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邪魔をされた
しおりを挟む大教会で用意された部屋に入った途端、ミカエルに捕えられた悪魔が宙吊りで現れた。正確にはミカエルが出現させた。絶叫を上げ続ける悪魔の口を塞ぎ、気になる事とは? とヴィルは訊ねた。
「人間を襲う悪魔は主に下位か中位でも居場所のない『追放者』のみ。ジューリアの部屋の結界だけ薄くされていたにしても、フローラリア家の結界は上位魔族でないと破れません」
仮に中位魔族が破ったにしても、力が余るのは変。結界を破るだけで多量の魔力を消費し、長い間魔力回復の為身を潜めないとならない。中位悪魔によるとフローラリア家に侵入したのはほんの数か月前。結界が薄くなっていると知り、また、魔法が使えず魔力だけが異常に強いジューリアをずっと狙っていたと。
「結界を破ったのがその悪魔か、聞いてみようか」
「私がやります。ヴィル様は下がっててください」
子供の姿になったヴィルでは尋問中に悪魔からしっぺ返しを食らうと恐れたミカエルが、悪魔の口を一旦解放した。悪魔を宙吊りにしていた縄も消し、床に転がせると早速尋問を開始した。
ベッドに寝転がったヴィルは悪魔の悲鳴を音響に、瞳を閉じた。
瞼を閉じた世界で見るのはとある光景。
真っ白な部屋、幾つもの透明な管に繋がれ、見た事のない物を口に当てられ死んだように眠る黒髪の女の子がベッドにいて。女の子の周囲には椅子を三脚並べて簡易ベッドにして眠る同い年の女の子や、中年の女性が寝ていた。
――これか……
子供にされ、力を制限されたヴィルはほんの一瞬だけ力が強くなる時があった。その時を狙い、ジューリアの前世の家族を探っていた。本人は親しかった友人や祖父母を気にしていた。何かの機会の際、教えてあげようと探し、見つけた。
死んだように眠る黒髪の女の子が前世のジューリアだ。肉体に魂は残っていない。何故なら、既にジューリアの魂と一つになってジューリアという存在が完成されてしまった為。あちらにいるのは息をしているだけの抜け殻。二度と目覚めない。
そうとは知らない周囲はいつか前世のジューリアが目覚めるのを待っているのだ。
――ん?
ヴィルがそろそろ見るのを止めるか、と過った時。室内に身形を整えているものの、雰囲気は暗く、よく顔を見ると窶れ、目の下に濃い隈がある男性が入った。顔は眠る女の子と似ていた。
――ひょっとして……
父親か? と抱いた時、側で眠っていた中年の女性が目を覚ました。同時に、男性はビクっと肩を跳ねた。男性の存在に気付いた女性は寝惚け顔を瞬時に消し、椅子から降りると即男性を部屋から追い出しにかかった。
“二度と来ないで下さいと言ったのに性懲りもなく来るなんて! とっとと帰りなさい!”
“お、俺はこの子の父親で!”
“今まで散々樹里亜ちゃんを蔑ろにしてきた挙句、樹里亜ちゃんが川に落ちた理由を偽った最低男が今更父親ぶるな! 帰れ!”
“他人のあんたに何で俺が――”
“樹里亜ちゃんの親権は既にあなたの祖父母に移っています! 樹里亜ちゃんの両親から樹里亜ちゃんを頼まれている私が他人を追い出しても問題ありません! さあ、帰れ!”
未だ言い募ろうとする父親を退散させるべく、女性は椅子を持ち上げ振り回す動作をした。殺されると逃げ出した父親がいなくなると、椅子を床に起き騒がしくしたのに起きない女の子に苦笑しつつも、目を覚まさないでくれて良かったと安堵した。
「ヴィル様」
ミカエルの呼び掛けで瞼を上げたヴィルは息絶えた悪魔を見下ろし、向かないまま成果を聞いた。
「口を塞ぐ制約が掛けられていました。恐らく、上位魔族がこの悪魔をフローラリア家の結界を破き侵入させたのでしょう」
「見当は?」
「全く……」
上位悪魔……確率的に魔族であると思った方がいい。魔族、特に純血種の魔族は数が減っている。一つは子が出来にくいのと長生きが過ぎるからである。
強い魔力を持つジューリアを狙ったのは己の魔力強化しかない。
「悪魔の事情は悪魔に聞くべきなのだろうけど、兄者と違って俺に悪魔の知り合いはいないし」
「ネルヴァ様が異質なのです。神の一族でありながら、魔族となど」
「はいはい。今度兄者に会ったら言って」
死んだ悪魔をミカエルに片付けさせ、魔族探しには人間にも協力してもらおうと呼び鈴で神官を呼び寄せた。
〇●〇●〇●
昨日の今日でも人の心は変わらない。相変わらず食事は私室で食べるのを拘るジューリアは一人黙々と食べていた。グラースが突撃に来ないのは、ジューリアを嫌う従者が止めてくれたのだと推測。真実かどうかは分からないが取り敢えず感謝しておこう。
サラダに入れられているキャベツを咀嚼していると「ジューリア」とヴィルの声が。何処だろうと顔を動かすとテラスにいた。窓を開けてテラスに出た。
「おはようヴィル」
「おはようジューリア。今日も一人だね」
「楽でいいよ。今日は来るのが早いね」
「ミカエル君には別の用事を言い付けたから、監視の目がなくて来たんだ」
「ミカエル様に用事?」
例の悪魔が上位魔族による指示でフローラリア家に侵入した可能性が高いとして、魔族の捜索を大教会の神官に協力させる手筈を整えている最中だと。
「魔族となると君達人間じゃ歯が立たない。天使でも中位以上の天使が出張る」
ミカエルは下位三体の内二番目の大天使。ミカエルの場合は特別中の特別な大天使なのであまり階位は影響されない。中位で悪魔と率先して戦うのは主に能天使だが、ヴィルとミカエルの予想する魔族だと能天使では簡単に敗北してしまうという。
「そんなに強い魔族なら、自分でフローラリア家を襲撃してきても不思議じゃないのにね、変な話」
「俺もそう思う。まあ、まずはその魔族を見つけないといけない。上位の連中は人間に溶け込むのが上手い上、容姿も人間と変わらない」
ヴィルの知っている魔族はどんな姿なのかと訊ねると面食いジューリアを大いに興奮させる美貌の持ち主だけと教えられた。
「会ってみたい!」
「駄目。というか、会ったら即死だよ」
「遠目で見る」
即死と言われれば遠目で見ると妥協した。
「食事が終わったら散歩する?」
「散歩もいいけどヴィルにお願いあるの」
「お願い?」
ヴィルに魔法の使い方を教えてほしいと願った。
「うーん」
快諾してくれると思っていたものの、意外にも渋い顔をされた。
「俺が使う神聖魔法と人間が使う魔法は別物。この前、俺が教えたのは初歩的な魔法だけ。本格的に学びたいなら、人間の魔法使いに教えを請わないと」
「そっかあ……」
人間……フローラリア家の無能に魔法を真面目に教えてくれる教師はいない。魔力が桁違いに多くても魔法が使えなければ教える甲斐はない。
「教えてもらうには、魔法が使えるって話してもいい人じゃないと駄目だね」
「そういう人はいないの?」
心当たりのある人はいない。
メイリンの婚約者予定フランシスが魔法の才能に溢れる秀才だ。ジューリアにも平等に優しくて接してくれる良い人だが魔法を使えるようになったと言う程信頼している訳でもない。
やはり、ヴィルに習うしかない。
「基本的な魔力操作方法を教えて。後は独学で頑張る」
「ジューリアがやりたいようにやればいい」
早速魔力操作の初歩的な訓練から始めようとなり、呼び鈴を鳴らし侍女を呼んだ。いつの間にかいた天使様に吃驚する侍女に食器を下げてもらうのとヴィルと出掛けると言い残し、ヴィルの魔法で空へ飛んだ。一定の距離内にいれば多少離れても浮いていられる。
「大教会の部屋で練習をしよう」
「分かった」
早く魔法を上手に使いこなし、公爵家を出て行きたい。
「ジューリア!」
シメオンの声が飛んできた。嫌な予感を抱いて後ろを見ると追い掛けて来ていた。げんなりとしつつ、止まって振り向いた。
「待ちなさい! 何処へ行く気だ!」
「天使様に散歩に誘われたので」
「そうだとしても、何故私達に一言もなく行くんだ。今日はシルベスター家が来る」
「メイリンの婚約を発表するのですか?」
「それはまだだ。今日はその打ち合わせを兼ねてフランシスやエメリヒが遊びに来る。勿論、シルベスター夫妻もいる。ジューリアも久しぶりにフランシスやエメリヒと会いたいだろう」
フランシスは兎も角、会う度に攻撃してくるエメリヒと会いたい等と一度も思った事はない。自分が嫌と言ってもシメオンは折れない。仕方なく静観しているヴィルに意見を求めた。
「ヴィルはどうする?」
「天使様、ジューリアを気に入って頂けたのは我が家としても大変喜ばしい事です。ですがこの子にはこの子の事情もあり……」
ヴィルの意見を求めたのにシメオンが先に私見を述べる。溜め息を吐きたくなるのを堪え、ヴィルの出方を伺った。チラリと銀瞳が二人じゃない、別の方を一瞥した。
「いいよ。散歩は今度にしようジューリア」
「はーい」
「その代わり、終わったら連絡をして。これあげる」
渡されたのは鳥笛。頭に息を吹き込むと音がヴィルにだけ伝わるのだとか。
「屋敷へは公爵がジューリアを送ってくれるのかな」
「勿論です」
「そう。じゃあねジューリア」
呆気なくヴィルと別れ、飛んで直ぐだったのでフローラリア家に戻るのに全く時間は掛からなかった。庭に降り立つと侍女がオロオロとしていた。
「旦那様、お嬢様」
「ジューリアの準備をしてくれ」
見栄を張りたがるのは貴族らしいが一度見捨てた娘に求めて来るなと何度言ったってシメオンもマリアージュも変わらない。昨日着ていたメイリンのドレスは貰える事になったが今度着る機会は何時になるか。
親戚と会うなら派手に着飾る必要もない。ジューリアのドレスは既にマリアージュが手配しているらしく、十日後に届くとか。
帝都で大人気のマダムビビアンがデザインするドレスはどれも好きだがどうしても欲しいという気持ちまではない。
侍女と部屋に戻る前、シメオンに呼び止められた気がするも、空耳だろうと気にしなかった。
「……」
邸内へ入っていくジューリアを一人寂しげに見つめるシメオンだった。
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