まあ、いいか

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ミリアムの憎悪と魔族の憎悪④

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 凡そ半年の前の事。長年、名家として栄えた貴族家が魔王の補佐官と補佐官の愛娘を陥れようと画策するも全て潰れ、家門の生き残りを賭けて補佐官との戦いが決まった。魔法無しで武力攻撃のみでの戦いなら、魔王を下僕の如く扱き使う鬼畜補佐官であろうと倒せると彼等には勝算があった。が、いざ戦いが始まると武力攻撃だけでも超一級の戦闘能力を持っていた補佐官に家門は皆殺しとなった。脅威にならない幼い子供や赤ん坊は記憶を封じられた状態で魔界や人間界の子供好きな者がいる場所へ捨てられた。

 ジューリアの家庭教師だったミリアムは一流の娼婦らしい妖艶なドレスを着ているも、精神は完全に魔王の補佐官に惨殺された魔族が乗っ取っていた。


「死んだのに人間の精神を乗っ取るってすご」
「うーん、すごくはないかな。寧ろ、思念となって悪さをするのは往生際が悪いって事だよ」


 感心するジューリアに冷静に突っ込む魔王。そういえば、まだ名前を聞いていない。ジューリアが名前を訊いても、ミリアムの精神を乗っ取っている魔族が話を遮ってくる。


「魔王でありながら、何故あの補佐官の言いなりなのだ貴様は!」
「何度も言ってたよね、彼がいなければ僕は基本ポンコツだし、君達が殺されたのは自業自得だ。調子に乗って彼の大事な愛娘を碌でもない貴族に売り飛ばそうとしたからだよ」


 魔族は保有する魔力量によって容姿が決まると聞いた。魔王である彼の容姿も人間では到底有り得ない超絶美貌。補佐官は魔王以上の魔力を持つ。ということは、魔王以上の美貌の持ち主。
 ミリアムの精神を乗っ取っている魔族の目的は魔王のようで、但しミリアムの目的は絶対にジューリアだ。伯爵家を勘当され、娼館に身を堕とす理由を作ったジューリアを憎んでいるのは明白。

 魔王と話しながらミリアムの瞳の憎悪はジューリアに向けられていた。


「この子にどんな恨みがあるか知らないけど、こんな子供に人生を台無しにされたのなら、君はその程度の人間だったって事じゃないかな」
「何ですって!?」


 今度はミリアムの口調に変わった。


「そいつのせいで私がどんな目に遭っているか知りもしないで……!」
「自業自得じゃない。まあ、公爵様達が貴方を解雇はしても実家でどんな目に遭うかまでは考えが及ばなかったのかもね」
「名家の無能なら、無能らしい扱いを受けていればいいものを、大体旦那様や奥様はお前の言う事なんて全く耳を貸さなかったのに!」
「ほんとにね」


 ミリアムからの虐めが発覚したのはヴィルのお陰。ふと、あの時何をしたのか訊ねると魔法で自白させただけだと返された。聞かれた事に対し、真実しか話せなくしたのだ。だからグラースの問い掛けに馬鹿正直に答えていた訳だと納得。


「フローラリアって、帝国では名家中の名家だって聞いたけど……君は家で良い扱いをされてなかったんだね」
「魔力しか取り柄がないって判ったら、今までの態度を一変させてあっという間に無能扱いよ」
「魔界でも似たような話は沢山聞くから何とも言えないな」


 実力が物を言う魔界。特に魔王は絶対なる実力主義で、魔王の子だろうが魔力が弱ければ違う魔族が魔王となる。彼の場合は魔王候補筆頭があっさりと辞退したから繰り上がりでなっただけ。

 憎しみの炎を燃やすミリアムとその精神を乗っ取る魔族。帝国騎士団が到着している筈なのに誰も来ないのは人払いの結界を張られているせいで、彼は人がいなくて広い場所はないかと聞いてきた。ミリアムの相手をするにしても精神を乗っ取っている魔族は上位級。街中で魔法を打ち合えば被害が広がってしまう。急に聞かれても屋敷から殆ど出してもらえないジューリアは地理に詳しくない。困ったとなった時ヴィルが「上空で相手したら?」と提案。


「空の上なら周りに何もなくて気を遣わなくて良いでしょう」
「空の上かあ……前にネルヴァくんが天使達を黒焦げにしたって聞いた時、大量の焼死体が地上に落ちてきたって聞いたなあ……」
「……ヴィル、なんでヴィルのお兄さんは天使を黒焦げにしたの?」


 先代神である長兄が部下とも言える大量の天使を黒焦げにしたのは余程の理由があるからだろうが、如何せん内容が気になって仕方ない。思い切って訊ねると「規則を破るからさ」と答えられた。天使だろうと存在する規則は守らないとならない。それを破り、強引に事を進めようとした天使と大天使、その他上位天使を漏れなく黒焦げにしたとか。


「やっぱり、人のいない広い場所の方が安全?」
「魔王なら、街に結界を張りながら相手しなよ」


 無茶ぶりを要求されているのに彼は断らず、それもそうか、と頷き。
 一秒も掛かっていない速さでミリアムの横に移動し、腕に抱き抱えると姿を消した。目を何度も開閉するジューリアの頬をヴィルが突いた。


「間抜けな顔になってる」
「え? え、消えちゃった?」
「上空にいるんじゃない? 上から濃い魔力を感じる」
「外に出よう!」


 侍女とヴィルの手を引いて外へと出ると、周囲は予想を超えて悲惨な有様だった。目に見える範囲の建物は攻撃によって破壊され、全壊していないだけマシと言える。怪我人も多数いて、救護班が忙しなく怪我人の治療に当たっていた。簡易テントを張ってある場所へは重傷者を運んでいた。見知った金髪を見かけ、近付くとマリアージュが次々に怪我人を癒しの能力を使って癒していた。側にはメイリンもいる。きっと初めて見る惨状に怯えている。泣きながらも怪我人を癒しの能力を使って癒すのはすごいと素直に思えた。


「……」


 ヴィルのお陰で魔法を使えるようになったと言えど、マリアージュやメイリンのように癒しの能力までは使えない。フローラリア家の女性なのだからジューリアにだって使えるが使い方を教わっていない。ふと、上空を仰いでも綺麗な空しか映っていない。ヴィル曰く、結界を張って姿を見えなくしているのだとか。上空で強い魔力を持つ者同士が戦っているとなると一般市民の混乱は必須。

 自分に出来る事は何か。瓦礫を退かし、下敷きになっている住民を救助する騎士の中には傷を負っている者もいる。自分達よりまずは一般市民を優先して救出する騎士や負傷者を癒すマリアージュとメイリン。大教会の神官達も来ている。


「あ」


 癒しの能力を使い続けるマリアージュの顔色が明らかに悪い。メイリンもだ。ヴィルも同じ方を向き、魔力が切れかけていると指摘した。


「ヴィル……他人に魔力は分けられる?」
「出来るよ。血縁者なら、拒否反応も少なくて済む」
「そっか。行こう、ヴィル」


 出来る事を見つけて実行に移す。前世だってそうしてきた。魔力しか取り柄がないのなら、その取り柄を生かせばいいだけ。



  
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