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しおりを挟む漸く納得してもらい、部屋から逃げたジューリアはお代わりのリンゴジュースを貰おうと厨房を訪れた。先程リンゴジュースをくれた神官が紙袋の中を漁っていた。買出しに出かけていたらしく、中から珈琲豆と紅茶の茶葉の入った缶を出していた。ジューリアに気付いた神官が振り返り、空のグラスを持っているからリンゴジュースのお代わりを貰いに来たと判断し、瓶の蓋を開けてリンゴジュースを注いでくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ。天使様には?」
「天使様達は殿下達とお話の最中です」
「そうですか」
「あの、殿下達が天使様を訪ねてきたのは皇帝陛下からのご指示なのでしょうか?」
「ええ。陛下は、天使様の歓迎会を開きたいと。天使様が了承なさるのなら、我々は従うだけだと司祭様が」
他国に神の祝福を授かる王国があり、王族に生まれる者は必ず薄い金髪に青の瞳を持つと言われている。帝国もまた神の祝福を授かる国の一つ。年に数度、神の祝福を授けに天使が舞い降りる。貴重な行事であるが故、その日は必ず皇族や高位貴族が出席している。悪魔から身を、国を守るには今後も神への信仰心を失わない事。大天使が帝国に滞在するという事は悪魔達への抑止力の他、他国への牽制ともなる。皇帝を中心とした歓迎会はさぞ豪華になると期待した。
ら、後方から淡々とした否定の声を浴びせられた。背後にいたのはヴィル。神官が慌てて頭を下げたのを一瞥し、退室を促すとすぐに二人だけとなった。壁に凭れたヴィルの側に寄ったジューリアは何故と問うた。
「面倒」
「面倒……」
「大体、俺やミカエル君の長期滞在は公式じゃない。大々的に迎えられても迷惑なんだ。皇子様達にはしっかりと話したよ。皇帝からはミカエル君が話してくれるって、今一緒に城へ向かったんだ」
「ヴィルは行かないの?」
「子供の俺より、大人なミカエル君の方が説得力があるじゃないか」
そうなの? と言いたいがそうなんだろう。
「ある程度の要望は聞き入れてもらうけどね」
「例えば、どんな事?」
「ジューリアが気に入ったから大教会に住まわせてってね。ミカエル君にお願いしといてって言ったら、君の婚約者が難色を示したんだ」
「なんで?」
「さあ?」
下に見ている相手が天使に気に入られたのが気に食わないのかと至った。決めるのは皇帝陛下でしょう? と言えば、ジューリオは押し黙った。
恐らく同じ空間に第一皇子がいたから敢えて発言したのではとも考えた。そちらの方が確率的に高い。お兄ちゃんっ子も大変だと他人事のように思ったら、ヴィルもリンゴジュースが欲しいと言われた。テーブルに置かれているリンゴ瓶を持ち上げ、蓋を開けてヴィルが持ってきたグラスに注いだ。
「この後何をする?」
「ヴィルはミカエル様の帰りを待った方がいいよ。私はそろそろ屋敷に帰るよ」
「俺も行く。ジューリアを送るよ」
「いいよ、神官様に言ったら馬車を手配してくれるだろうし」
「俺がしたいの。……ジューリアは嫌?」
「うっ」
下から顔を覗き込まれ、大きな銀瞳を潤ませられた。美少年の涙目の破壊力といったら、少年好きなお姉様が見たら即お持ち帰り事案。そっちの性癖を持っていなくて良かったと安堵しつつ、押されたジューリアはヴィルとフローラリア邸に戻る事となった。
リンゴジュースを飲み終えてから厨房を出て、神官を見つけると馬車の手配を頼んだ。すぐに準備をされ、裏口から正面に回って神官が用意した馬車に乗り込んだ。二人が乗ったのを確認すると発車された。
「ミカエル君上手く説得してくれたら良いけど」
「最終的に両親が納得しないといけない気がするけど」
「なら丁度いい。フローラリア夫妻を俺が説得しよう」
妙に距離を縮めたいらしい両親が果たして天使のお願いでも受け入れるだろうか。考えている内に馬車はフローラリア邸に到着し、正門を潜って進んでいく。屋敷の前に停車し、扉を開けてくれた神官にお礼を言って降りた。中からシメオンとマリアージュ、それにメイリンも出てきた。グラースは領地の視察に行くと言っていたのでいないのだろう。ジューリアに続いて降りた銀髪の美少年が天使と知るシメオンとマリアージュは深く頭を下げ、両親に倣ってメイリンも同じ動作をした。ヴィルが声を掛けて頭を上げさせた。
「ジューリアを送っていただきありがとうございます」
「公爵にお願いがあってね」
「お願い、とは?」
「ジューリアを気に入ったんだ。俺やミカエル君が天界に戻るまで、ジューリアを大教会に住まわせてほしいな」
「そ、それはお受けできません」
やっぱり、と内心溜め息を吐いた。放っておけばお互い楽なのに、敢えてしんどい方へ進むシメオンやマリアージュの意図が読めない。首を傾げたヴィルに帝国の第二皇子が婚約者だからと説明するシメオン。また、ジューリアは魔力はあっても魔法や癒しの能力が使えないと。
「それが? 原因は知っているの?」
「いえ……あらゆる術を模索しましたが原因の解明までは……」
「だったら、余計天使といた方がジューリアにとっても安全だよ。魔力が桁違いに強いだけのジューリアは悪魔、とりわけ力を欲する魔族には格好の餌だ。上位の魔族が襲ってきたら、人間では歯が立たない」
「悪魔がジューリアを狙っているのですか……?」
「魔力が強い子供なんて悪魔達のご馳走さ。碌に戦いの経験もなければ技術もまだまだない。抵抗する術が少ない高い魔力持ちを狙うのは狩りにおいて常識だよ」
見る見るうちに顔を青褪めていく両親や執事に少し同情する。ジューリアの部屋の結界を薄くしていたのは執事長の独断だとしても、外から見れば公爵が主導していたと見られる。ジューリア自身も不思議に感じているが今まで悪魔の襲撃は一度たりともなかった。本当に不思議だ。周辺に悪魔の目撃があったという話も一度も聞いていない。変なところで運の良さが発揮されているのは複雑だ。
「……ジューリアはどうしたい」
青い顔のまま、縋るような声でシメオンに問われたジューリアは困惑とした。ここでジューリアが大教会で住むと行ったら、死にそうな顔をしている二人は本物の死人になりかねない。かと言って、今まで通り屋敷で過ごしてもジューリアは変わらず彼等と距離を縮めたいと思わない。時間が経てばジューリアがいなくても違和感を感じず、何れ忘れていく。口を開きかけたジューリアの動きを止めたのはメイリンだった。
「お姉様行かないでください! わ、わたしは家族五人でいたいです!」
——どの口が言ってんの!?
目玉が飛び出そうな驚きを投下したメイリン。一番ジューリアを無能でフローラリア家に相応しくないと馬鹿にしていたメイリンが泣きながらマリアージュに抱き着いた。メイリンの口からお姉様といたい、お姉様がいないと寂しいと飛び出て固まるジューリアとは違い、メイリンの涙の訴えでシメオンとマリアージュの意思は決まった。
「申し訳ありません天使様、ジューリアが大教会に住んだらメイリンが寂しがってしまいます」
「ジューリアを気に入って頂けたのは私共にとっても喜ばしい事ですが……どうか、幼い子供を悲しませる事はしたくありません」
見事に騙されている両親は……仕方ない。普段メイリンが馬鹿にしてきていると知らないので。告げ口をしたって叱られるのは自分と見えているから、何も言わずにいた。屋敷を出るのは今はまだ無理だと悟ったジューリアは微笑みながら頬を触るヴィルに近付いた。
「ヴィル、またいつか誘ってよ」
「なら、俺が毎日ジューリアに会いに行くよ」
「ミカエル様に止められたら言う事聞いてあげてね……」
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