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連載
ミリアムとセレーネは
しおりを挟む大教会に戻って先に行ったのは厨房。食器を拭いていた神官にメモに書かれていたスイーツと珈琲豆を渡した。
「ありがとうございます。すぐにお出ししますね」
「ああ、いいよ。俺とジューリアで自分のスイーツは買ったから。それより、買ってきた珈琲豆で珈琲を淹れてよ」
「すぐに豆を挽きますね。後程、天使様達のお部屋に運びます」
高級苺のマカロンも珈琲と持って来てもらうこととなり、二人は一旦部屋に戻った。
「楽しみだね」
「そうだね」
「今日は大教会に泊まりたい気分よ」
「泊まる?」
「泊まらない」
自分で言っておいて否定した。きっと泊まるとなったら、今更になって仲良し親子をしたくなったシメオンやマリアージュが突撃しに来る。また、シルベスター家が来ないとも限らない。今日は一泊する予定なのだが、あの様子でも多分帰らないか、最悪エメリヒだけ帰らされるだろう。
「ミカエル君が心配してたよ。ジューリアがあまりにも割り切りが早くて」
「前世の記憶を持ってるからよ」
「疑問に感じた事ない? 今まで散々蔑ろにしてきた両親が今になってジューリアに構いだすのを」
ジューリア自身、疑問にはしているが答えは分かり切っている。無能と見捨てた娘がまさか使用人や家庭教師に無下に扱われていると思いもしなかっただけと。フローラリア家程の大貴族の当主夫妻が見捨てた子供を真面目に世話をして、勉強を教えて得をする者は誰一人としていないと考えるのが普通。
「ミリアム先生やセレーネの言葉を信じ切っていたから、騙されてたって気持ちが強いんじゃないかな」
「俺から見ても、後悔はしてるようだよ?」
「そうなんだ、としか私には思えない」
「ふふ、そっか」
誰が何と言おうと決して信じず、自分の考えを変えないジューリアを頑固だと不満げにせず、ジューリアらしいとヴィルは笑む。
「ジューリアはあの家庭教師と侍女がどうなったか知りたい?」
「私の今の侍女にセレーネの事を聞いても、知らないって言われたから知りたい」
ジューリアの予想では、二人は貴族家出身。無能と呼ばれようが大貴族の長女を虐げた責任は重く、実家を勘当されていそうではある。
ジューリアが考えを述べるとヴィルは「正解」と頷いた。
「二人揃って家を追い出されたよ。ジューリアの父親に抗議されて、自分達の暮らしを守る為に即決で勘当を言い渡したんだ」
「見てたの?」
「気になったから、魔法で二人を覗いたんだ」
「魔法ってすごいね……」
「いつかジューリアにも教えてあげる」
ミリアムもセレーネも言い訳を言う間も、荷物を纏める間もなく身一つで生家を追い出された。特にミリアムはフローラリア家と縁のある伯爵家の令嬢。特に両親の怒りは強烈だったらしい。
「セレーネは侍女をしていたから、安い食堂で給仕の仕事を見つけたよ。ミリアムは生粋のご令嬢だから、平民と混ざって仕事なんて最初から無理だったんだ。上手い言葉にあっさり騙されて今は娼館で働かされてる」
「娼館って……」
「男が女を買う店」
前世でも似たような店は沢山あり、過去の歴史だと重鎮御用達の店もあったそうな。帝国にも法で許可された娼館はある。最高級娼館ともなれば、貴族の密会場としても利用される。
「態度が悪いって一部の客に人気だってさ」
「態度が悪いのに人気なの?」
「特殊な性癖を持つ奴はいるんだよ」
よく分からない。男女の営みなど、未成年で人生を終えたジューリアには全く考えられない。
「ジューリアを恨んでいるのは二人の共通点だよ」
「でしょうね。私としては、関わらないならどうでもいい」
「はは。ジューリアのそういうとこ好きだよ」
「どういうとこ?」
「内緒」
「もう」
口を尖らせるも神官がマカロンと挽き立て淹れたての珈琲を運びに来てくれた。香ばしい珈琲の香りが心を満足にさせ、味への期待を強めた。マグカップを受け取り、早速一口飲んだジューリアは顔を顰めた。
「香りは好きでも無糖はやっぱ飲めない」
「あ、砂糖は此方に」
砂糖が入れられた瓶を渡されるも牛乳はないかと訊ねた。眉を八の字に曲げられ「今朝丁度切らしてしまいまして」と首を振られた。
「言ってもらえば、牛乳も買いに行きましたよ」
「牛乳は毎朝牧場の方が届けに来てくれますので」
今日は偶々牛乳の使用量が多かっただけで普段は残るのだとか。牛乳がないのなら我慢し、砂糖を三杯入れた。ティースプーンで搔きまわし、甘みをチェック。飲める甘さだと判断し砂糖瓶の蓋を閉めた。
「ジューリアって甘党なの?」
「極端に甘い物が好きって訳じゃないけど、珈琲の苦さは慣れない」
「俺は好きだけど。眠い時はよく飲んでた」
「眠気覚ましには良いわね」
神官が退室し、二人だけになると早速マカロンに手を伸ばした。
「因みに女が男を買う男娼館っていうのもあるんだよ」
「逆もあるの!?」
「なんなら、男が男を買うのもありだよ」
「……ヴィル、女の人遊びはしなくても男の人を……」
「あのね……」
とんだ勘違いをするジューリアを半眼で見やり、女遊びをしないからと言って男遊びをする理由にはならないと説教をしたヴィルだった。
――両親に大説教をされたエメリヒは母フランチェスカとシルベスター家に戻り、勉学に更なる力を入れるよう強要された。部屋に入れられ、執事に見張られながら早速問題集を開かされた。兄フランシスと父ジョナサンは当初の予定通り今日はフローラリア家に泊まる。
「なんで僕だけっ、他の奴だってあいつを馬鹿にしてるのに……!」
泣きながら問題を解くエメリヒに反省の色はない。
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