨハネス、親子の問題です』
『ヨハネスは私の次に神となる神族。今壊されたら、次の後継がいなくなってしまうじゃないか』
『そんなへまはしません。ヴィルの時によく分かったので』
『……へえ』
伯父の声が一つ低くなった。
ヴィルは父の弟の名前。伯父、父、ヴィルおじさん、その下にイヴおじさんがいる。四人兄弟の中でヴィルが一番長兄たる伯父に似ている。イヴは美女、といっても過言ではない美しい人。
ヴィルの過去に何かあったのかと二人を見ていると父に呼ばれた。
『ヨハネス、ヴィルは昔兄上の予備として育てられたのを知っていましたか?』
『伯父さんの予備? 知らない。どういう事?』
『行方不明になった兄上が万が一帰って来なかった場合を想定して、三番目に産まれたヴィルは万が一の予備として神となる教育を受けた』
此処にいる伯父もだがヨハネスはヴィルも好きだった。基本好き放題して過ごしているが泣きながらヴィルの許へ行き、追い掛けて来る父やお付きを追い払ってもらっていた。今のヨハネスとあまり変わらない授業内容と予定の詰め方だったのにヴィルは逃げ出して、最後は伯父が先代神……ヨハネスにとって祖父にあたる神族を脅して止めさせたと聞かされた。
伯父の次に強い神力を持ち、人間界へ足繁く通うヴィルは知識も豊富でヨハネスが質問したら何でも答えてくれた。尊敬するヴィルの子供の頃の話を聞いて微かな失望を抱くも、それ以上に持ったのは安心感。強くて優しいヴィルおじさんも自分と一緒だったのだと。
『アンドリュー、すぐに訂正しろ』
『何故です? 私は事実を言っているだけですよ』
『ヴィルは』
伯父の声をヨハネスは遮った。
『伯父さんヴィルおじさんに甘いよ。ヴィルおじさんも勉強嫌だったんだ』
『……』
『それ聞いて安心したあ。でも、ヴィルおじさんが真面目にしてくれてたら僕が神になる勉強はしなくて済んだって事じゃん』
もっと真面目に受けてほしかったと本心から現れた言葉を出しただけなのに、同意を求めて伯父を見上げたらいつの間にか父の近距離真正面にいた。
何を話しているか不明だが、真っ青な顔をしてその場に座り込んだ父を見下ろす伯父の銀瞳は信じられない程冷え切って、一切の感情が落ちていた。
幼少期の夢を見ながらヨハネスは考える。
あの時の伯父の瞳は何故だったのかと。
父は事実を言っただけなのに、どうして怒っているのか。
弟達の中で一番ヴィルを可愛がっているとは聞いていたがヨハネスでも過保護じゃんと呆れるくらいだった。
●〇●〇●〇
カフェでお茶をしたまま魔王の娘ビアンカ救出作戦を練り始めたジューリアは、魔王から問われたある問でいきなり躓いた。
「君はあの子を助けてその後どうするの?」
「ど、どうするって」
「彼女の実家は既にリゼルくんが家門全員皆殺しにしたから没落済、魔界の公爵令嬢として何不自由なく暮らしてきたビアンカが人間界で生活できるとは思えない」
「ううっ」
見るに堪えない光景を見て勢いのまま助けるのだと決めてしまったものの、冷静な指摘を受けて項垂れた。そうだ、ビアンカは魔族。それも純血種といい、強大な魔力を持つ魔族を指すと言う。最近は純血種は減っており、半分吸血鬼だったり、淫魔だったりと他種族の血が混ざっているケースが多い。
魔王の指摘に反論する隙間が全くなく、項垂れていた顔を上げてどうするかとジュースを飲んだ。美味しい。
「考えてなかったの?」とヴィル。
「ぜ、全然。だって、あまりに見てて不憫というか気分悪いというか」
「ま、それは同感。それと俺はパス」
面倒を見るのは御免だとヴィルは言う。元より、救出には手を借りても世話までヴィルの手を借りようとは思っていない。話を聞く限りではビアンカは相当プライドが高く、平民の生活は到底耐えられない。貴族の屋敷で使用人として働くとなっても同じ。
どうするか、と頭を悩ませる。
「面倒くさいから諦めようよ」
「だーめ、一度決めたからには実行する。大体、あのおっさ……おじさんの気持ち悪い顔を毎日見せられるビアンカさんが可哀想」
「今おっさんって言い掛けた?」
「気のせい」
口の悪さを披露しそうになり慌てて言い換えた。
「ジューリアらしくていいけど、その後をどうするか考えてからでないと助けるのは却下。諦めて」
「えっ!? え、えーと」
見目は非常に整った令嬢。魔界に居場所はなく、人間界では自分で働いて金を稼がないとならない。ビアンカは働いた事があるのかと魔王に訊くと首を振られた。高位貴族の令嬢が外で働いて給料を受け取る真似は絶対にしないだろう。
「人間界の修道院へ行ってもらうとか?」
「それなら、助けるだけ時間が無駄」
「魔界にビアンカさんが暮らせそうな場所ってないですか?」
魔王に訊ねると「どうだろう」と首を捻られた。
「というか、貴方の息子が引き取れば済む話じゃないの?」
「耳の痛い話だね……あの子は婚約者には振られるわ、ビアンカは処刑されたと思って随分塞ぎ込んでしまってね……最近は部屋から出て来てぼくの仕事を手伝ってくれるまでは回復したけど」
まだまだ精神的ダメージは大きいらしい。
ビアンカを救出してもその後をしっかりと考えないと助けても無駄。時間の無駄だとヴィルに言われ、色々案を出していくがどれも微妙な反応をされて終わった。
魔界には修道院、という場所はなく。家が没落したり、勘当されたりした令嬢はほぼ娼館に行って体を売るか、別の貴族の家で働くかのどちらかとなる。高位貴族の令嬢程、強い魔力を持ち見目が美しい女性が多い為娼館へ行く者が多い。
魔界の住民は魔力量が強い程美しくなる。現魔王たる彼や彼の娘であるビアンカも例外じゃない。鬼畜補佐官は魔王以上に強い魔力を持つので更に上の美貌を持つと聞き、面食いを発動させたジューリアだが今はその時じゃないと自制。別の案はないかと考えな始めた。
矢先――遠くの方からおじさんと叫ぶ声が届く。ジューリアとヴィルは知っている声。椅子の背凭れに体を預け天井を仰いだヴィルは遠い目をしている。
「うるさいのが起きた」
「あはは……ヴィルを探しに来たみたいね」
「やれやれ」
段々と近付く声の主がヴィルの甥っ子であると説明された魔王は困ったように頬を掻いた。
「えっと……ぼく一旦退席した方がいいかな」
「はあ……いっそのこと、殺してくれたらブルーダイヤモンドを見せてって皇帝に掛け合ってあげるよ」
「えっ、うー、うーん。それは遠慮するよ。君の甥っ子を殺したら、天界と全面衝突は避けられない。なるべく無駄な争いはしたくないんだ」
「兄者ならあっさりと殺すのに」
「リゼルくんは多分しない、かな。明らかに面倒になるのは分かり切っているから」
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