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連載
フランシスは意外に頑固?
しおりを挟む渋々、かなり渋々メイリンの部屋に向かい、室内に入れてもらったジューリアはソファーでぬいぐるみに囲まれながらジュースを飲むメイリンに溜め息を吐いた。
「メイリン。貴女の侍女から話は聞いた。私と殿下の婚約を解消してほしいなら、もっと権力のある人に言いなさい」
遠回しにシメオンに言えと放つとメイリンは頬を膨らませた。
「言いましたわ! でも、お父様は私には既に婚約者となる方が決まっているから諦めろと」
成る程、そういう風に話を持って行ったか。
「お姉様は誰か知っていますか?」
「メイリンが知らないのに私が知っている筈がないじゃない」
事実は知っている、である。
「それもそうよね……お兄様も知らないって言ってたし」
「教えてもらえなかったの?」
「お父様もお母様もまだ内緒だって」
「あの二人だから、メイリンの為に良い人を選んだのは間違いないわよ」
「私はジューリオ殿下が良いのです!」
気になっていた事を訊ねてみた。
「メイリンは殿下に以前に会ったことがあるの?」
「ありません。ただ、一目見て好きになってしまったんです!」
そこから語られたジューリオへの思慕と賛辞、好きになったところなど。もっとジューリオを知って好きになりたいから、姉のジューリアに婚約解消をしてほしいのだ。婚約解消はジューリアにとっては願ったり叶ったりだが、今日の出来事を考えると婚約解消はかなり難しい気がする。
ジューリアから言えるのはただ一つ。
「私からは言えない」
「それは殿下を好きになったからですか?」
「違う。あの二人が私の言葉に耳を傾けると思う?」
最近になって非常にジューリアを構いたがる両親だが、元はジューリアに冷たかった。ジューリアの我儘を聞く筈がないと至ったメイリンは沈んだ表情で首を振った。これで話は終わり。部屋を出ようとしてもメイリンは何も言ってこなかった。ホッとしたのも束の間、今度はグラースと会った。普通に横を通り過ぎようとしたら「ジューリア!」と呼ばれ、足を止めるしかなかった。
「何か」
「今日の夕食の場にはきちんと顔を出すように」
フランシスとジョナサンがいるのだ、今日と明日の朝ばかりは食堂で絶対に食事を摂らせる気なのは薄々感付いていた。嫌です、と一蹴しても良い。だが、必ずフランシスはジューリアの不在を気にして部屋に来る。体調不良の嘘は使えない。どこをどう見ても元気そのもの。
「お断りです」
「なっ」
グラースが驚いている間に素早く部屋に戻り、今度こそ鍵を掛けた。扉を叩かれ外から開けろと声を掛けられるも、時間が経てば相手も諦めてくれる。
グラースにお断りと言ったところで夕食の場には出ないといけないだろう。
ただ、素直にはい、と言うのが嫌だった。
一際強く名前を呼ばれるも、最後まで無言を貫くと漸く諦めて離れて行った。
「はあ……憂鬱」
こういう時、ヴィルがいてくれたら気分転換になって乗り切れるのに。
「ヴィル……」
呼べば来てくれる、かもと期待したが来ない。
当たり前か、と苦笑し、扉の鍵を開けておいた。
「そうだ」
ベッドに腰掛けたジューリアはポケットからハンカチを取り出し、今日ヴィルに習った魔力操作の練習を始めた。ハンカチを浮かすだけなら魔力感知されない、筈。
「落ち着いて、ハンカチが浮くイメージをしながら魔力を込めて」
ヴィルに言われた言葉を口にし、掌に魔力を集中させハンカチを浮かせろと念じる。時間が経過していくにつれ、じわりと額に汗が出てくる。膝に乗せたハンカチが数センチ浮いたのを実感した。
「このまま集中……」
浮かした後、同じ高さを長く維持し続けるのが大事だと説明された。魔力操作は繊細な程複雑な手順を踏む魔法を使用する際必要となってくる。本格的な魔法の訓練は魔力操作を十分に出来てからとなる。魔力操作は魔法使いにとって基礎中の基礎。勉強もそうだが何事も基礎が出来なければ本番には入れない。
「……ふう、こんなところかな」
時間がどれだけ経ったかは時計を見れば大体分かる。ジューリアが最後に見た時より約三十分は過ぎている。その間部屋には誰も来ていない。鍵を開けたのは無闇に扉を叩かれるのが好きじゃないから。
額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。自分が思う以上にびっしょりだ。長く集中した結果である。
「これを毎日か。大変だけど、魔法を使えるようになる為って思ったら辛くないわ」
実はヴィルに魔法以外にも癒しの能力が使えるかどうかも聞いておきたい。万が一の場合、自分で治癒出来る術を持っていたい。
訓練を終えると途端に体が疲れを訴えた。夕食までもう少しかかるだろう。その前に、甘いジュースが飲みたい。リンゴジュースを貰おうと厨房へ行った。
料理長を筆頭に料理人達が忙しなく厨房を移動し続けていた。ジューリアに気付いた料理人の一人がやって来た。
「ジューリアお嬢様? お食事はもうすぐ出来上がりますのでもう暫くお待ちください」
「違うわ。リンゴジュースが飲みたいの。場所を教えてくれたら自分で淹れるわよ」
「すぐに準備します」
料理人がしてくれなくても、元から邪魔をする気はなく場所を教えてくれれば自分で淹れる気だったジューリアは慌ててリンゴジュースをグラスとピッチャーに注いだ料理人からそれらを受け取り、厨房を出てからグラスのリンゴジュースは一気飲みした。疲労を訴えていた体は糖分を摂取したことで多少マシになる。そのまま部屋に戻ろうとすると今度はフランシスと出会った。
「ジューリア、会えて良かった」
「どうしたの」
「ジューリアは普段どう過ごしてるのか気になって話でもしようかなって」
「他の子と変わらない」
「天使様とは今日以外にもどんな事をするの?」
「今日とあまり変わらない」
早く会話を切り上げ部屋に帰りたいジューリアの意志に反し、積極的に話し掛けて会話を長引かせたいフランシス。早く終わらせたい気持ちを大いに出しているのを気付かれていない訳じゃなかった。
「僕と……話をするのは嫌?」
眉尻を下げられ、悲し気に見られてはジューリアは何も言えない。フランシスに嫌悪感は抱いていない。数少ない親切にしてくれる人だから。
「私と話しても楽しくないって言ってるの。跡取り同士で話していたら?」
「グラースの事? グラースとも、メイリンとも沢山話した。ジューリアとは殆ど話せてないから、夕食まで話したいなって」
ジューリアが何を言ってもフランシスは引き下がらない。意外と頑固なんだ、と新しい発見をした。諦めたジューリアは両手にグラスとピッチャーを持ったままフランシスが泊まる部屋に行った。ジョナサンとは別室。元々、シルベスター夫妻と兄弟の二部屋を用意していたのを各部屋一人となった。
部屋に入ると窓際のテーブル席に座った。その際、手に持つ荷物はテーブルに置いた。
「フランシスも飲む?」
「リンゴは得意じゃないから遠慮しておくよ」
「そう」
「ジューリアは魔法を使えるようになりたい?」
現在はヴィルのお陰で使えるようになった。とは誰にも言うつもりがないので「そうなりたいと願ってる」と話を合わせた。
「僕の家には魔法に関する書物が沢山保管されている。もしかしたら、ジューリアが魔法を使えるようになる手掛かりがあるかもしれない」
「無理ね。帝国中の名医や魔法使いの人達に診てもらっても原因は分からなかった。帝国が保管している書物を借りても成果は得られなかった」
「そうか……」
フランシスなりにジューリアが魔法を使える手助けをしたいのだと伝わる。この兄がいて弟は何故ああなのか、兄弟というものは似ているようで全く似ていない。前世の兄二人は妹を虐める点においては非常に仲が良かった。成長するにつれ、長兄は控え目にはなったものの、年々過激になっていく次兄を止めるでもなく見ているだけだった。
「僕に協力出来る事があれば言ってね。出来る限りでは力になるから」
「ありがとう」
純粋に人に心配されると居心地が悪い。前世ではそうはならなかったのに。今世では悪意のある人が大勢いるから、少数派の良い人といるのに慣れていないのが原因か。
グラスにリンゴジュースを注いでいると使用人がフランシスを夕食だと伝えに来る。室内にジューリアがいるとは知らなかったので驚いていた。
「お腹空いていたから助かったよ。ジューリアもお腹が空いているでしょう? 僕と食堂へ行こう」
「……そうね」
今日は耐えよう、今日は耐えよう、と念じながら注いだリンゴジュースを一気に飲み干した。
食堂へ行くとグラースとシメオンがいて、フランシスと一緒に入ったジューリアを見て驚くと共に安堵していた。グラースの右側がフランシス、左側がジューリアとなる。それをジューリアは変更を願い出た。
「フランシスと食事を摂るのは久しぶりなので私が隣に座っても良いですか?」
「あ、ああ、構わない」
「ありがとうございます」
反対はされないだろうと踏んでの頼みだった。席順をフランシス、ジューリア、グラース、メイリンとした。
「ジューリアは嫌いな料理ってある?」
「好き嫌いは特にありません」
「気に入ってる料理もないの?」
「コーンスープは好きです。多めにコーンが入っているのは特に」
会話に入りたそうにしているシメオンやグラースを意識の隅に追いやり、話題を提供してくるフランシスに淡々と答えていく。
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